わたしがボクでボクがキミ

酸化酸素 @skryth

わたしがボクでボクがキミ

これは成就しなかった1つの恋の物語。


失恋なんて恥ずかしいから胸を張って言えるハズない恋物語。


ふたりの馴れ初めは今から10年前。



「今度会って、ご飯でも行こうよ?」


 顔も見たことが無い相手への興味から発した一言。だから正直相手は悩んでいた。でもそれまでに画面を通して色々と話して来た経緯があったから、悩んだ末にOKを貰えた。



 ふたりの出会いはインターネット。

 ボクは下手の横好きをの、しがないサラリーマン。


 でも下手の横好きを拗らせた結果、色々な趣味を持っていて様々な人達と話しが出来るし、盛り上げる事が出来ると思っていた。だからボクはコミュ力には自信があると言っても過言じゃないと思ってる。


 相手はインターネットでの会話を鵜呑みにすれば専門学校生らしい。だから2人が最初に出会ったのは専門家達が集まるサイトではなく、ただの暇潰しで始めたチャットルームだった。


 ボクはその部屋で人に披露する為だけに趣味の話しをしていく。だってそれは何人もの人達とリアルタイムで話せるチャットルームだから後腐れが無い。嫌なら【退出】を押すだけだ。



 だから、その日もいつもと同じ様にルームを訪れた人達と話しをして時間を潰していた。

 サラリーマンと言ってもボクは真面目に働くサラリーマンなんかじゃなくて、上司から怒られない程度に働くサラリーマンだ。拠ってとは違ってモチベなんか底辺中の底辺、下の下の下以下しか無い。



 そんな中、チャットルームで知り合った一人の異性がいた。話しは弾み楽しい時間を過ごした結果、少なからず興味が湧いていたのは事実だ。明くる日、また暇潰しにチャットルームに入ると先日楽しく話していたその異性と遭遇。


 そんな日々を過ごす内に、仕事なんかよりよっぽどモチベが上がるのは明白だった。でも仕事に対するモチベがそれをきっかけに上がるなんて事はない。あるワケがない。だから、ただ諾々と徒然つれづれなままに日々を過ごしていた。


 その異性と知り合ってから2ヶ月が過ぎた頃、もっと相手の事を知りたくなった。下心があったワケじゃなくて純粋に知りたくなった。だから会って話す口実を必死に探していた。


 その頃になると、二人はチャットルームの常連になっていた。だから、毎日の様に顔を出していたし、その甲斐もあっては増えていった。たまにオフ会の話しも上がったりしていたけど、そういった話しになるとその相手は全力でスルースキルを発揮していたのを良く覚えている。


 ボクは色々な口実を考え、様々なシュミレーションをして、「どうすれば会って話せるか?」を必死に考えていた。でも結局の所、最初の一歩を踏み出す勇気はなかったのだ。


 だから、口実をいくら探しても探しても見付からないから、思い切って会う為の口実を作る事にしたんだ。


「好きになってもいいですか?そうしたら、付き合ってくれますか?」


 それは今思えば一世一代のバクチだったかも知れない。相手の顔を見た事は無いし画面越しにある文字しか知らない。今みたいに便利なSNSなんかもない。写真も気軽に送れやしない。それこそどっかの誰かの歌みたいに「無ェ無ェ」ばっかりだ。

 だから職業も性別すらも嘘八百かも知れないのに。今になって冷静に考えれば、かなり危険だったかもしれない。その考えは間違いじゃないだろう。


「会った事もないのに?」


 分かっていた。当然、当たり前、勿論、Of course、もう言わなくもそんなの分かってるよって言いたいくらいに警戒されていた。


「それなら、今度会って、ご飯でも行こうよ?」


 進まないチャット。そのルームにいるのは自分と相手だけ。だからログは流れない。そんな貸切状態のルームでただひたすら返事が打たれるのを待っていた。それこそ、1秒が1時間はあったんじゃないかって思うくらい。


「そんなに言うなら、いいよ。」


 実際に会う事になったのは、1ヶ月後の日曜日。


 二人の住んでいる場所は思った以上に近くなかった事もあって、中間くらいにある比較的大きめの駅で待ち合わせをする事になった。


 お互いの連絡先メアドは既に交換してたからこまめに連絡を取りながら待つ事30分。


「あれ?近くに来ているよね?どうしたんだろ?」


「さっき連絡した時にはもう直ぐ着くって言ってたのに。」


 不安が胸を掻き立てていく。


「まさかのドタキャン?それとも、何か事故に巻き込まれたとか?」


 憶測が胸を掻き乱していく。そうこうしている内に、1つの影がボクの目の端に映り、安堵の息を漏らす事に成功した。



 結局の所、待ち合わせに遅れた理由は迷子。比較的大きめの駅にしたのがアダとなってしまったと言うオチだった。




 初めて画面越し以外で会ったその子は、「佐藤 栞」と名乗っていた。




 わたしは今まで異性と付き合った事がなくて、仲の良い友人に恋人が出来たと言う話しを聞く度に羨ましいと思っていた。


 でも、わたしは異性が苦手と言えば苦手な部類に入る。でも同性が好きとかそう言うワケじゃない。人と付き合う事に興味はあるしカップルを見ると羨ましいと思う反面、どうやって異性と距離を縮めればいいのか分からないと言うのが本心。だから、苦手だった。


 だから先ずは画面越しで異性とも話してみて、苦手意識を克服しようと思って始めたチャットだった。



 でも正直な所、こうやって面と向かって異性と向き合うとドギマギして言葉が続かない。顔が見えなければあんなにスラスラと話せていたのに。


 わたしは近くにあったベンチに座って「ちょっと話さない?」って提案したら、相手も同じ心境だったらしく、そのベンチは二人の貸し切りになった。



 初めてリアルで会ってから更に1ヶ月後。二人はチャットルームを卒業していた。何でかというと「誰とでもいいから話したい」から心境が変わったからだ。




「そろそろ返事を聞いてもいいかな?」


 ボクは内心焦っていた。告白したけど、返事が全然返って来なかったからだ。OKなのかNGなのかどうしようもなく不安だった。


 だから、思い切って聞いてみる事にしたんだ。それでも返事は暫く返って来なかった。


「こんな時までスルースキル出さなくても……。」


 返事が来たのは3日後の事。その内容は中途半端なOKだった。何故なら不安な事が多いから、正式な返事は会った時にしたいって言われたんだ。


 そして、次に会う段取りに取り掛かっていった。よくよく今になって考えればその頃は段取りを組むだけで胸が高鳴っていたのを覚えている。




 こうしてチャットルームで初めて会ってから、3ヶ月余りが経った頃、わたしに初めての恋人が出来た。


 最初は全てが新鮮だった。1人の時ですら見える景色がいつもとは違って見えた程だ。


「世界に光が満ちていく感覚とでも表現すれば伝わるかな?」


 世界はメチャクチャ色鮮やかで、たくさん希望に満ちていて、凄くキラキラしていた。


 普段の生活ですら新鮮過ぎて、一人でいる時も周りに友達がいる時も顔が自然と綻んでしまう感覚。


 あぁ、これが幸せってヤツなんだ。それは今まで味わった事がない幸福感。そして、ぼっちに対する優越感。


 反面、連絡がなかなか返って来ない時の喪失感。それはもうこの世の終わりじゃないかって思える程の絶望感。


 近距離恋愛じゃないから中々会う機会が作れず、不安で不安でしょうがない日でもメールが来るだけで顔が綻び幸せな気分になれる。


 あぁ恋人がいるだけで、何気無い日常が凄い幸せな気分になれる。


「自分だけこんなに幸せでいいんだろうか?」


 そんな周りに対する申し訳なさ優越感に浸りながら、次に会える日を今か今かと待ち侘びていた。




 ボクはただ徒らに生きていく。仕事に対するモチベなんて、恋人が出来ようと何も変わらない。中には恋人が出来た事で、ルンルン気分を職場に持ち込むヤツもいるけれど、仕事とプライベートは完全に別物。


 恋人が出来たからといって仕事が捗るワケでもないし、仕事はサラリーを貰う為だけにしている、言わば苦行だ。だから仕事は苦痛だけど、苦痛でも生きていく為だけに仕方無くやっているだけの作業に過ぎない。


 でもま、恋人から連絡が来れば、時間が許す限り最優先で返事はしている。


 元々仕事に対するモチベなんて全く無いからサラリーマンと言う名の暇人ニートみたいなモン。上司にさえ見付からなければ、指示された内容だけをこなしていれば問題は無い……ただそれだけの仕事。


 だから仕事なんかよりは、よっぽど恋人の方が優先順位は高かったんだ。


 こんな日常を過ごしていた。




 近距離恋愛でない恋愛のさが、会えるのは月に1度、多くて2度。


 それでも会う約束をした前日は胸が張り裂けそうなくらいドキドキした。

 会って話しをして、美味しいご飯を食べて、どこかで遊んで、お別れサヨナラして、胸が張り裂けるばかりに切なくなって……を繰り返していった。

 だからその内、二人は離れている時間を、一人寂しく過ごした時間を強くお互いを求める様になっていく。


少しでも長く、

もっと長く、

時が永遠に止まって感じられるくらい長く、


会っていたい。

話していたい。

繋がっていたい。


 そして、満たされれば満たされる程に、それ以上に満ちる事を望む様になっていった。


 この頃から二人の間には溝が生まれて来ている事にも気付かずに。



 お互いがお互いの事を想っていてもどこかすれ違う。お互いがお互いに良かれと思ってやっていた事がすれ違う。でも、お互いがお互いの事を好きでいるから目を瞑る。


 少しずつ、歯車がズレていく。


 好きなのに、好きなのに、好きなのに、

 いや、分かってる、分かってる、分かってるけど、


 お互いが向いている方向は同じなのに、少しのズレを起因としてその角度は月日が流れば流れる程に開いていく。平行じゃなくなっていく。



 そんなズレを抱えながらも、2人は同じ時を重ね、思い出を積み重ね、愛を積み上げていった。


 自分達の上に積み上げた物が高くなればなる程に、不安と不満も一緒に高く積み上げながら。



 ズレが大きくなる度にそれをリセットする様なケンカが幾度となく起きた。


 ただの口ゲンカで終わるならまだ良かったけど、その日は取り返しの付かない所までケンカが発展し結局そのまま別れ話へと帰着してしまった。



 そして、2人はまた1人ぼっちになる。


「片方学生」の恋人関係から、「両方社会人」の他人関係になっていた。

 やる気の有る無しを問わずに仕事をしていく中で、ふとした瞬間に恋人だった相手を思い出した。そして思い悩み、躊躇い、後悔した。

 最終的にはその時の精神状態が連絡を入れる事になった。



「今日、似ている人を見掛けたよ。」


 住んでいる地域は決して近くないから、他人の空似と言うのは当たり前なんだけど、それでも送りたくなっていた。


「嫌いになって別れたワケじゃないから、まだ好きでいてもいいですか?」


 お互いがお互いに想っているからこそ、お互いがお互いにきっかけを欲していた。だからそのきっかけに拠ってヨリが戻っていった。


「今度こそは間違えたりしない!!」


 そんな新たな決意と共に。


 2人とも社会人になった事で、自由になるお金は以前より遥かに増えていた。


 だから学生の頃に出してもらっていた分、社会人になったから自分が出すと言い始めた事によって険悪になったりもする。だからケンカにならない様に2人で話し合ってルールを決めていくが、時間の経過と共にそれもまた薄れていく。



「ねぇ、栞、結婚しないか?」


 その一言もまた、だった。


「今はまだ、考えられない。」


 その一言もまた、だった。



 お互いがお互いを好きなのに、それまですれ違いを積み重ねた分だけと考えてしまう。だから怖くて足を踏み出せなくなった。


 そうしてまた、時間だけが浪費されていく。



出会ったばかりの頃はあんなに世界が輝いていたのに。

出会ったばかりの頃はあんなに幸せだったのに。

出会ったばかりの頃は普段の景色すら色鮮やかだったのに。


2人でずっと一緒にいようって言ってたのに。

2人で絶対に一緒に行こうって決めてたのに。

2人で幸せな思い出をたくさん作ろうって言ってたのに。



 いつしか、お互いがお互いの事を考えて行動しているつもりが、お互いがお互いの事を考えていなくなっていた。

 だから自分の事で一杯一杯になった挙句に、相手の事を想っているフリを相手に押し付けていたのかもしれない。



 結果、相手の事を好きな事に変わりはなくても、自分本位になった事で相手の事を想える行動を取れなくなって2人は別れる道を選んでいく。



 そう。初めて会ったあの日から、気付けば10年の月日が流れていた。


もう、元には戻れないかも知れない。

もう、元のサヤには収まらないかもしれない。

もう、ヨリは戻らないかも知れない。


 でも、どこかでまた偶然出会えた時に、もしも笑いあえたとしたら、やっぱり2人は会うべくして会った運命だったと思えるかもしれない。


 その時、お互いの隣に笑いあっている人がいなかったとしたら、もう一度伝えたい。


「これからも好きでいてもいいですか?」


 その言葉を今度は、栞に伝えたいと考えている。

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