第7話 氷中の宇宙樹

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 施設内のポスターで子供向けの教室があることを知り、通わせてくれるよう環は母親に頼んだ。

 母親の返事は芳しいものではなかった。バレエに専念させたいのに他の習い事などさせたくないし、何より、息子が明らかにバレエ以外のものに惹かれているのが感じ取れて不穏に思ったのだろう。だが結局、父親の言葉で環は教室に通えることになった。

 スケートで平衡感覚を鍛えること、また別の習い事をするのはバレエを深めるにも役立つだろう。何より子供にはできるだけ、やりたいことをやらせてやるのが親の務めだ。

 こうして環はスケート教室に通えることになり、そこで橋田コーチにスカウトされ今に至る。

 スケートに専念するとはいっても、バレエを辞める発想は環にはなかった。研究所に通う時間は減っても、密度は落とさないようにしようと子供心に環は思った。その前から自宅で使っていた自主練習用のレッスンバーは既に何度も代替わりし、今のものも手すりの部分は真っ黒だ。

 朝起きて十分、夜に二十分、自室に置いたレッスンバーでバレエの基本の五つのポジションを含めた基礎練習をする。いったんバーを握ると環の頭の中には暗黒が広がり、眼前の光景は意味を失い、音は死に絶える。

 バレエのポジションを媒介に、心と身体が無限の大宇宙に溶け出していく。

 十分や二十分の練習でもまるで何時間も続けたように疲れ切ってしまうのでそれ以上は自ら禁じているが、日常生活やスケートで緩んだ身体をバレエの基礎練習で引き締める。そして自主練習ではどうしても独りよがりになりがちなので、定期的にバレエ研究所に赴き狂いを正してもらう。

 高い集中力を持って練習に取り組んできたために、環は今でもバレエに専念する研究所生徒と比べても遜色のない技術を保っていた。

 数日おきに通うバレエレッスンは環にとって心身を思う存分解放できる慰藉の時間だった。その歓びがあったから冷たい氷の上での練習を続けられたといってもいい。

 いつしか出来上がっていたその感覚に、環は我ながら少しおかしくなることがある。母親やバレエ教師の反対を押し切って自分の意志で始めたスケートなのに、今でも精神の上ではバレエが主でスケートが従なのだ。だがそれでも、スケートの練習に手を抜いてきたわけではなかった。

 練習のために毎朝五時台に起きて母親に送られリンクに向かうという、スケートに打ち込む少年少女なら誰でもやっていることを環ももちろんしてきた。

 スケートを始めてからは、学校では授業外活動にはほとんど参加しなくなった。そうして練習に打ち込んだ甲斐あって、中学三年では全日本ジュニア二位にまでなった。

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