第8話「それはそれとして人は助けるべきだろう」

「ソルさん、こっちの方には何があるんですか?」


 勘の良い質問をしてくるジャンヌ、魔王城は無いなどとネタバレをすると切れそうなので適当に誤魔化そう。


「さあな、道なりに行けばどこかに着くってギルマスも言ってたじゃん」


 どこかに着けばそれでいい。そこが平和でやる事が無ければさらに良い。逃げる事は恥ではない、変わるからこそ人は進化してきた。それは大抵環境に逆らったからだ、気候変動が起きたときに適性のある生物が生き残ったのであって、決して環境を変えるような超生物が生き残ったわけではない。俺は平穏な日常を求めている。


「何か難しそうな事を考えていますね」


「えっ!?」


「ソルさんも案外わかりやすいですね」


 クソ! ジャンヌに表情を読まれるとか恥ずかしい……


 さて、地図を開くとするか……


 脳内で地図を開けばジャンヌにそれを覗かれる心配は無い。地図というのは軍事上でさえ重要視されるものなのでそんなものを一介の勇者が持っているなどとしれると面倒だ。


 脳内に地図を開いて安全なルートを探る。マップ上に魔物と人間を色つきで表示する。前方五〇〇メートルくらいだろうか、人間が僅かと魔物が多くそれを囲っている。明らかに人間が襲われている状態だ。もちろん逃げる事も出来るし、それについて知らぬ存ぜぬで通したところでそれを嘘だと断じる証拠は無い。しかし、しかしだ……


「向こうで魔物に襲われてる人がいる、助けるぞ」


 人間を見殺しにするのはなんだか気が進まない。負ける心配は無いのだから気が進まない程度でも誰かを助けるには十分すぎる理由だ。むしろその程度の理由で人を助ける事の何が悪いというのだろう、助けたいから助ける、それだけだ。


「待ってくださいよ! まず戦略を……」


「考えてるあいだに殺されるかもしれない、怖いなら待ってろ!」


「『ダッシュ』を使用します」


 勢いよく走り出す。さすが神の与えた能力だけ合ってかなり高速で走る事が出来る。向こう地球で言うなら自動車をトップギアに入れたくらいの速度であっという間に五〇〇メートルくらいは過ぎ去っていく。蛇の群れに迫られている人間がすぐに見つかった。


 ドスッと蛇の一匹の首に手刀を打ち込みスパッと切り落とす。雑魚ではあるが非常に気持ちが悪い。


「ひぃ!? だ……大丈夫です!」


 爬虫類に効くのは……


「『冷却魔法』を使用します」


 冷気が辺り一帯に広がるのだろうと思っていたのだが、力は思ったよりも強かったらしく周囲を囲っていた蛇の群れがカチカチに凍結された。これは別に炎でも十分倒す事は出来る威力だったな……


「え? ええ!?」


 襲われていたのは少女だった。蛇の方に意識がいっていたので気にしていなかったのだが、どうやら少女が一人で旅をしていたようだ。


「終わりっと……大丈夫だったかな?」


「は……はい」


 おっと……蛇を切った手が血で汚れていた。少女に触る手では無いな。


「『浄化魔法』を使用します」


 血で汚れていた手が光に包まれて綺麗になった。これで大丈夫だろう。


「さて、ここは危ないよ、離れようか」


「はい!」


 こうして二人で森を出ようとしたところでジャンヌが追いついてきた。


「ソル……走るの早すぎ……」


「悪かったよ、急ぎだったんだ」


 あの蛇が何の種類だったかは不明だが、一人の命を助ける事は成功した。十分の成果だろう。


「そちらの方が襲われていた方ですか? 無事助けられたみたいですね」


「あ、ありがとうございます! 死んじゃうかと思いました!」


「まあ私たちはこれでも勇者候補ですからね! 誰かを助けるのは勇者の義務ですよ!」


 何もしていないはずのジャンヌが大きな顔をしてそう言う。コイツが勇者になりたいといっていたのは口だけなんじゃ無いかと疑ってしまう。そういえば地図を見ていなかったな。


 脳内に地図を広げて魔物の存在を確認する、このあたりに反応は全く無い。あの蛇の縄張りだったのだろうか、一カ所に集まっていた連中を倒したらこの辺から魔物が消えた。


「あの……この先に勇者になれる村があると聞いたんですか、何かご存じだったりします?」


「ご存じも何も俺たちはそこから来たんだ」


「私は故郷に錦を飾るために勇者になろうと旅立ったんですよ!」


 お前はニートが出来なくなっただけだろうが……あと日本のことわざをナチュラルに翻訳する翻訳係さんご苦労様です。


 そう翻訳スキルに感謝したところで少女は自己紹介を始めた。


「私はジェシーというものです。勇者になるためにその村に向かっています」


 勇者なんてあまりお勧めしないんだがな、まあなりたいと言っているならなればいいんじゃ無いだろうか? あの村での雰囲気からして多少強ければ勇者になれるようだし、この子の実力は知らないけど運がよければ名を売るくらいの事は出来るだろう。


「そうですか、ジェシーさん、勇者になるには厳しい試験があるので覚悟しておいてくださいね?」


 ジャンヌはまるでその試験を乗り越えた一人のような口ぶりで先輩風を吹かせている。厄介払い同然で送り出されたというのにこの自信は結構なものだ。


「お二人はもう勇者候補になったんですか! すごいですね!」


「まあ私は長年勇者にならないかと勧誘されていましたからね! ようやくそのオファーを受ける事にしまして」


 ジャンヌは気を良くして楽しそうに語っている。かなり話を盛っているがこの子ともここで別れるのだから細かい事は気にしないのだろう。旅の恥はかき捨てという言葉もあるしな、いや、この世界にもあるのかは知らんけど。


「やっぱり勇者になるって力が強かったり魔法に長けていないとダメなんでしょうか……私はあのくらいの魔物にも苦戦して……」


「大丈夫です! 熱意さえあれば勇者になる事くらい簡単ですから」


 そう語る元ニートを冷ややかに見ながら、俺は収納魔法から食料をとりだして渡しておいた。


「これであの村くらいまではもつから、勇者になりたいんだったら戦う覚悟もしておけよ」


「はい!」


 そうして俺達はジェシーと別れた。アイツが勇者になれるかどうかは分からないが、魔物相手に剣を抜いていたという事は覚悟くらいはあるのだろう。


 出来るだけ長生きしてほしいものだと去って行く少女を見送って考えた。

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