第26話「魔王軍正規兵がやってくる」

『速報! 速報! 我が町に正規の魔王軍が到来します! 皆さんがんばって討伐してください!』


 朝っぱらから物騒でやかましい警報を叫びながらメガホン状の紙で怒鳴りながら歩いているやつに起こされた。最悪の気分だ、俺たちをわざわざ起こすことはないじゃないか。


「ソルぅ……なんですか? まだ朝早いでしょう……? 何をやるにも早すぎますよ! もう少し寝かせてください……すぅ……」


 コイツの図太さはさすがに勇者候補を何年も目指していただけのことはあるな。面の皮がぬりかべよりも厚いようだ。本当にそのまま二度寝してしまったので、声が聞こえるように窓を開け放ってジャンヌの鼻をつまんだ。これで起きるだろうと思ったのだが、なんとコイツは耳を手で塞ぎ口呼吸を始めた。とことんやる気のないことをやらないやつだと思わされた。


「ジャンヌ! 魔王軍が来るって話だし起きて戦う準備を進めろ!」


「なんれすかあ……しょんなに本気で何をしゅる気ですか? 魔王軍が本当に来るならもっと大騒ぎになっれますよ……眠いので寝かせてください」


 そう言ってまた寝てしまった。起こすのは諦めて魔王軍との戦闘を避ける方法を考えよう。


 しかし大きな声で触れ回っているのに町はまったくパニックになる気配は無い。生きるか死ぬかという重大なことではなく、まるで年に一回くらいしかないお祭りを楽しみにしているような顔をした子供さえ見える。


 とりあえず情報が必要だな……酒場にでも行って聞いてみるか。


『ちょっと~そこは私に頼るところでしょ~?』

『ああ、神様には期待も信用もしてないので結構です』


 俺の塩対応にもめげずに俺に話しかけてくる。この神は知らないことなど無いのに『面白くならないから』という理由で平然と情報を伏せてくる、信用の欠片もない情報源だ。


 宿を出て酒場に行こうと思ったところで声をかけられた。


「ソルさん? あなたも魔王軍討伐祭に参加するんですか? 外部の方は観戦だけをお勧めしているのですけど……」


「観……戦……?」


 何を言っているんだ? 魔王は恐れるべき存在じゃないのか?


「そうです、魔王軍が時々正規兵を送ってくるのでこの町の中でも腕利きの人たちが討伐数を競うお祭りですよ?」


「え……朝から騒いでいたのは避難を呼びかけるためじゃないんですか?」


 宿の女将さんはそれを聞いて笑っていた。


「まっさかー! 魔王軍ごときにおくれを取る町じゃないですよ! 正規兵が来るのは珍しいですからね、見逃さないようにそうして触れ回っているんですよ。見逃すともったいないじゃないですか?」


 え……魔王軍との戦いはエンタメなの? 人類の未来をかけた死闘なんじゃないの?


『だから私に聞いてくださいよ~魔王軍にも上層部と下っ端がいますからね……今回来るのは下の方でこき使われている魔族がメインですよ~』

『なんで今回はそんなに情報提供を積極的にするんですか? 隠していることでもあるんじゃないですか?』


 おかしい、この神が明朗な情報開示などするはずがないのだ。


『神々としてはド派手なドンパチを楽しみにしていますからね~原住民の皆様でもどうにか出来そうな戦闘は撮れ高が無いんですよ~』


『そうですか……』


 神様も退屈が嫌いということだろう。俺たちが参加する必要は無いようだ。


「それで魔王軍の討伐時は宿賃に追加で一泊金貨一枚をもらっているんですけど構いませんか? このイベントは結構見たいって言う人がいるんですがね、何しろ相手あってのことですから予約は出来ないんですよね……お客さん、結構運がいいですよ! このイベントはなかなか見られませんからね!」


「あ、はい」


 俺は無限財布から金貨を一枚取り出して渡した。魔王軍と言っても全部が人類の脅威となっているわけではないのだろう。全てが優秀な組織ならばもう人類はとっくに滅びているのかもな。よくよく考えてみれば魔族も雑魚はいたからな、そう言った敵を倒して生業にしている人間がいるのだから、無条件に魔王軍が全て恐ろしいわけではないのだろう。


「はい、代金いただきました。そちらの椅子を部屋まで運んでおくと一等席で魔王軍との戦いを見ることが出来ますよ、うちではその椅子で魔王軍がボコボコにされるのを見ることを楽しみにしている人もいらっしゃるんですよ? まあ一等席で予約しても魔王軍が来ないことの方が多いんですけど」


 いいのか? そこには飾りのついた革張りの高級そうな椅子が置いてある。いかにも今回のために引っ張り出してきたように綺麗にしてある。


「一応俺たち……というかジャンヌは勇者候補なんですが参戦は……?」


 勇者のなり損ないでも魔王軍とは戦うべきなのでは無いだろうか? 何しろ人類の脅威に立ち向かうためにかり出されて支度金を用意され、魔族を討伐すれば報酬だって出るのだ、戦うのは義務だと思っていた。


「お二人は肩書きはともかくお客様ですからね、強制はしませんが観戦をお勧めしますよ? それに……」


「なんですか?」


「お二人が死んでしまうと宿代がそれ以上取れないじゃないですか」


「なるほど」


 納得の理由だった。戦うことだけが勇者の役目でもないし、現地のお祭りを他所から来た外来種が滅茶苦茶にしてしまっては元も子もない。神様も戦えと言っていない以上戦う理由は無くなってしまうな。


「椅子はお運びしましょうか?」


「いえ、自分で持って行けます」


「そうですか、ところで襲撃日になると観戦する人はエールやワインを飲みながら眺める方が多いのですが、御希望があれば早めに伝えていただけますか? 観光の書き入れ時なので早めに言っておかないと当日に用意出来ないんですよ」


 なんか野球の試合を観戦しているような気分になるな……


「じゃあ俺とジャンヌの分でエールを用意して置いていただけますか?」


 女将は恭しく頭を下げて注文を書き取って町に出て行った。この町の人たちは血の気が多すぎるのではないだろうか?


 すぐに魔王軍が来るわけでもないようなので椅子を持って二階の部屋に運んでいった。部屋に入るとジャンヌが窓の外の宣伝を聞きながら楽しげにしていた。


「お前、戦おうって思ってる?」


「まさか! ソルが戦わないのに私だけで戦ったら死にますよ? 私の実力を舐めないで欲しいですね!」


 ジャンヌは自分の実力を下方修正して申告してから俺が運んできた椅子に目をつけた。


「いいですね! 魔王軍との戦いをそれに座ってみるんですか? いい趣向です!」


「じゃあお前はこれに座ってろ」


「おや、構わないんですか?」


「俺は立ち見をするさ」


 こうして緊張感の欠片も感じられない魔王軍の襲撃予告から町はお祭り騒ぎとなっていった。

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