【二】新たな命


「結婚おめでとう。そして新たな命に乾杯」


 マキの祝福の言葉を聞きながら、ハンバーグを一口食べる。

 結婚披露宴の映像を翼と観ながらの夕飯だ。


 披露宴での映像ではまだお腹の膨らみは目立たないが、今はもうぽっこりだ。お腹にいる赤ちゃんも早く外へ出たいと意思表示をしているのだろう。そろそろ予定日だ。

 お腹を触って、赤ちゃんのことを想像するだけで目尻と頬がとろけていく。

 あれ、今。声がしたような。お腹からだろうか。まさか、それはないか。


 あっ、蹴った。


「もしかしてお母さんと話したいの」


 ヒカリはお腹の中の子に向かって話しかけた。


「ヒカリ、俺も話したいよ」


 翼がぽっこり膨らんだお腹に耳を当てた。

 幸せだ。翼とこうしていられるだけで笑顔になれる。まさか翼と夫婦になるなんてあのときは思わなかった。翼とともに、訳もわからず御弥山でいたときのことを思い出す。


 御弥山になんでいたのかはいまだによく思い出せない。もう思い出さなくてもいいかとも思いはじめている。翼と一緒に暮らせるだけで充分だ。違う、もうひとりいた。もうじき産まれる赤ちゃんと三人。赤ちゃんは女の子だとわかっている。

 名前どうしよう。


 なぜか頭の中に『トヨ』との古臭い名前が浮かんできてしまう。トヨはない。じゃ、どうしよう。早く決めないといけない。


「ツバサ、名前何がいいと思う」

「いろいろと考えてはいるんだけどな」

「トヨなんてダメだよね」

「えっ、嘘。俺も、その名前浮かんでいたんだけど。どうも違う気がして言い出せなかったんだよな」

「そうなの。ツバサまでトヨの名前が浮かんでいたなんて、おかしい」

「ほんと、変だよな」

「変、変。やっぱり、トヨはないよね。それじゃどうしよう」 


 まさか翼も『トヨ』の名前を思いついていたなんて。これって何か意味があるのかも。何を考えているの。馬鹿、馬鹿。考え過ぎ。


「なぁ、ヒマリってどうだ」

「えっ、ヒマリ。いいね、それ」


 翼がメモ紙に『陽葵ひまり』と書いた。

 いい、凄くいい。

 赤ちゃんの名前は『陽葵』に決定だ。


 いい名前を思いついてくれた。そう思ったのだが翼は変な話をしてきた。頭の中にデカい猫が現れて『陽葵にしろ』って叫んだという。本当に変なこと言う。

 デカい猫だなんて。

 なんだろう。ありえないとわかっていても、どこかで何かが引っかかる。



***



 陽葵が産まれた。

 元気な産声うぶごえをあげる陽葵になんだかホッとする。


「はじめまして、お父さんですよ」


 翼は笑顔で挨拶をしている。


「あれ」

「どうかしたツバサ」

「いや、たいしたことじゃないんだけどさ。ヒマリの手首に星のようなあざがあってさ」


 星の痣。

 なんだろう。何か気になる。どこかで見たような……。

 翼も気になっているようだ。妙な引っ掛かりを感じる。


「ねぇ、私にも見せて。その痣」


 本当だ。星のような形の痣がある。

 これって。気のせいだろうか。やっぱり、どこかで見たような。ヒカリは首を捻り、陽葵の痣をじっとみつめた。

 どこで見たのだろう。


 気になる。


 陽葵の手首の痣に手を伸ばし、そっと触れる。

 ドクンと心臓が揺れ、頭の中に見覚えのない映像が一瞬流れて消えた。


「あ、あああ」


 どうしちゃったの。ぼやける。景色がぼやけてしまう。もしかして、泣いている。なぜ、なぜなの。

 涙が、涙が。

 拭っても、拭ってもどめどなく涙が溢れ出す。


「どうしたヒカリ」

「なんだか急に涙が出てきちゃって。どうしちゃったんだろう、私」

「あああ、うう。ああうぅ」

「ほら、ヒマリが心配しているぞ。なぁ、ヒマリ」


 翼がそう口にした時、翼の指を陽葵が握った。そのとたん翼の目からも涙が溢れ出した。


「もう、ツバサだって泣いているじゃない」

「あれ、変だな。悲しいわけじゃないのにな」



***



「よかった、よかった」

「ナゴも粋なことするよな」

「えへへ。おいらを見直したか。ムジン」

「まあな。けど、いいのか。こんなことして」

「さあな。おとがめがあるなら、甘んじて受けるさ」

「そうか、なら何も言わない」

「それにしても、あの二人の顔。いい顔してる。あのときのツバサとヒカリは可哀想だったからな。親子はやっぱり一緒が一番だ」

「けどよ、記憶は戻っていないんだよな」

「ああ、戻っていないはずだ。あの子はトヨの分身みたいなものだからな。どこかでトヨの存在を感じ取っているんだろうな」

「そうか、そうだよな」


 本当によかった。


「ツバサ、ヒカリ。幸せになれよ」

「ナゴ、そろそろ帰るぞ」

「おう」


 あっ、まずい。ヒカリと目が合った。急げ。ムジンに目で合図してスッと建物の陰に身を隠す。


「あれ、今、あそこにでっかい猫と狸が」

「えっ、どこどこ。いないぞ、ヒカリ」

「おかしいな。見間違いかなぁ。そんなでっかい猫と狸がいるわけないもんね。着ぐるみかな。それもおかしいか」

「もしかして、俺の頭の中に浮かんだデカい猫だったりして」

「そんなまさか。きっと、私の見間違いね」


 ナゴはホッと胸を撫で下ろして、御弥山への帰路についた。

 それにしても不思議なことがあるものだ。ヒカリの力はもうないはずなのに、なぜ自分の姿が見えたのだろう。まあ、そんなことはいいか。もう二度と会うことはないだろうし。


『バイバイ、ツバサ、ヒカリ。ヒマリと一緒に幸せに暮らせよ』



*****完*****


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神獣の叫びがとどくとき 景綱 @kagetuna525

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