第3話「少女と勇者」
「『アンブッシュ』を取得しました」
ご丁寧に近づくために潜伏用のスキルを与えてくれる配慮のあるシステムによって安全に近づくことが出来た。
「『静音』スキルを取得しました」
はいはい、よほど神様は俺に死なれると困るらしい、徹底的なサポートだ。静音スキルが手に入ると全力で走ってもまったく音が立たない。これなら敵の近くにいるときに木の枝を踏んでも気取られる心配はなさそうだ。
どうせ危険は無いだろうし試しにその辺の木の枝を折ってみた。ピシと小さな音が立った。
「『静音』スキルが強化されました」
神様あざーっす。これもうどうやっても負けないんじゃないかな……
俺はもう面倒になったので茂みをへし折りながら進んでいった。
「『静音』スキルが強化されました」
「『静音』スキルが強化されました」
「『静音』スキルが強化されました」
どんどん周囲の音がかき消えていく。自動強化は強すぎませんかね……
「『不可視』スキルを取得しました」
おおっと、ついに光学面でも見えなくなってしまう。全身透明になっているが網膜が透明になっているはずなのにしっかり物が見えている点にツッコミを入れたくなった。姿が見えず音も立てないのなら俺はそこに存在しているのだろうか? まだ触覚くらいは残っている。これまで消えたら意識しないと存在できないゴーストのような存在になってしまう。
「『透過』スキルを取得しますか?」
「今は要らない」
マジで俺を無の存在にしたいようだ。感覚を全部奪われた状態で存在だけはしているとか新手の地獄みたいなところに招くような真似はやめて欲しい。
そんな脳内の神が作ったシステムと会話をしていると目的の地点にたどり着いた。
静音スキルのレベルが上がって人型の魔物に囲まれている少女が目に入った。あれは……ゴブリンというやつだろうか? オークやオーガの子供と言われても区別はつかない。俺は異世界情勢に詳しくないんだ。
「『鑑定』スキルを取得しました」
「対象はゴブリンです」
ご都合主義のスキルを取得して敵がゴブリンであることを確認する。とりあえず『不可視』スキルを解除してその場に現れた。ゴブリン達も突然現れた俺に驚いているようだが、助けに来た少女の方がよほど魔物より驚いていた。
「ええっ!? あなたは誰ですか!? いきなり出てきましたよね!? 転移魔法?」
「悪いけどその辺は後回しにしてくれるかな……」
「ごめんなさい! って危ない!」
俺の背後から小さな刃物を持ったゴブリンが襲いかかってきた。不思議なことにそれに対して一切のスキル取得も発動もなかったのだが瞬時にその理由が分かった。
ガキン
俺の背中に突き立てられそうになった刃物は一ミリたりとも刺さることはなく俺の表皮にはじかれていた。痛覚が遮断されているのかとも思ったがただ単に体力の強化で刃物が通らなくなっていただけだろう。
落ちた刃物を持つと粘土のようにぐにゃりと曲げることが出来た。刃物と言っても原始的な石器だったようだが、この世界の石は掴むと砕けずに曲がるのだろうか?
「は? あなたは一体?」
「ゴメン、その話はあとで」
周囲のゴブリンは十体ほどいたがまあ敵ではないだろう。襲いかかってきた初めの一匹を殴ると吹き飛ぶのかと思ったが、顔を殴ったら顔が綺麗さっぱり胴体と分離してぐちゃっと潰れた、少しグロいな。
「『モザイク』スキルを取得できます」
「要らない」
どうやら神様の配慮はメンタル面にまでおよんでいるようだ。とはいえ、俺もネットで釣りリンクを踏んでグロ画像を見せられた回数は多い。今さらゴブリンの死体程度で気になることはない。
何より力が強すぎてゴブリンの顔はグロい物と言うより全て潰れて、ただの赤い染みになっていた。体の一部だったはずが圧倒的な力で殴ったせいで液状化してしまった。さすがにこれには周囲のゴブリンもビビったらしくたじろいでいるが、そこはゴブリン、まともな知能などないらしくまとめて襲いかかってきた。
「『即死』が必要ですか?」
「要らん」
ゴブリン相手にそんなもん要らねーだろというクレームをあげたい。一撃で固形を維持できなくなるような相手にそんなオーバースペックな力を与えようとするのはやめて欲しい。俺は別に神になりたいわけではないのだ。
「ぐるああああああ『パシュ』」
「ギギギギ『プチ』」
唸りながら襲いかかってくる連中をプチプチ潰していった。その途中で一つの声が響いた。
「『倫理観』をレベルダウンさせました」
そっちはレベルダウンもあるのか……そこを下げると戦い続けるバーサーカーになるような気がするんだが本当にいいのか? 神様はよく考えて欲しいと思う。
しかしまあ実際倫理観が下がったせいで二桁の数がいたゴブリンを赤い染みに変えても心に響くところは一切無かった。あの神実は邪神ではないだろうか?
「『倫理観』を回復しました」
ああ、ちゃんとアフターケアもするわけね、まあ倫理観をあんまり下げると助けた少女が薄い本向けの展開になっちゃうし当然か。
「『清浄』スキルを取得しました」
その言葉が響くと俺の手についていた血が綺麗に薄れていき見えなくなった。血の付着していたところを鼻に近づけてみたが無臭だった。どうやらこの世界はとことん都合良く作られているらしい。
「あのー……お助け頂きありがとうございます」
忘れていた、少女を助けているんだったな。
「大丈夫だったかな?」
「は……はい! すっごくお強いんですね! もうだめかと思いましたよ……私はジャンヌと言います」
なんかやけに地球っぽい名前だけど……ここ異世界だよね?
「その少女の本名は『%$*&&&%%$@』です、自動翻訳でなじみの深い名前に変換しました」
サンキューゴッド。至れり尽くせりを通り越して徹底的なご都合主義になっている。
「あの……どうかされましたか?」
ジャンヌに話しかけられた。とりあえず少女を村まで運んでいかないとな。
「俺はこの先の村に用があってな、たまたま君が襲われているのを見かけた物だから助けたんだが、余計なお世話だったかな?」
「全然そんなことはないです! 私のピンチに駆けつけてくれてありがとうございます!」
深くは突っ込んだことを聞かないようだ。それでいい。俺は腹の内の探り合いは嫌いだからな。
「じゃあ村に……ああ、道に迷ってるんだった。案内してくれるかな?」
俺は自然に会話を誘導した。こんな馬鹿げた力を持ったやつが村の位置を知っていたら不安感を与えるだろう。ジャンヌに案内されたという体を取ればあくまでも客人だ。
「私の村に来てくれるんですか?」
「え? そうだけど、なんでそんなに期待のまなざしで見るの?」
「勇者様じゃないんですか?」
ドキリとした。勇者だと見抜かれた?
「『メンタル安定機能』を手に入れました」
ご都合主義のおかげで俺はその問いに慌てること無く答えることが出来た。
「俺は勇者……ではないな、いろいろあってこの辺に来たんだが村が森の中にあると聞いてな。そこにしばらく置いてもらえないかと思ってる」
「ものすごく強いじゃないですか! ゴブリンとはいえ消し飛ばすような事はなかなか出来ませんよ!」
「大したことができるわけではないよ。人より少し強いだけだ」
ジャンヌはしかし引き下がらない。
「あの……お名前を教えて頂けますか」
「ソルです、以後お見知りおきを」
「ソルさんですね! うーん……確かに私の勇者データベースには載っていないですね」
「何それ?」
「へ? ソルさんは勇者になりたいから私の村に来ているんじゃないんですか?」
どうも話がかみ合わない。
「ジャンヌの村って何かあるの? 来ると勇者になれる村だったりする?」
そんな村には行きたくないな……
「私の村は勇者になろうとする人がよく来ますよ? この辺は雑魚が多いので勇者活動を始めるには丁度いいみたいです」
「勇者活動って……そんな気軽な……」
「王様が望んでいるんだからしょうがないでしょう? それともソルさんは別の国から来たんですか? そういう人もいますけど……」
「いや、たまたまここに来ただけだ」
「珍しいですねえ……ただの観光客が来るのは久しぶりですよ」
どうやらこの村は勇者が多いらしい。そんな村に送りつけるあたり神の『魔王倒せよ』という圧力を感じずにはいられない。もう神が自分で倒せばいいじゃねえかよ……
生き返らせてもらった俺が言えた台詞ではないのかもしれないが、俺に頼る意味ある? と聞いてやりたいと思う。
自分で直接関われないと言っていたがどんだけ立場が悪いんだよ神様って……
「『私にもメンツがありますので直接は関われないんですよー』」
脳内に神が直接語りかけてきた、どうやら暇になったらしいが俺としては『メンツ』だけの問題で俺が転生させられたのかと思うとうんざりしてしまう。
「『おかげで生きていられるじゃないですか!』」
「『ミュート』を取得しました」
おっと、どうやら神に対してもこのシステムは有効らしい。迷うことなくミュートを発動させて小うるさい神様を黙らせる。
「ソルさん? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない、こちらの話だ」
「こちら……?」
ジャンヌは訝しんでいるが、俺としては神のことなど話したら頭のおかしいやつ認定を受けそうなので黙っておいた。
「それで、ソルさんは私の住んでいる村に来ますか?」
「案内してもらえると、とっても助かる」
「オーケー、ではついて来てください!」
どうやら人材には恵まれたようだ。無事初めての村にたどり着くことは出来るな。
俺は脳内でマップを表示してその上に魔物を全て表示する先ほど駆除したゴブリンが森の奥の方に固まってピクリとも動いていないところを見るに、勝てない相手に挑まない程度の知能はゴブリンにもあるらしい。そして魔物のいない安全な道を通ってしばらくするとジャンヌが自慢げに言った。
「ここが私たちの村、『ビギナーズタウン』です!」
もうちょっとまともな名前はなかったのか? ゲームを始めてすぐのチュートリアルに出てきそうな町だな……
「ここの村は正確には『*:%&#$@({)+』という名前です。そちらの方がお好みですか?」
「ビギナーズタウンでいい」
空気を読める脳内の声に俺は諦めを感じてようやく着いた人里に安心した。こういうのって始めから村スタートなんじゃないの? とか、不親切すぎだろ『星○みるひと』かよ! とか、まあ言いたいことはいろいろあるのだが、ひとまず宿に泊まりたかった。ようやく着いた初めての町での宿探しが始まるのだった。
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