第25話「怪しい二人」
それは俺たちが町の酒場に入ったときに起きたことだ。いい加減俺もオークを食べるのに抵抗がなくなり、この世界にもなじんできたのかと思ったところで起きた。
「いらっしゃいませー……!?」
「オークのステーキ! 二人分ね!」
「ジャンヌ、がっつくな」
「何を言ってるんですか! ソル、いいですか? 私たちは町の英雄……もごっ!?」
「余計なことは言わないように……俺にはエールを一杯つけてくれ」
「は……はい!」
そう言って給仕は注文を伝えに行ったのだが、なんだか俺たちに視線が注がれている。
「ジャンヌ、お前何かやったか?」
「……? いいえ、何も……」
ほとんど素の反応だったので原因はコイツではない。ではいったい何故俺たちが入っただけでこんな空気になったんだ?
オークの肉を待ちながら早速出てきたエールを飲んで喉の渇きを癒やしているとジャンヌに妙に下心のありそうな男が近づいてきていた、やめておけ、今お前が声をかけようとしている女は地雷だぞ。そう声をかけようかと思ったところで男は俺にも視線を向けてきて話し出した。
「宿に泊まっているお二人ですよね?」
「ああ、そうだが……」
「そうですよ!」
「先日の魔物との戦闘に参加しませんでしたかい?」
ん? ああ、あのジャンヌの体験参加のことだろうか?
「ジャンヌ、この前のお前の勇姿が聞きたいんだろう」
こう言っておけばジャンヌはまず間違いなく増長していいようにしゃべり出す。俺としては世間話を回避出来るので正直言ってありがたい。世間話をふられても言うほどこの世界も世間も知らないからな、そこは最低限の知識のあるジャンヌに任せた方がいい。
「ああ、ゴブリンをちぎっては投げしたあの戦いのことですか? 私の成績はそれはもうすさまじいものでした。私を褒めてくれるんですか?」
ワクワクした視線を向けるジャンヌ。しかし困惑した男は俺たちの言葉を否定した。
「いや、ゴブリンの時じゃなくその後のオークの襲来の時のことだよ! あの宿から光の筋が見えたって奴が何人かいるんだよ! 俺たちは光の反射でも見たんだろうって言ったんだがな、そいつの証言した光の差し込んだはずの場所が深くえぐられててな、これは一概に否定も出来ないぞとなったんだよ」
「「……」」
「それはアレじゃないですか? 光の反射したところを見たのでたまたま発見した穴とそれを結びつけてしまっただけじゃないですかね。俺たちは宿の中で寝ていましたよ」
誤魔化せただろうか? 少し苦しい気もする言い訳だが、ここで認めたら絶対にその光が何を破壊したのか詮索されるだろう。下っ端とはいえ魔王軍所属を倒したなどと知られたくはない。
「何を隠そうアレは私が光魔法でオークのリーダーをなぎ払った跡ですね!」
よかった、コイツが見栄っ張りで助かった。これで追求が俺の方には来ないだろう。ジャンヌのしたことと逃げることが出来る。コイツは勇者志望なんだから勇者扱いされるのは願ったことだろう、まさか否定はしないだろうし問題無いな。
「そいつぁすげえな……嬢ちゃん、少しでいいから光魔法を使ってみてくれるか?」
「あ……それは……ええっと……」
マズいな、ジャンヌのごまかし方には期待が出来ない。コイツに今から光魔法を覚えさせられないだろうか?
『無理ですね~原住民の方への干渉は出来ないんですよ~』
だと思ったよクソが! つっかえない神だなあ! いつも俺に必要の無いスキルや魔法を押しつけてくるくせにこういう時には授けてくれない、そういや聖書にも『神を試してはならない』って書いてあったっけ? アレは神様とやらが無茶振りをされたときのごまかしワードだな、間違いない。
「よろしい! では私の魔法をとくと拝んでください!」
ジャンヌが大見得を切って手を前に差し出す。クソ! アイツは魔法なんて使えないだろうが! ん? 待てよ……アイツは魔法を『使おうと』しているわけだ……
俺は手をポケットに入れてその中で無詠唱の光魔法を小さく小さくジャンヌの手の前に発現させる。
「おお! これだよ! これがアイツの見た光なんだ!」
よし! ジャンヌ以外の原住民も案外チョロいぞ! そっと手から出していた魔力を閉じるとジャンヌの手の先に出ていた光球はそっと消滅した。
「ふぅ……こんなところですね」
いい感じに自分で使った様子を見せているので誤魔化すことには成功だ。
「あのー……オークステーキをお持ちしたんですが……」
「はい、いただきます! それと俺にエールを一杯お願いします」
「はい、追加でエール一杯ですね」
そして酒場の中は酔っぱらい達で賑わいを取り戻しつつあった。おそらくはジャンヌが光を出したこととあの場を吹き飛ばしたことは関連付けられていないだろう。あくまで光源の正体が分かったことと、ジャンヌにその力がないことがはっきりしたことの安心からだろう。
そもそも本気になってあの程度の光しか出せないやつが、大穴を開けるほどの魔法を放ったとは思われていないようだ。
『光学迷彩を取得しました』
そのメッセージが流れたときに俺は思わず心の中で叫んだ。
『もう数日早くくれないかなあ!』
あの邪神め、俺をもてあそんで楽しんでやがる……
『あの~邪神呼ばわりは少し傷つきますよ~ただあなたが必要そうなスキルを見つけたので授けただけなんですけど……』
『神様が将来のことさえ分からないのか……』
たかが数日先のことさえ見通せない神様のどこを信仰すればいいのだろう? ほとんど俺に初期からついて来た身体能力しか使わない気がするんだが……魔法は便利だが、ぶっちゃけてしまえば殴って解決出来る場面は多かった。神への信仰より強力な暴力の方が必要なのではないだろうか?
『発想が邪悪ですね~でもいい素材なので切り抜いておきますね~』
あの神も大概外道なので俺の良心も痛まないというものだ。与えられた力を自由に振るうのは楽しいなあ!
「ソル! ステーキ美味しそうですよ! 早く食べましょうよ!」
「分かったよ……」
俺も肉を切り分け口に運ぶと確かに脂がのっていて、加工済みのものであればそれほど嫌悪感も抱くことはなかった。さすがに五本指のついた腕が差し出されると人間の根源的恐怖が首をもたげるのだが、完全に食肉に加工されていればそんな抵抗は無くなりつつある。たぶん地球で豚肉だと言って出せば分からない程度に上手に処理されている。
「ソルもお肉を食べるんですね」
「なんだよ急に?」
「いえ、ソルって人型の獣のお肉を食べるの嫌がってたじゃないですか?」
「俺だって成長はする」
果たして人のような獣を食べることが出来るようになることを成長と呼んでいいのかは疑問だ。しかし贅沢を言っていてはもったいないお化けが出る……と考えたが、この世界では文字通りのお化け……ゴーストが出てきそうなので深く考えないようにしよう。
『一応精神耐性もステ振りしてますからよっぽど上位の悪魔でもないと少しも危ない区内ですよ~』
ああ、そうかよ……こうしてオーク肉が食べられるのも精神耐性のせいだろうか? 安心して牛肉……いや、豚や鳥でもいいから普通のものが食べたい……
一応酒場の問題は片付いたのだが、俺はホームシックという新たな問題を精神に抱えることになってしまった。
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