第27話「魔王軍、到達」

 魔王軍との戦いを観戦することを決めた翌日、大々的に触れ回る声が表から聞こえてきた。


「本日夜! なんと! 魔王軍が到達予定です! 血湧き肉躍る勇猛果敢な我が町の戦士達との戦闘は必見! 幸運な観光客の皆様は是非ご観覧をお願いします!」


 緊張感もクソも無いな……魔王軍がくるというのにこの調子なので呆れてしまう。窓の外を覗くと屈強な男達が大剣を装備し、幾人かの男女が魔法使い用のローブを着て杖を吟味している。


 装備品は町の広場に置かれた箱にまとめて入っており、先着順で持って行っていた。おそらく町からの支給なのだろう。


 魔法使い用のローブを持って言っている人は男女ともにいた。杖ももちろん装備として持って行っているわけだが、見た目がいいものが真っ先に持って行かれている。遠目に鑑定スキルを使ってみたのだが、装備としての性能がいいものも悪いものもあった。しかしそんなことはまったく気にすることなく見た目が強そうなものばかりが真っ先にと持って行かれていた。


「魔王軍が来るっていうのに呑気だねえ……」


 俺がそうぼやくとジャンヌが隣から気の抜けた声をかけてきた。


「なーに言ってるんですか、負けるわけ無いのに一々緊張感なんて抱いてたらキリがないでしょう? この町の人は強いんですよ」


 町の人と同様に呑気にしているジャンヌは気にした様子もない。しかし、今晩来るなんてどこで分かったのだろうな?


『この町は高台にテレスコープをつけてるんですよ~魔法使いの加護付で遠くの方まで見えるようにしてますからね~それを覗けば一発で見つかりますよ~』


『ちなみにその加護はあなたが与えたんですか?』


『ん~……そうですと言いたいところですが、やったのは後輩ですね~見込みがあるからとこの町に力を入れたんですが、全然魔王を倒してくれないと愚痴ってましたよ~』


 神様はもう少し人格面も重視して人選をするべきではないだろうか? 実力のみで決めると魔王軍に寝返る可能性すらあるというのに安直なことをする。そんなだからあの自称神様にも手を借りたくなるのだろう。


「なんにせよ俺たちの出る幕は無さそうだな……」


「ですね、町の人たちもやる気があるみたいですしお任せしましょう。滞在費ならまだありますからね」


 俺は滞在費は無限に出せるぞということは黙っておいた。それを言ったら俺に金を出させて遊びほうけるに決まっている。短いあいだ一緒にいただけだが、それでもコイツはそういうやつだと確信している。


「ちょっとお夜食を買ってきますね! イベントなんだから観戦メシが無いわけないですからね!」


 そう言ってタタタッと駆けていった。到達予定時刻までにはまだまだあるし、そもそも町の中に入れるほどの戦いには鳴らない様子なので問題無いだろ。


 俺は索敵魔法を広範囲に指定して使ってみた。確かに遠方に魔物の反応があるが、マップにプロットしてみても、大群というわけではないし、何より強いわけでもなさそうなので放置しておけば町の人が倒すのだろう窓から外を見ると別の宿の窓も開いているのに気づいた。遠めがねを用意して先の方が窓の先に突き出ていた、観戦者は俺たちだけというわけでもないんだな。


 索敵魔法に引っかかった敵の詳細を調べてみたが、魔力の流れからゴブリンやオーク、僅かにオーガがいる程度で俺からすれば雑魚しかいない。安心して戦いを任せられるな!


 別の窓から町の中の様子を眺めると、『魔王軍討伐記念焼き鳥』だの『魔王軍到来記念飴細工』だのといった呑気な物がのれんで宣伝されていたので緊張感がないことだけはよく分かった。よくよく見るとのれんの掛かった店をはしごして観戦グッズを買い込んでいるジャンヌが見えた。よくよく見ると『討伐隊応援棒』なるものが売っていて、遠くから見たのだがどこからどう見てもサイリウムだった。日本のものとは仕組みが違うらしく、僅かな魔力が見えるので魔法で光らせているのだろう。『使い捨てです』と書かれているので環境への配慮などという概念は無いようだ。


『指向性聴覚を取得出来ます』

『必要無い』


『なんでですか~魔王軍の情報が手に入るスキルを上げようとしてるんですよ? 素直にもらってくださいよ~』

『だから要らないんでしょうが……代償に何を要求されるか分かったもんじゃない』

『神は生き物に無償の愛情を与えるものなんですよ~』

『じゃあもらったら魔王軍と戦えとか言い出しませんか?』

『……ちょっとお気に入りの配信者が配信を始めたので切りますね』


 そう言って神様との回線は切れた。だから信用出来ないんだろう、こんな事だと思ったよ。いつものことだが迷惑なことこの上ない、しかしただより高いものはないというのは本当のことだな……


「ソル! すごいですよ! お祭りみたいな騒ぎになってますよ!」


「実際お祭りなんだからそんなものだろ。で、何買ってきたんだ?」


「オークの串焼きとキラーバッファローのステーキ丼、それと甘味をいくつかですね! 私は心が広いのでちゃんとそるの分も買ってきたので全部二人分ありますよ!」


「ありがと、これで今夜は楽しめそうだな」


「そうですね! 魔王軍との戦いなんて滅多に見られませんからね! 是非とも心に刻んでおかねばなりません!」


「そうだな、死人が出ることもなさそうだしのんびり見せてもらうとするか」


 ちなみに魔王軍と戦うと報酬はしっかり出ると宿に貼り紙がしてあった。戦力が欲しいなら協力しようかと先ほど聞いてみたのだが『報酬は町の中で回したいからあんまり外部の人間を参加させたくないのよねえ……』と言われたので辞退することにした。


「しかしこの町には強い人たちが多いんですねえ……」


「たぶん神様が不公平だったんだろうな……」


 たぶんここ担当の神は戦力として生み出したのだろうが、当人達にはまったくその気はないようだ。神としても人間側の兵器代わりに作為的に強者を集めたとなると不満が出ることは分かっているのだろう。信仰が揺るがないようにバランスを保っているようだ。


「ホントに神様は不公平ですよねえ……もう少し私の実力も底上げしてくれればいいのに」


「たぶん神様だってお手上げだったんじゃないか?」


「そんなわけはないでしょう! 私ほど戦闘センスのある人間は滅多にいませんよ?」


「戦闘センス()」


「何故でしょう? ソルの発言に言外の悪意を感じます」


「気のせいだ」


 俺の言葉は裏をちゃんと読むんだな……ムカつくなら馬鹿にされない程度に強くなってくれればいいんだが、まあそう簡単にはいかないのだろう。


 カーン! カーン! カーン!


 鐘が三度鳴り、叫び声が聞こえた。


「魔王軍が来ました! 観光客の皆様! 観戦の準備をしてください!」


 そうして魔王軍は町からギリギリ見えるところまでやってきていた。どうやらショータイムは始まるらしい。


 こうして緊張感が全く無い魔王軍との戦闘は始まりを告げた。

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