第6話「ギルマスに勇者にされた」
「ギルマスですか……会わないといけないんですか?」
俺がいやそうにエルさんに訊く。エルさんはため息と共にここがギルドであることを告げた。
「身分証が欲しいんですよね?
「分かりましたよ……受けますよ! ギルマスだってそんな怖い人じゃないんでしょう?」
「ええまあ……怖くはないですよ」
含みのある言葉を言ったエルさんも気になるのだが『ソルが会うんなら保護者の私も会わないとね!」
と言っているウキウキのジャンヌをどうしたものかと考えていた。
「ジャンヌ……ギルマスに呼ばれているのはソル一人よ? なんで無関係のあなたが行くの?」
その非難めいた目にまったく動じること無く答えた。
「ソルを始めに見たのが私で、初めての先頭も私が見たいんですよ? 情報源としてこれほどのものは無いでしょう?」
「ちょっと待ってください……ギルマスに訊いてきます」
しばし後、少し疲れたようなエルさんが出てきた。
「ジャンヌも一緒に話を聞くそうよ。言っておくけど話を盛るのは絶対やめてね? ギルド出禁にされたくはないでしょう?」
「分かってるって! 見たことしか話さないよ~」
そう呑気に言っているジャンヌだったがエルの方はまったく気にした様子は無かった。
「……では、こちらに来てください」
俺は重々しい足取りでギルマスの部屋へ案内される。これ以上まだ何か目立ってしまうのか、勘弁してくれ。
気が重いがギルマスに会わないと身分証を発行してもらえそうにない。ここは偶然が重なっただけだと言い張ろう。勇者になるなんてとんとゴメンだ。
そして重そうな扉のついたギルドマスターの部屋についた。「どうぞ」とエルが促す。気は進まないが扉をゆっくりと開いて入った。
中では強面の男がデスクの向こうに座っている。顔こそ怖いものの、俺の本能が『コイツ能力大したことねーな』と告げているので別に怖くはない。とはいえのっけから喧嘩を売るのもアレなので一応下手に出ておこうか。
「お前さんが試験官をボコったソルとかいうやつか?」
「そうですとも! この方が数多くの勇者の中でも本物の実力を持った方です! ちなみにそれを見出したのは私ですよ!」
ジャンヌが横から俺の紹介をする。話がややこしくなるからやめてくれ……
「俺に何か用でしょうか? たまたま試験には合格しましたけど別に勇者になる気は……」
「金貨十枚でウチに登録しないか?」
おっと、金で落としに来たか。残念ながらこっちには無限に金のわく財布があるんだ、そんなものになびくわけが……
「ほほう、マネージャーとしてはその件を受けないわけにはいきませんね! いいでしょう! 私のソルさんを使いたいと仰るなら構いませんとも!」
「ジャンヌ!? お前何言ってんの!?」
突然横から入って交渉を破綻させるこの少女をどうすればいいのか……俺の意志というものがまったく尊重されていない。
「なるほど、お前がその新人のマネージャーか……いいだろう、条件を言ってみろ」
なんかいきなりジャンヌが俺のマネージャーになってるんですが俺の意見は反映されないんですかねえ!
そんなことを言ってもしょうがない、コイツは自分のためなら手段を選ばないやつだとなんとなく分かってきた、分かりたくはなかったけれど……
つーか俺が異世界に行くなり出会ったのがコイツっていうのが俺の転生を管理していた連中の悪意を感じざるを得ない。自称神様さんさぁ、ちょっと酷くない?
「とりあえず登録に金貨百枚ですね! あ、私が受け取りますね、ちゃんと管理はしますのでご安心を」
「おい」
「ソルさんは少々世間に疎いようなので私がソルさんが世渡りに慣れるまで私が代理で管理しますね」
「世俗に疎いんだったら直接交渉した方がいいな」
「ほーら! そうやってすぐに値切ろうとする根性が気に食わないのでソルさんも渡しに頼んでるんですよ!」
「別に頼んでは……」
「ほらほら、金貨はよ!」
「……」
「お、いいんですかねえ? この方は大型新人ですよ?」
俺の意見はガン無視されて話が流れていく。どうやらここでは見ず知らずの俺の意見は一切通らないらしい、酷くね?
「いいだろう、払ってやる。ただしウチのギルド所属で異存は無いな?」
「ちょ……」
「いいでしょう! 私はソルさんの監督者としてきちんと役目を果たさなければなりませんね!」
「いや、お前は勇者検定に失格しただろ……」
「おぉん? ソルさんが他所にいってもいいんですかねぇ?」
「いや、なんでもないです……」
そこで引くなよギルマスゥ! このギルドの最高権力者である威厳もクソも無い、ただの落ちこぼれの言いなりになっているおっさんがいるだけだった。つーかジャンヌは俺を利用しているわけでそれにサラッと言いなりになるのはギルマスとしてどうなんだよ?
「じゃあお前らには村の警備を……」
「は? 勇者たる私たちがこんなちんけな村の警備する意味あります? 私たちは悪を討ち滅ぼすという使命があるんですけど?」
「そ、そうか……他所でもウチの出身であることをアピールしてくれよ?」
「任せてくださいよ! なんならこの村を町どころか都にする勢いでアピールしますよ!」
なおここまで俺の意見は一切反映されていない、いい加減にしろよ……
「ならばいいだろう! 我がギルドに恥じない働きをするように!」
「ドンと来いです!」
なんだろう、俺の無関係なところで話が進んでいる。ドヤ顔で契約をしているジャンヌを見るに『だったらお前が魔王くらい倒せよ!』という言葉が喉の奥まで出かかっている。何で俺がそんなことをしないといけないんだよ! 俺はのんびり暮らしたいだけなんだよ! そんな英雄的なものに興味は無い! そこのところ分かってくれよ!
「何で俺が勇者確定みたいなノリで話が進んでいるんですかね……」
「だってお前さん強いだろう?」
「ソルさんアホみたいに強いじゃないですか!」
「勇者ってもっと人格とか勇気とか博愛とかそういう物も必要なんじゃないですか?」
ジャンヌもギルマスも『はぁ?』と言いたげな顔をしている。おかしいこと言ったはずはないんだけどな……
「強いやつが優秀なのは当然だろう? 勇者なんて魔物や魔族を倒すための兵器みたいなもんだぞ?」
「まさかソルさんは賢者が高潔な人格を持っていると思っているクチですか? 賢者っていうのは魔力が強い人を指す言葉ですよ? 勇者の仕事は戦うことなんだから強い方が良いに決まってるじゃないですか?」
は……? なんか俺の勇者感が崩れていくんだけど……勇者ってなんかこう勇敢に魔王と時には勝ち目のなさそうな戦いをするものじゃないの?
「おいおい、今時そんな子供を寝かしつけるような話を信じてるのか? 世の中力だぜ?」
なんだろう、異世界に来てまで資本家の権力を見せつけられるような単純なルールを見せられている、俺が望んだ異世界はこんなものだったのか? いや、そもそも望んでねえんだけどさ……
「というわけなのでソルさんは現実を受け入れてくださいね? あなたがどこからどうやって来たかは聞きませんけど、ここにはここのルールがあるんですから!」
俺は諦めてため息を一つついた。
「分かったよ、ここで登録はしておく、それで文句は無いんだな?」
「そうですよ! 強い人には強いなりの責任があるんです!」
「ジャンヌの言うとおりだ。強いやつは正義の心を持たなければ危険なだけだぞ」
この二人の背後には金だの名誉だのと言った邪念が大いに感じられるのだが、それを言ってもしょうがない。
「じゃあこの書面にサインしろ」
「はいはい……」
明らかに見た事の無い文字が書いてあるはずなのに『所属契約書』という意味である事を脳が理解した。神様の翻訳はすげーな……こんなところで必要なのかどうかはさておいてな……
こうして俺の異世界生活の始まりはギルドと強制契約で始まった。ここから先のことを考えると頭が痛くなるような気がした……
「『痛覚遮断』を習得しました」
「メンタルが強化されました」
俺はこういうスキルが欲しいのではなく、こうしたスキルが必要無い社会を望んでいるんだよなあ……
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