第13話「ジャンヌ、勇者認定される」
俺たちは昨日の事もあり目立たないようにギルドに向かった。ジャンヌはローブを着て、俺は装備を変更して、二人とも目立たないようにしている……はずだった。
「ジャンヌさんですよね! サインいただけますか?」
このやりとりも数回目だ。ジャンヌは昨日のビッグマウスですっかり有名になってしまい、返送していようとあっという間に見抜かれる程度には有名人になってしまった。
加えて、先ほどの戦いの目撃者が少ないというのも影響しているだろう。危険という事で壁に囲まれた町の中で来るであろう戦闘に備えていたので戦いを生で見ている人間は少なかった。それがジャンヌの英雄視を助長している。
「ふひー! やっぱり私は勇者の器なんですねえ!」
などと言いながらサインをしている。今のコイツは借金の保証人欄にでも何の迷いもなくサインしそうなくらい調子に乗っているので心配ですらある。
「勇者がそんな俗物でいいのかよ……」
俺自身が俗物だし、神様のいい加減な選定で選ばれているだけなので、あまり人の事は言えないのだが、他人に押しつけられた俺と進んで自称しているジャンヌでは立場が違うはずだ。
「ソルはお堅いですねー? 今時は勇者だって人気ってものが必要なんですよ? 知ってますか? 宿とか食堂でも人気者は割引が受けられるんですよ?」
なんか現代日本にそう言うステマがあったな……そんな嫌な部分まで地球の真似をしなくていいんだよ……
『その世界を作った神は私へのリスペクトで生命や思考を地球に寄せたって神界で公言してますからねー、結構地球知識が使えますよ』
『嫌な情報どうもありがとうございます』
そりゃそうだよなあ……円錐状生物が生態環境の覇権を担っていても不思議は無いわけで、環境が地球コンパチなのは神様の意志か……
「ソル! ほら、皆さんが先の戦闘について聞きたいらしいので酒場で私語りをしますよ!」
「なんとか物語みたいな語りは出来ないからな?」
「うん?」
「なんでもない……」
『メタ発言は程々にしてくださいね~……あなたは私の作ったオリジナルの世界出身なのでその劣化コピーの世界ではオーバーテクノロジーなことも多いんですよ?』
『地球に魔法はなかったはずですけどねえ!』
この神は……好き放題言いやがって……こんなところに召喚しておいて自分の手を汚さないあたりいい性根をしている。
そんな事を考えていると酒場に着いた。酒場までの道中は無意識に歩きながら神様と話していたのだが、『私が鑑賞しているときはオートで体が動いているのでご安心を』と言っていたが、だったらオートマトンでも用意して自分で動かせやとツッコミを入れたくなる。
神様は黙ったのでどうせまた動画サイトで配信の切り抜きでも見ているのだろう。今は目の前の事に集中しよう。
「オークが巨大な石鎚を振りかぶったときです! ソルが絶望に歪んだ顔をしているときに私が魔力を込めた矢を放って哀れなオークは後ろに倒れたわけですよ! さすがに私だけの力で倒したとなると、ソルが気の毒じゃ無いですか? そこで私は昏倒しているオークの急所を突くように指示したわけですね……」
いいように話を盛って勇者っぽい事をした風に装っている。長話は嫌われるぞと思ったのだが、この町の人は暇人が多いらしくジャンヌの与太話をコクコクと頷きながら聞いていた。俺の方はジャンヌがこの場にいる全員に奢ると宣言したのでありがたく酒を注文させてもらっていた。
話は水が蒸発したほどに体積が増えていき、ついにはジャンヌが『魔王を倒します!』と宣言してしまった。いや、勇者なら魔王を倒すものなのかもしれないけどさ……せめて自分の力でなんとかして欲しい。俺に魔王討伐RTAのキャリーをさせるのはやめて欲しい。
『RTAとか言いだしたら現地神がキレるので空気を読んでくださいね?』
『神なんだから原住民に力を与えればいいのに……』
さっきから酒を飲んでいるのだが一つ気になる事がある。
『アルコール耐性を取得しますか?』
『しない』
この通り酒に口をつけるたびに名前を呼ばれたスマートスピーカーのごとく付与しようとしてくる。余計なお世話だが幸いアルコール耐性は自動付与ではないらしいのでギリギリのライン上でセーフだろう。酒と女がいればいいというダメ人間は地球にも居たが、地球の神は結構なポンコツなのではないだろうか? そうだとすればそれを模倣して作ったこの世界に人格に問題のある奴がいるのも納得できる。
「マスター、エールをもう一杯」
「いいのかい? お連れの勇者様が勘定は持ってくれるそうだが、それにしてもあんたは結構飲んでるぞ?」
「いい、アイツが満足しているならいいんじゃないかな。俺は勇者ってがらじゃないんだ。精々アイツには立派な勇者をやってもらうさ」
勇者は一人で十分だ、アイツが勝手に戦いに出る分には知った事ではないし、魔王とでも好きなだけ戦ってくれ。
「私の完璧な射撃でオークは目玉を潰されたわけですね。その破壊力たるやオークの目を貫通してその奥の岩に突き刺さるほどの勢いでした」
目から頭の後ろまで貫通していたらその時点でオークは死んでいると思うのだが、頑丈な魔物なので多少の怪我には耐えるのだろう。
「私の魔法で身体能力を強化したそこのソルがオークの攻撃を凄い速度でかわしたんですね」
どうやら俺の行動にも一々ジャンヌが関わっていた事にしたいらしい。俺が躱したのは嘘ではないし、魔法の付与があったかどうかなど検証のしようがない。出来るだけ静かに生きたい俺としては功績はガンガン奪っていってもらって構わない。
「エールをもう一杯」
「もう無いよ、あんたの仲間が奢った分でほとんど無くなったんだぞ」
「なんかすんません」
ジャンヌの方を見ると半分くらいの聴衆は酔い潰れており、残りの人間も話を真面目に聞いているか怪しい状態だ。
「あのー……ソル、ちょっといいかな?」
大体団体の大半が潰れたところで俺に声をかけてくる。
「ちょっとお金を融通してもらえませんか? 皆さん好きなだけ飲んじゃったので……」
「分かったよ……ただしビッグマウスは程々にしておかないとバレたときキツいぞ?」
そう耳打ちしたのだが、ジャンヌはにっこり笑ってそれに対する答えを返した。
「大丈夫ですよ、実力がバレる頃には私たちはこの町にいませんから」
そう情けない事を断言して俺からもらった金で会計を済ませるジャンヌを見て、確かにアイツは無能感があるがお飾りとしてならこれ以上ないほどの仕事をしてくれるな、と確信した。
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