第16話「旅立ちの準備」
「そろそろ町を出ましょう!」
ジャンヌがそんな事を言い出した。
「いってらっしゃい」
俺はそれを巣立ちの宣言だと判断して温かい目で見送る事に決めた。
「何を言ってるんですか! ソルも一緒ですよ! 私たちは一蓮托生なんですよ!」
やっぱり俺も巻き込まれるパターンか……まあジャンヌ一人で旅に送り出したら間違いなく遠くない時間に死ぬだろうからな。
「しかし、それにしたって賛成だ。この町で目立ちすぎなんだよ」
「ソルに合わせていたらいつまで経っても勇者になれませんからね!」
「めんどくせえ……」
思わず本音が漏れる。しょうがないだろう、俺は勇者なんて望んでいないのだから。それだというのに勇者になりたいこのガキのお守りをさせられている、神様も俺を勇者にしようと躍起になっている、まったく迷惑な話だ。
『ダメですよ! あなたには私のメンツがかかっているんですよ! あなたを特権で転生させた恩があるでしょう?』
『俺は一言たりとも頼んでいませんがね……』
『まあまあ……死因がゲロであの世送りよりはずっとマシでしょう?』
まさにあの世から話しかけてきている神が自分でここに来るなと言っている。
「ソル、ぼんやりしないでさっさと行きますよ! あなたの収納魔法がないと荷物も持ち運べないんですよ!」
「分かったよ……人が増える前に出るか……」
「は? 私は華々しい送り出しを所望しているんですが?」
「諦めろ、俺たちは勇者じゃない」
「あ゛? 別にソルが勇者である必要は無いですが、私は勇者になって故郷が錦を飾って崇め奉ってくる必要があるんですよ?」
故郷『が』錦を飾るのか……翻訳システムの仕事が有能すぎる。つーか日本語に堪能すぎませんかね、この世界の神様。
『地球で私は日本に力を入れてましたからね~その影響だと思いますよ。ここの担当は私をマジでリスペクトしているので』
『リスペクトは要らない』
『まあまあ、おかげで料理が美味しいでしょう? それとも毎日謎肉を食べる生活の方がよかったですか?』
『そこについては感謝してます』
会話を打ち切って、俺は収納魔法で宿に置いている荷物を一通りしまい込んだ。
「さて、出発するか」
「その前にギルドに挨拶をしておきませんか?」
「賞賛の声をもらうのは自由だがFA権を見せ球にするような真似をするんじゃない」
「ケチ……」
『翻訳が優秀すぎませんかねえ! え? まさかこの世界プロ野球があるの!?』
『さすがにそれは無いですがね……いい感じに似たような言葉に変換するように出来ているようですよ』
どんな偶然だよ! FA権に該当する言葉があるってどんな異世界だ!
まったく……この世界の事は分からないな……日本から送り込まれても文化に困らないって結構な異世界だよ。
「ソルはいちいち目立たないようにしようとしてますが、秘密主義は想像の余地が増えてかえって色々邪推されますよ?」
「……そうかもな」
それについてはある程度理解できる。ジャンヌのいっている事も分かってしまう。日本にも陰謀論が大好きなやつはいたので、それを模倣して作られた世界ならそう言った人物がいる事はおかしくない。
「ですから私たちも引き留められながら渋々出て行く大物感を出しましょうよ!」
「確かにそれなら有名になれるかもな、ただし悪い意味でだが」
「はぁ……しょうがないですね、でしたらこっそり消えましょう」
「発想が極端じゃないか?」
ジャンヌは分かってないなあという顔をして俺に自慢気な視線を向ける。
「圧倒的な強さを誇った勇者パーティが忽然と消え失せるってドラマチックでしょう?」
うん、確かにそうかもしれないな。俺としては伝説などではなくただのパーティとしてここを出て行きたいんだがな。
「そもそも俺たちはまだそんなに有名じゃないだろ、こっそり出て行っても精々実力不足のパーティが逃げた程度にしか思われんよ」
「むむむ……ソルと華麗にこの町から去ろうという計画が……」
「俺たちは普通のパーティなんだから普通に出ていけばいいだろう? 俺たちはまだまだ伝説になれるような資格なんて無いよ」
伝説というのは普通ではないから伝説になれるのであって、俺たちがそっと消えてもそれは伝説ではなく失踪というんだ。
「ソルは自分を過小評価しすぎじゃないですか? あなたの本気は伝説クラスだと思うんですがね」
実際神の恩寵を受けている俺からすれば伝説になる事も難しくはないのだろう。しかし俺は国の英雄になって魔王と戦うなんてまっぴらだ。そんな事はジャンヌのように英雄願望があるやつが存分にやればいい。俺はその活躍を噂に聞く程度で十分だ。
「旅の準備は出来ましたし、しょうがない、行きますかね……」
「ああ、面倒な事になるまえにこの町からは逃げるとしよう」
「ソル! 言い方ってものがあるでしょう? 私たちは新しい土地へ旅立つんです! 決してこの町から逃げ出すわけではないんですよ!」
はいはい……細かい事を気にするやつだ。言葉尻がなんであれ結局この町を出て行く事には変わりないだろうに。
俺は収納魔法でしまっているアイテムの一覧を出して抜け漏れがない事を確認する。金銭については記録と突き合わせてチェックするがしっかり全額入っている。俺の無限財布は安易に使う気がないのでジャンヌの資産はそこから出すつもりがない。つまりジャンヌにはこのお金で我慢して貰うしかない。
「準備よし! 先に門に言っておいてくれ。俺は宿の会計を済ませてから行く」
「分かりました、急いでくださいね?」
宿泊費は魔法の財布で賄う予定なのでそれをジャンヌに見せる気は無い。と言うわけで面倒な門での手続きを先に行って終わらせてもらう事にした。
フロントに着くとチェックアウトをする旨を伝えて金貨十五枚を支払う。これでこの世界には無かったはずの金貨が十五枚増えた事になる。この程度でインフレは起きないだろうが、高額なものを買うのは避けた方がいいな。
「ありがとうございます、またのご利用をお待ちしております」
俺は『宿を出る』とだけ伝えて会計を済ませた。『町を出る』と言ったら面倒な事になるかもしれないので、嘘をつかずに本当の事を黙っておいた。
そして収納魔法に入った大量の荷物と共にこの町の門に向かった。
門が見えてくる頃、なんだか出入り口付近に人が集まっているような気がした。町を出る人がたまたま多いのだろうか?
「あ! ソル~! この人達が私たちに挨拶したいそうですよ!」
集まっていたのは魔物の討伐をしたときにその魔物に苦しめられていた被害者の皆さんだった。
「いやぁ! あんたらには世話になったよ! 次の町でも元気でな!」
「あの時は死ぬかと思いましたよ……今命があるのはお二人のおかげです!」
「勇者って名乗ってるのは伊達じゃないんだな! 活躍はしっかり見せてもらったぜ!」
皆口々に俺たちにねぎらいの声をかけてくれる。確かに嬉しいのだが、出口にジャンヌを先行させたのは失敗だったな……
こうして俺たちは大層大げさな見送りで町を出た。カンパもしようかという話も上がったのだがそれは冷静にお断りしておいた。
幸いギルドから慰留をしようという人は来ていなかったので、町を出るのを惜しむ人は居ても止める人は居なかった。
町を出て平原を歩きながらジャンヌに聞く。
「お前はどうしていちいち目立ちたいんだ?」
「愚問ですね、私を落ちこぼれと暑かった里の連中を見返すためですよ!」
くだらない理由だとは思ったのだが、ここでアホみたいに重い理由を語り出されても困るので、そのやたらと軽くて俗っぽい理由は悪くないと思った。
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