第20話「町までの道で行商人と取り引きした」

 俺たちが次の町へ向かっている途中、馬車を引き連れている連中にであった。弱小の商隊であると紹介した連中に、俺はこの前手に入れて収納魔法で死蔵しているアレを売れないかと考えた。そう、ワイバーンの遺骸だ。


「勇者様ですかな?」


 商隊の先頭馬車から声がかかった。


「よく分かりましたね! 私はジャンヌ! 勇者の里から来た大型新人ですよ!」


「ほっほっほ……なかなか元気のよい事で……そちらのお方は」


「付き添いだ」


「私の従者のソルです! 私だけでは細々したことまで手が回りませんからね! 細かい事を任せるための仲間です!」


 順調に増長してるなコイツ。俺がそう仕向けたのであって別に従者だといわれるのは気にならない。ここは顔を立ててジャンヌを勇者という事にしておこう。


「どうも、勇者の仲間のソルです」


「これはどうも、ワシはゲルト、商人をやっておる。ところで一つ聞きたいのじゃが……お前さん方は何かワシらに売るようなものは持っておらんか?」


「ジャンヌ、何かあったっけ?」


「ソル、この前倒したワイバーンの素材があるでしょう?」


「わわわわワイバーン!?!?」


 ゲルトさん、めちゃくちゃ驚いてるな。そしてジャンヌは『誰が』倒したとはいっていないので嘘ではないという言葉のトリックを使いこなしている。嘘は言ってないんだよなあ、主語が抜けているだけで……


「お二人ともワイバーンを倒したのですか!?」


「チョロかったですよ」


「さ……さすがは勇者様……デミとはいえドラゴンくらいは倒せるという事ですか……」


「そうですね、その程度で驚かれては困りますよ」


 調子に乗ってるなあ……端から見ている分には面白いまである。


「ソル、倒した証拠に爪を一つ出して見せてあげてください」


「はいよ」


 収納魔法からワイバーンの足を引っ張りだして爪を手でへし折ってそれを見せる。


「こういう物ですね。素材として買ったりしませんか?」


「え……今手で折りませんでしたか?」


「そうですよ、それでこの爪は売れますかね?」


「いやいやいや!! なんでワイバーンの爪が手で折れるんですか!? 普通のドラゴンではないですけど強力な防具に使われるような品ですよ!? 手で折れるわけないでしょう!?」


「いえ、出来るんですよ。私の従者ですからね! 勇者のお供ならこのくらい出来ないとやっていけませんよ?」


「出来るわけないでしょうに……それは本物なんですか?」


 ゲルトさんは訝しげに俺の折った爪を眺めているそして馬車に声をかけた。


「鑑定の出来る奴がいただろう、呼んでくれ」


 従者の男が馬車隊全体に声をかける。


「鑑定持ちはちょっと出てきてくれ!」


 少年と少女が一人ずつ出てきた。裏方をやっていたのだろうか? あまり健康的な隊形とは言えなかった。


「なんですか?」


「なんでしょうか?」


「二人ともこれを鑑定してくれ。口裏を合わせるのは許さないぞ」


 下働きであろう二人がしげしげと真っ白な爪を持って観察している。たった今ワイバーンから剥ぎ取ったものなので偽物のはずはないのだが、やはり高額なものは疑わしく思うらしい。


「ワイバーンの爪ですね、成体のやつです」


「私もそう思います。かなり綺麗に折られていますね。切ったのかと勘違いするくらい綺麗に折ってます」


「うむむむむ……」


「買わないんなら返してもらってもいいですよ? 別にここ以外ででも売れるものですし」


 ジャンヌは揺さぶりをかける。いや、アレは何も考えていないから本心で言っているのだろうか?


「ちなみに他の部位などもあったりするのかね? ワイバーンを討伐したならもっと素材を剥ぎ取っているだろう?」


「あー……」


『部位』は無い。


「言ってもらえれば出しますけど死体を丸々収納魔法に入れているので部位ごとにはわけていないですね」


「ワイバーンだぞ! まるごとなど入るわけがないだろう!?」


「ソル、見せてあげましょう」


「はいはい……そこの草原でいいですね」


「ん? 何を……」


『収納魔法から取り出します』


 ドシン


 大きな亜竜の体が横たわった。誤魔化しようのないまるごとの死体。これを鑑定しようなどと考えないだろう。


「ひっ!?」


「凄い! 初めて見ました!」


「勇者様ならこのくらいは出来るんですね!」


 鑑定をした二人も驚嘆をしていた。この量を収納魔法に入れるのはおかしかったか……


『そうですね~普通の収納魔法なら百人乗っても平気な物置くらいのサイズしか入りませんからね~』

『はいはい日本人にしか通じない単位をどうも。神様暇なんですか?』

『失敬な! 私はジャンヌさんの冒険を記録する義務があるんです』


 どうせ神界チューブとかいうところに動画としてアップしているのだろう。困った神様だな。


「勇者様! ワイバーンの牙を売っていただけませんか?」


「んー……別にいいですけど全部売ってもいいですよ?」


「いえ、この馬車に載らない量になってしまいますので……牙だけでもお願いします」


 ジャンヌとゲルトさんとで交渉は進んでいる。俺が構う事はないだろう。好きに稼げばいいだけだし、俺はまったく金に困らないのでアイツが好きなだけ儲けてくれ。


「しょうがないですね、牙だけと言う事でいいでしょう」


「ありがとうございます!」


「ソル、牙を引っこ抜いて渡してください」


「あいよ……っと」


 ゴキッとワイバーンの口から二本突き出ている牙を引っこ抜く。ぬるりと抜けたがなんだか前世で親知らずを歯科で抜いたときの事を思い出して背筋が少し冷えた。


「これで構いませんか? 値段は……」


「ここまでのものでしたら一本金貨百枚! 二本で二百枚でいかがでしょう?」


「ソル、それで構いませんか?」


「俺に聞くなよ……ジャンヌが決めればいいぞ」


 ジャンヌは少し考えてから頷いた。


「いいでしょう! 売った!」


「ありがとうございます! 交渉成立ですね!」


 そうして恭しく牙を受け取ったゲルトさんに俺は一言かけておいた。


「そこの鑑定持ち二人のおかげで取り引きできたことをお忘れなく」


 俺の言葉の裏を察したのか二人に金貨を渡し馬車に乗せていた。これであの二人の待遇も少しは改善するだろう。


「じゃあワイバーンをしまっておいてくださいね」


「はいよ」


『収納魔法を使用します』


 ワイバーンの死体はぽっかり空いた空間の穴に吸いこまれた。それを見てゲルトさんはまた驚いていたようだが俺たちに一礼して馬車を出した。


 そうして俺たちはいつもの旅に戻った。金貨をもらってホクホク顔のジャンヌに俺の財布をひっくり返して見せたらどんな顔をするだろうか?


 そんな事を考えながら二人の旅路を進んでいった。

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