第7話「早速だが君には旅だってもらおう」
「さて、君……いや、ソルくん、君にはこのギルドを宣伝するという義務が与えられる。道行く各地でこの身分証を提示してくれたまえ」
そう言ってギルマスから渡された金属板には俺がここ所属である事が大々的に書いてあった。どうやら俺はギルドのスポークスマンでもあるらしい。
「それでどこに行けばいいんですか? 魔族との前線?」
ギルマスはそれに対して身も蓋もない返答を返してきた。
「そんなところで活躍してもこのギルドが有名にならないだろう。もっと人目につくところで活躍してくれないと困る」
えぇ……このギルドに入ったのはほとんど矯正みたいなものなのにギルドのカードには『当ギルドで修練の末勇者として認定された』と書かれている。まさかあの試験が修練だとでも言うつもりだろうか? 正気とは思えないの一言だ。
「あの……修練とか一分たりともした気がしないんですが……」
「うちはOJTだ」
断言するギルマス、ご丁寧にOJTなどというワードが出てくるのは神様の自動翻訳の結果だろう。そういう方面への配慮は行き届いているようだ。
「ソルさん! 私たちは一刻も早く魔王討伐へと向かわなければならないんですよ! 呑気に修行とかしている暇があるわけないでしょう!」
えー……魔王討伐とかとってもやりたくないんだけどな……金は困っていないので別にこの世界でのんびり暮らしていても全く問題無いんだけどな。やりたくない事をやらなくて済む方法は無いだろうか?
『無いです!』
頭の中に誰かの声が響いた。あのムカつく神様に似ていた事は気にしない事にしよう。あのエセ神め、ロクなことを考えない奴だ。
はた迷惑な話を断ろうとしたのだがギルマスとジャンヌで話はどんどん進んでいった。
「うちでの支度金は……」
「おっと、値切ろうとしてはダメですよ?」
「しゃーないな……ちょっと色をつけてやる」
「よろしい、ついでに装備も調えて欲しいのですが……」
「そっちのソルさんはそんなもの無くても強いらしいじゃないか」
「私には強い装備が必要なんですよ、ソルさんの管理者として生きていかねばならないのでね」
おいおい……好き放題しすぎじゃないか? ここは俺がはっきり言わないと……
「あのなあ、俺は魔王討伐なんてやる気はだな……」
「ありますよね! まさか魔物を倒したのに魔族と敵対したくないなんて言いませんよね?」
「人間は魔族と戦うしかねーよ、諦めてぶつかってこい! なーに、魔王を倒せば勇者で左団扇な生活が出来るんだぞ? やらないわけにはいかないだろ?」
別に倒さなくても人生において困らないんだがな……
「まあまあ、平和が一番じゃないですか? 魔族だって話せば分かる連中だって……」
「お前さん、この小娘が襲われているところを話し合いも何もなく倒したそうじゃねえか、今さら博愛主義でも持っているつもりか? 人間が生き残るために魔族は倒さなきゃならないんだよ」
やるしかないようだ、選択肢は残っていない。身分証無しで移動したら管理の厳しいところで不利益をもらうかもしれない。合理的に考えれば身分証だけもらってバックレるところだが……
「ちなみにソルですが私が管理しておかないと何をするか分かりませんからね、私は重要なストッパー役としてソルについて行きますよ!」
「ついてくる気は変わらないようだな……?」
そうつぶやくとギルマスが俺にコソコソ話しかけてきた。
「この子は戦闘力がまるでないから勇者の試験に落ちたんだよ……勇者には人一倍憧れてるのにな、良いように恵まれたりはしないものだな」
ジャンヌの勇者への拘りはそう言ったところから出ているのだろう。俺は楽して生きられるなら安全に戦いを避けてスローライフをするところだが、コイツは考え方がまったく違うらしい。
「というわけなのでこのクソガキの世話も頼むわ、毎日のように試験の鍛錬と受験で家族から『ウチの娘がろくに働かないんです』って言われてたからな。勇者パーティーの一人になればそれなりに仕事はこなすだろうな」
果てしなく信用できない言葉だが、やる気があるだけいいのだろうか? やる気のない味方をつけたいとは思わないが、弱い味方をつけるとロクなことにならない。
「何で俺がジャンヌを連れて行かなくちゃならないんですか!? 俺一人でも十分に魔王とは戦えますよ!」
「この村では働かない連中がいてはならないんだよ……コイツは一人で『いずれ私はビッグになります』とか言って勇者浪人を延々と続けててな、そろそろ世界に放流したいんだよ」
「ジャンヌ、おまえ体の良い戦力外通告されているぞ?」
この世界に戦力外通告という言葉があるかどうかは知らないが、そこは神のスキルで良い感じに翻訳してくれるだろう。
「失礼な! 大器晩成の私がついに実力を出しただけじゃないですか!」
「実力(他力)」
「ソルさん! 喧嘩売ってるんですか!」
「分かったから二人とも早いところ旅に出てくれるか? 俺にも仕事があるんだが……」
「分かりましたよ! いきますよソルさん!」
「ちょっと待て! お前本当にそんな気軽に将来を決めて良いのか? 下手すれば死ぬような事をやろうとしてるんだぞ!」
しかしジャンヌのやつ、この里への未練とか無いのか? 迷う事なく出て行こうとしているんだが……
「私は偉大な勇者になって魔王を討伐しなければならないんです、魔王を倒したら村で私のことを家事手伝い見習いとか高等遊民とかニートとか言った連中を見返せるんですよ!」
「明らかに後半が本音じゃねえか!」
つーか無職を揶揄する言葉がなんでこんな豊富にあるんだよ? 神様の翻訳エンジンが無駄に高性能すぎないか? 神様はそういう罵倒語方面に無駄に豊富な語彙を用意しなくても良いんだよなあ……この世界に案外ニートが多いのでなければそんなにたくさんの婉曲的な表現があるはずないだろう。
「つーわけでコイツが村にいると少年少女に悪影響があるんだわ、いい加減勇者浪人もやめて欲しかったし連れて行ってくれ」
「俺は就労支援をしようとしているわけじゃないんだが……」
「はいはい、行った行った! この村から道なりに行けば町なり村なりがあるからそこまで魔物を狩りながら行ってくれ、討伐がきちんと出来れば金には困らんよ」
「俺の意見を聞けよ!」
しっしと手で俺たちを払って、出て行けという。諦めて出るしか無いか……まあいい、まだ手はある。このジャンヌの家族が危険な事に首を突っ込むのは止めるだろう。まともな家族なら戦場に適性のない奴を送り出したりしない。
――いってらっしゃい!
「どうしてこうなった……」
「どーしたんですか? そんなに落ち込んで?」
「いや、お前何をしたらあんなあっさり魔王討伐に行くっていうのが受け入れられるの? 普通の親なら止めるだろ!」
秒でOKが出てジャンヌは俺の随行者になる事が決定したのだった。ジャンヌ母はマジで迷う事なく送り出しやがった、普通は多少のためらいがあるだろうに、まったく考えずに『おめでとう!』と言って送り出した。体の良い厄介払いなのでは無いかと思う。
「お前家でどんな生活してたの? なんであんなあっさり許可が出るの?」
「いや、私は何年も『勇者になる』って言いながら生活しましたからね! おかーさんにもその熱意が伝わったんじゃないですか?」
ゴミを見るような目で送り出されたんですがそれは……
「はあ……しょうがないな、行くぞ」
「はい!」
結局俺たちは二人で旅立つ事になった。旅立つからには目的地を決めないとな。
『世界地図』を使用して脳内に地図を呼び出す。ご丁寧に魔王城までルートが示されるのでそこと正反対の方向に向けて村を出て行った。出るときに門番に『ついに万年浪人が本気を出すのか!』と驚かれ、ジャンヌがそちらをキッと睨んでいたのは自業自得だと思った。
幸いこの世界に衛星写真やGPSというものは無いので、魔王城の反対側に向けて出発してもジャンヌは何も気が付いていなかった。まあぼちぼち魔物を倒しながら生きていけば生活には困らないだろう。
呑気な面をしている相棒と俺の『目的を達成しないための旅』はこうして出発となった。
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