第14話「半養殖魔物の討伐」

 ヒソヒソ声がやかましい。いや、本来なら聞こえない程度の音量で会話をしているのだろうが、今朝習得した『集音』スキルのせいで噂話が耳に入るようになっていた。大体の噂はジャンヌとの関係だ。


「あの方が勇者様のお連れの……」


「噂では賢者様だとも……」


 俺の評判を広める方は本気で勘弁して欲しい。ジャンヌが大言壮語をするのは自由だが、それは自分に対してするだけにとどめてはもらえないだろうか? 俺に流れ弾を飛ばすのはやめてくれ。


「なあジャンヌ、俺の事をどう触れて回ったんだ?」


 絶対ロクな紹介をしていないだろう。


「私がソルの隠れた才能を見出して弟子として連れ歩いているって紹介しましたね」


「お前なあ……ほぼ全部嘘じゃないか」


「ふっ……私が勇者扱いされるならソルだってそれに見合った実力がないとおかしいじゃないですか!」


「酒飲んで大口叩いて引っ込みがつかなくなっただけだろ……」


 安易に予想が出来る。コイツ酒に強くないし、平気で口が滑っていく。その様は摩擦係数がマイナスで、コイツの口は喋っているあいだにどんどん話が加速して大きくなっていく口だ。


「別にお前がどんなものを自称しようと勝手だがな、俺を巻き込むのはやめてくれよ……」


 ジャンヌは不服そうに答える。


「何を言っているんですか! 別にソルの悪口を言ったわけではないですよ? 褒めただけで文句を言われるのは納得がいきません!」


 何を言っても無駄そうだな……


『ジャンヌさんの雑談放送は神界でも見ている人が多いんですよ! いい感じのエンタメになっていますよ!』


 あまりにも知りたくなかった情報を渡してくる神様。いい加減な事を言っている。まるで俺たちは虫かごの中の虫のような扱いだ。


『ちなみにどんなところが人気なんですか?』


『容赦ない嘘ですかね。視聴している人は『いつバレるか分からないので見ていてヒヤヒヤする』だそうで、そのスリルがたまらないそうです』


『本当にロクな性格の神がいませんね!』


 ヤケクソになりつつあった。神もいい加減すぎるだろう。神だけ会って人間観察がエンタメになっているようだ。命のやりとりを安全圏から眺めるのはさぞ気持ちがいい事だろう。たぶん神様とやらは人間の事をアリ程度にしか思っていないのだろう。神の機嫌が悪ければ人間というアリの巣に溶けたアルミを流し込んで巣のサンプルを取る溶暗真似をする奴が出てきそうだ。人間どころか星の未来がか買っていると思うと油断が出来ない。


「ソル、ギルドに行きますよー!」


「はいはい、そんな急がなくても依頼は逃げないよ」


 そしてギルドに着いたのだが……めぼしい依頼は全て他のパーティに剥がされており、残りは近所に現れたイビルホーンの退治くらいしか報酬の良い依頼は残っていなかった。


 渋々その依頼を受注するのだが、ジャンヌが大口を叩いたせいで『余裕で勝てますよ』などと軽い感じで流されてしまった。


『だいじょーぶですよー……イビルホーンは角が尖った大きいサイですからソルさんの名栗で角を折ればタダの雑魚ですよ』


『それは結構な事ですね。じゃあ簡単な依頼ですね』


『いやー……それがジャンヌさんが活躍するシーンの動画が人気なんですよねえ……ソルさんだと負けようがないのでジャンヌさんの生きるか死ぬかの戦いの方が人気なんですよ』


 聞きたくない神界事情だった。神って鉄骨渡りを眺めているようなやつしかいないのか?


 俺はギルドでもらった討伐案内を眺める。町の表の平原で旅人が餌付けをしたのでどんどん調子に乗って人間を襲うようになったので駆除して欲しいそうだ。完璧に悪いのは人間だし、倒すのが後味の悪さを残す事になるのが確定だった。


 そうしてこの前のオーク戦の時と同じように町を出て少し草原を歩いた。そして見通しのいいところでギルドから支給された弁当を開けた。


 中身は人間向けのものではない。イビルホーンをおびき寄せるために専用の餌を詰め込んだ箱になっている。餌付けに使ったものを討伐のために利用するとは残酷というか皮肉というか、人間が始めた事なので片付けるのも人間の仕事なのだろう。


 俺が箱を開けた途端に遠くの方から低いうなり声が聞こえて大きなサイが突撃してきた。名前の通りごつくて固くて鋭そうな角をこちらに向けて突進してきている。


 手助けくらいはしないとな……死なれても困る。


 俺は突進してきたイビルホーンに突撃してグーで角を思い切り殴った。パキンという音と共にご自慢の角は砕け散った。


「ジャンヌー……もう雑魚だから適当に射撃すると倒せるぞー」


 攻撃手段を失ったイビルホーンは右往左往している。パニックになっている今がチャンスだろう。


 パシュ


 ジャンヌが撃った矢がサイの脳天に当たる。コイツ威力はともかくコントロールはいいな。


「あのー……全然倒せないんですけど?」


「矢をあるだけ打ち込んで見ろ、それでダメなら助けてやるよ、『勇者様』」


 パシュ


「ソル、根に持ってますね?」


「いやいや、ジャンヌの隠れた実力に期待しているだけだよ」


「私にも限度がありますって!」


 角は折ってやったのに諦めの早いやつだ。


「倒すなら目を狙うと行動不能になるぞー」


「ああもう! しょうがないですね!」


 パシュ


「ぎゃああああああ」


 さすがに眼球に刺さった矢はダメージになるらしい。皮膚と違ってどうやっても守りようがない体の部分なので困ったときは目を狙えばいい。眼球のない魔物の対処は今後の課題だな。


 パシュ


 ついに両目に刺さった矢でイビルホーンは転げ回った。無力化には十分だが討伐が必要だからな。手を汚すのは俺がやる事にするか……


 俺は倒れているサイの頭に向かい息を思い切り吸いこんで拳に力を入れた。


「お前が悪いとは思わんが、俺は人間なんでな、まあ悪いが死んでくれや」


 思い切り正拳突きを脳天に放つと頭蓋骨が砕けた音と感触がして動きを止めた。


「ほら、ジャンヌ、今回は堂々と自慢していいぞ。ほとんどお前が倒したんだからな」


 しかしジャンヌは浮かない顔をしている。


「やっぱりとどめはソルなんですね……」


「汚れ仕事は俺の担当だよ」


 そうしてギルドに向かった俺たちを待っていたのは微妙な空気だった。空気を読まず報告の時に理由を聞いてみると、ここにいる冒険者や旅人の中にもあのサイに餌をやった人間がいるらしい。そいつらの尻拭いをしたも同然なのに恨まれるとは結構なとばっちりだなと思った。


 そして自分の手を汚さずいい事をした気分になっているやつよりはジャンヌの方がマシだなと思った。

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