終章

【一】別れ。そして……


 ヒカリと翼に子供が産まれた。女の子だった。

 名前は台与とよ

 正直、古臭い名前で違う名前にしたかった。コセン、ムジン、ナゴはもちろん、神々や仏様に説得されてやむなく頷いた。


「この子はこの国を豊にさせる力のある子だ。翼とヒカリの子だからな。まさに神仏融合の象徴のような子だ」

「ナゴ。なに、それ」

「あっ、なんだ変なこと言ったか」

「言った。神仏融合の象徴ってなによ。それ変だよ」

「そうか。ヒカリが言うならそうなのか。なんかカッコイイと思ったんだけど」

「ナゴ、どうせ言いたかっただけだろう」

「うるさい、コセン」

「どうやら図星のようだ」

「ムジンもうるさいぞ」


 翼が突然笑い出し、つられて笑ってしまう。気づけば、いつの間にか全員笑っていた。

 ヒカリは笑いながらも目頭が熱くなるのを感じた。ダメだ。台与の顔を見てしまうと、どうしても涙が溢れてきてしまう。翼もいつの間にか涙目になっている。


「トヨ、可愛い我が子。ダメ、私」


 台与を抱きしめて頬擦りをする。


「ツバサ、ヒカリ泣くな。もう納得したんだろう。しかたがないことだ。な、そろそろお別れしなきゃ。いままでありがとうな」

「ナゴ、私なんだか寂しい。やっぱり台与と別れたくない。ここにいたい」

「俺もだ」

「おいらだってそうしてやりたい。けど御神託があっただろう。わかってくれ」

「わからない。私の大切な子と一緒にいちゃダメなんて、わからない」


 コセン、ムジン、ナゴのしょんぼりした顔が並んでいる。

 ヒカリはコセンの尻尾のベッドへスヤスヤ眠る台与を下ろして涙を拭った。翼は隣に寄り添い「トヨ」と囁き頬を濡らしている。


「ヒカリ、その子は二人の子であると同時に神と仏の子でもあるのだ。理解できないとは思うが一緒に連れ帰ることはできないのだ」

「コセン、なんで」

「だから話しただろう。その子には神と仏の力が宿っている。おまえらの人の世に連れ帰るとこの子は必ず苦しむ。人の醜い心がこの子には見えてしまう。もちろん、優しい心の持ち主もいるだろう。だが、ほんの一部の人のイヤな感情が流れ込んでしまったとき、この子の心は崩壊してしまうかもしれない。この世界なら我らがその力を制御することができる。心穏やかに過ごすことができるのだ。わかってくれ」


 わかっている。理解している。いや、理解できない。みんな、台与の力が必要なだけでしょ。そうなんでしょ。そう叫びたい。

 ああ、もう。

 ナゴ、そんな目をしないで。わかっている。

 ただ一緒にいたいだけなの。だって、この子の母親なのよ。


「なあ、それならここに俺たちが残るのはなんでダメなんだよ」

「何度も言わせるな、ツバサ。いちゃダメなんじゃない。いられないんだ」

「どうして」

「まったくヒカリまで。ツバサとヒカリの力はすべてこの子、トヨが受け継いだ。つまり、今の二人には何の力もない。普通の人だ。異世界から来た者は力を失った時点で元の世界に戻らなくてはいけない。そう話したではないか。御神託があったではないか」

「『役目を終えた異世界から来た力なき者がこの世界に残ろうとすると死す』ってやつだろう」

「そうだ。だから一刻も早く元の世界に帰らねばならない。ここにいてもどのみちトヨとは一緒に過ごせぬ」


 わかっている。ヒカリは翼をチラッと見遣り息を吐く。

 御神託では『元の世界に帰った時点でこの世界のことをすべて忘れる』とも話していた。そんなの嫌だ。台与のこと忘れてしまうなんて。


「あああ、うう。ああうぅ」


 台与がじっとこっちをみつめて手を伸ばしてきた。必死に何かを伝えようとしている。ヒカリにはそう思えてならなかった。


「トヨ、なーに」


 ヒカリは台与の手を握り再び抱きしめる。手首あたりに小さな星型のあざが見える。この痣が自分の子だと証明してくれている。自分にも翼にも場所は違えども痣がある。不思議なものだ。


「うぅあ、あああ」


 翼のほうにも手を伸ばして話しかけている。何を話そうとしているのかはわからないけど翼は伸ばした手をそっと握り優しい眼差しで「トヨ」と呼んでいた。


「二人とも、すまないがそろそろ時間だ。今行かないと命を奪われてしまう。さあ、トヨをこちらに」


 ヒカリは台与をコセンに引き渡す。


「トヨ」


 涙で台与の姿がぼやけてしまう。


「ほら早く、行くのだ」


 皆に手を振り元の世界の扉へと足を向ける。後ろ髪を引かれつつ歩みを進め元の世界へ続く扉を潜る。台与のキャッキャキャッキャという笑い声に胸がつまり思わず振り返ってしまった。


 あれ、ここは。えっと、森。あたりを見回すと、遠くに小さく見える街並みがあった。

 もしかして御弥山。いったいここで何をしていたのだろう。えっと。誰かの姿が一瞬浮かびそうになってすぐに消えてしまった。

 訳がわからない。

 隣になぜか翼がいる。


「ツバサがなんでここにいるの」

「えっ、あれ。俺は、何をしていたんだっけ」


 翼と手を繋いでいることに気がつき、ヒカリは手をすぐに放した。顔が熱い。もしかして翼とデートでもしていたのだろうか。御弥山で。ありえない。


 あれ……。

 ヒカリは頬に手を触れて首を傾げた。頬が濡れている。泣いていたのだろうか。なんで。

 まさか翼にフラれたとか。あれ、翼も泣いていたみたい。何がどうなっているのだろう。


「なあ、ヒカリ。なんだかよくわからないんだけどさ。俺、記憶喪失になっちまったみたい」

「えっ、私も」

「ヒカリもか」


 なにこれ、やっぱり変だ。


「ツバサ、あのさ。とりあえず私の家に行こうか」



***



 ヒカリの家に着き余計に頭がこんがらがってしまった。

 両親の話は正直信じられないものばかりだった。

 六年も行方不明になっていたなんて。翼は一年行方不明だったらしい。いったいどういうこと。ちょっと待って、それなら自分は十九歳なの。翼は二十二歳か。

 そんなことってある。


 ヒカリは急いで洗面所の鏡の前に行き、自分の顔をまじまじとみつめた。確かに十三歳の顔ではない。背も伸びている気がする。そういえば翼だって大人っぽくなっている。

 あっ、そうだ。御弥山に登った。確かにそんな記憶がある。それが六年も前のことなのだろうか。

 なんだか変だ。登ったあとどうしたかはまったく思い出せない。翼も同じだった。


「ヒカリ、あのさ。なんとなくなんだけど。この手にぬくもりを感じるんだよな」

「ぬくもり?」


 ヒカリは自分の手をみつめた。そう言われると自分もぬくもりを感じるように思えてきた。誰かのぬくもり。それが誰なのかはわからないけど、自然と笑みが浮かんできた。


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