第9話「森を抜けよう」

「ソルさん……もしかして迷いましたか?」


「そんなわけないだろう、ちゃんと地形は頭の中に入っている」


 実際マップスキルで位置情報は取得できるので全く問題無い。しかし地図で森の中を通らない平地の道には魔物が待ち伏せしているのを検知できた。その中に突っ込んでいくほどバカではない、幸いそこに襲われている人間の気配は無いので森の中を進めば不要な戦いを避けて次の町へと向かう事が出来る。


 しかし疑わしげな目でこちらを見てくるジャンヌ。地図は脳内展開なのでそれをジャンヌに見せる事は出来ない。


「『ホログラフィ』を取得しました」


「使わないからな」


「何を言ってるんですか?」


「なんでもない」


 たぶん使えば地形のプロットが出来るのだろう、必要以上にスキルを見せるのは面倒な事にしかならないからな。オーバーテクノロジーをひけらかすと目をつけられるのは分かりきっている、この世界にある以上の魔法や科学に頼るべきではない。


「しかし……どこまで行っても森ですね。なんでソルはここを迷う事なく進んでいけるんですか?」


「勘だよ」


 土地勘、程度に受け取ったのだろう、ジャンヌは一人納得をしていた。脳内地図で魔物の反応があるところを避けて進んでいるので多少遠回りになるが戦闘を避けられる。自分一人なら全力を出しても目撃者はいないが、ここにはジャンヌがいる。コイツを守りながら魔物を手加減しつつ倒すというのはなかなかに手間だ。ジェシーの時は急ぎだったので簡単な魔法を発動したが、どうやらあの神のおかげで普通の魔法にも結構なブーストがかかるらしい、いや、地球には普通の魔法なんてないから『普通』がどの程度なのかは知らんけど。


 音を立てないように草を刈りながら森の中を進んでいく、敵は出てこないし、崖や川も避けている。問題無い旅なのだがジャンヌは何も起きない事に退屈をし始めているのか鼻歌を歌い出した。


「~~~♪~~~」


 うるさい……そう言うのは簡単だがコイツにへそを曲げられても困る。平和に過ごすためには多少の我慢も必要だ。


「ソル! なんか少し退屈ですね、倒せる程度の魔物でも出てこないでしょうか?」


「やめとけ、お前が勝てる程度の魔物ってなんだよ? 大体の魔物に勝てないだろうが」


「失礼な! コボルトやゴブリン一匹程度なら倒せますよ!」


「雑魚じゃん……しかも一匹かよ」


 自信満々にそんな事を言っているが、ジャンヌではその辺が限界なのだろう。コボルトにせよゴブリンにせよ群れで襲ってくる魔物なので一匹だけならそこそこ体格のいい子供でも倒せる相手だぞ……自慢するような事じゃないだろ。


「しかし木ばかりですね……トレントやドルイドはいないんですかね?」


「そいつらは敵意があるのか?」


「あんまりそう言うのに襲われたって話は聞かないですね。穏健派なんでしょうか?」


「襲ってこないなら結構な事だろ、気にするな」


 実際マップ上にそれらの魔物の位置は表示されていない。人間以外も対象にしたマップに表示されないという事はこの辺にはいないのだろう。そうして森の中を行き、森の中を順調に歩いていたところで突然敵の反応がマップ上に表示された。


「敵!? なんで!?」


 見たところまわりには何も無い……ように見えたがよく見ると地面が少し盛り上がっていた。


『鑑定を自動使用します』


 天の声が脳内で新しく出てきたものを鑑定する。


『対象は「アントリオン」です。索敵範囲に地中を追加しました』


 遅いんだよ! 普段必要も無いときにスキルを与えるくせにこういう時は手遅れになってから付与されるとかたまったものではない。


「ジャンヌ! 下がってろ!」


「ええ!? あ、はい!」


 勢いよく敵から離れるジャンヌ、危険を嗅ぎ分ける事くらいはきちんと出来るらしい。俺は盛り上がっている地面を警戒しながらジャンヌを逃がした。ここにはコイツ以外の魔物はいないのでそちらの心配は無い。


「『炎魔法』を使用します」


『ストップ! ストオオオオオオップ! 森が燃え尽きるからやめろ!』


「魔法の執行を停止しました」


 危ねえ……力が抑えられないとか言う話じゃないぞ、可燃物の真っ只中でとんでもない事をしたがるな。俺はたぶん無事だと判断したのだろうがジャンヌの方は死ぬぞ。


『熱魔法を使用します』


『熱魔法? 炎魔法とは違うのか?」


『熱魔法は炎経由ではなく、熱エネルギーを直接目的の地点に与える魔法ですよ~』


『神様じゃないか! 突然出てくるのはやめろ、ビビるから! あと熱魔法は使用します』


 地面が熱を伝えて地面から蟻地獄の巨大な魔物が飛び出してきた。もがき回って非常に気持ち悪い。


「せい!」


 ゴスっとアントリオンの頭を殴ると所詮は虫でありピクピクしてから動きを止めた。


『死亡確認しました』


『その死亡回避フラグみたいな宣言は要らない……』


 どこかの塾を思い出してしまう。死亡フラグを立ててから平気で生き返るパターンじゃないか。


「ソル! すごい音がしたけど大丈夫だった?」


 音がしなくなったので来たのであろうジャンヌが俺の元へ駆けつけて、それからやたらでかい蟻地獄の魔物を見て口を開けていた。


「もう大丈夫、敵もいないみたいだ」


「え……? これを倒しちゃったの? ものすごく強そうなんだけど」


「雑魚だったぞ、突然出てきたから驚いただけで余裕で勝てるくらいの相手だった」


「嘘でしょ……そいつ、お尋ね者の魔物だよ! 地中に隠れてるからなかなか討伐できなくて苦労してるって聞いた事あるよ!」


「こんなもん、まともな勇者候補なら楽勝で倒してるだろ」


 そう、コイツは弱かった。この世界の魔物の強さの基準は知らないが強い方に入るって事は無いだろう。


「いえ、勇者候補がコレに何人も血を吸い尽くされて死んでいるんですけど……」


 あ……やっちゃったな……まあいいや、討伐報酬なんてなくても生きていけるし、運悪く何かに殺された魔物の死体ということでここに残していこう。


「じゃあ行くぞジャンヌ、それについてはもう放っておけ」


「そんなもったいない! 素材としても高級品ですよ!」


「収納魔法の領域の無駄だ」


 もちろん無限に入るのでこのでかい昆虫一匹を入れる事に何の問題も無いのだが、面倒事が嫌いなのと、俺の日用品がこの昆虫と一緒にしまわれる事に生理的な嫌悪感がある。


「じゃあ私は牙だけでも回収しておきますね」


 そう言ってナイフを使い起用にアントリオンの死体から牙をえぐり取る。素材にするつもりなんだろうが、上手に切っていたので料理させたら才能が有るんじゃないかと思った。


「慣れてるんだな」


「ええ、家で飼ってる鶏を〆たりしてましたからね。母さんに『このくらいは出来るようになっておきなさい』ってうるさく言われてねえ」


 しみじみと語るジャンヌ。この世界では鶏を〆るのを子供にやらせる事もあるようだ。決して食育のためとかそういう高尚な理想ではなくただ単にニートに一つでも生活力をつけさせようとした結果である事は安易に分かった。しかし本人には一切その自覚は無いようなのでその幸せな夢を覚ますことはしないことにした。


 ツノなども折り、一通り素材を自分のバックパックに入れて満足そうにしている。


「ねえソル、この魔物、私が倒したってことにしてもいい?」


「いいぞ」


「そっか……やっぱりダメだよね……っていいの!?」


「いいよ、魔物討伐なんて進んでやる気もないしな」


 ジャンヌは訝しげな顔を俺に向けてくる。手柄を譲ってやったのに随分な態度じゃないか。まあこんな手柄を独り占めしていいって言われてしまうと疑う気持ちも分かるがな。


「ソルって欲が無いんですか? 普通は報酬の分け前くらい要求するものですよ?」


「金には困ってないんだ」


 そう、無限財布の力でいくらでも金貨が生成できる。もっとも、金貨の生成を大量に行うと経済にダメージを与えかねないのでその辺の配慮は必要ではあるのだが。


「そうですか、私は魔物倒した勇者のホープって呼ばれるかもしれませんね! ワクワクしますよ!」


「身の丈に合わないクエストを受注しないようにしろよ? 俺と違ってお前は簡単に死ぬんだからな?」


「まるでソルは自分を不死身と思っているようですね」


 そう言って軽く笑うジャンヌだが、果たして俺が死のうとする意志を持っていれば死ぬ事が出来るのかさえも怪しいものだった。


「そろそろいいか? 先に進むぞ」


「はい、素材の回収終わりです!」


 そしてその巨大な蟻地獄の死体を残して先に進んでいったところ、マップ通り平原に出た。


「ん~やっぱりこういうところの方がさっぱりするな」


 地中にも空中にも、もちろん陸上にも魔物はいない。ようやく普通の道を歩いて行けるようになった。


「ソル、あとどのくらいで次の町に着きますか?」


「そうだな……ざっと……」


『あと一〇時間と推定します』


「よかったな、ここまで来れば半日も歩けば町に着く。


「えー……まだ半日も歩くんですか」


「ぶつくさ言わない、勇者になろうってのに楽になれるわけがないだろうが」


「はーい……」


 こうして俺たちは危険の無い道を町にたどり着くまで歩き続けた。

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