【八】三神獣コセン・ムジン・ナゴ
「人の子よ。目を覚ましたか」
ここは、どこ。まさか、あの世。
そうだマキは。
ヒカリは飛び起きて、あたりに目を向けた。
「マキ」
いないか。
マキ、大丈夫だろうか。一人で帰れたかな。着き合わせちゃってごめん。一人にさせちゃってごめん。
後悔したって遅い。
ここはきっとあの世だ。大きく息を吐き、寝転がる。あの世なら、ジタバタしても仕方がない。それならのんびりしよう。
なんだかあったかい。気持ちよくて落ち着く。まさに天国。
ふかふか、もふもふ。夢心地。
「人の子よ」
えっ、何。誰、誰なの。
ヒカリは真上からの声に首を捻る。
えっと、これは夢。違うか。神様の声か。
吊り橋から落ちていくときのことが蘇りブルッと身体を震わせた。そうだ、自分は龍に食べられて。
まさか、ここは龍の腹の中。龍の声だというの。違う、違う。
自分の身体を隈なく見遣る。
触れる。お化けってこはなさそう。
んっ、幽霊は自分の身体を触れるのか。わからない。そもそもここはどこなの。あの世じゃないの。夢でもないの。ふかふか、もふもふ草原とか。
そんなところないか。
やっぱり自分は死んだのだろう。全部夢だったとは思えない。ヒカリは首を捻り、再び周囲を見回した。
見覚えのない景色。
夢でした。なんてオチだったら、喜んじゃうんだけど。それはない。きっと。
ただ、上に見えるものはどう説明すればいい。
あの世の住人なのか。龍の腹の中ではないってことか。
ゆっくりと視線を上へと向けていく。
やっぱり、いる。幻でもなんでもない。
見上げるほどに大きな真っ白い狐がそこにいる。目を擦って見直してもやっぱりいる。そう思った瞬間、ヒカリは自分がいる触り心地がいいもふもふしたものへと目を移す。ふかふかの絨毯ではない。草でもない。
狐の尻尾だ。
どうしよう、どうしよう。狐の尻尾で自分は寝ていた。怒っているのだろうか。謝らなきゃ。
「あの、その。ごめんなさい」
何をされるのかわからない。細い釣り上がった目にじっとみつめられている。睨まれているの、これって。
「驚くのも無理はない。ここは神獣の住まうところ」
この声はさっき聞こえた声だ。待って、その前に変なこと口にした。
神獣の住まうところ。なにそれ。ここが。御弥山なのか。
違う、そんなはずはない。景色が全然違う。
ヒカリは頭の中を整理しようとした。よくからない。もう一度、狐を見上げて苦笑いを浮かべた。
この狐は神獣ってことなのだろうか。
んっ、神獣。神様ってことか。
ヒカリは尻尾にくるまっていることに
「うっ」
ヒカリは顔を
「すまぬ。我が傷を負わせてしまった。呼び寄せるのに鮮血が必要だったのでな」
どういうこと。わけがわからない。痛いってことは死んでいないってこと。
ちょっと待って。今、謝った。自分が謝るべきじゃなかったの。この巨大な狐は怒っていないの。
「ふん、我は怒ってはおらぬ。安心しろ」
そうなのか。よかった。あれ、本当によかったの。この状況は自分にとっていいことなの。
「すぐに理解しろとは言わぬ。しばらくここにいろ。おまえはこの国に必要な存在なのだ。この国の巫女であり
巫女? 長?
「わ、私が……」
ああ、もう頭がパニック。
「そうだ。ちなみに我はコセン。おまえの名はなんといったか……」
「私の名前?」
白狐はゆっくりと頷いた。
「私は、星那ヒカリです」
「うむ、星……ヒカリ……」
白狐はそう呟き天を見上げた。何を考えているのだろう。
「よし決めたぞ。ここでは星ではなくあの太陽となれ。陽の光となれ。今日からおまえは皆に陽の光を注ぐ者になれ。
「えっ、何それ。ヒナタとヒムカ。同じ漢字。わけがわからない」
「まあ、細かいことは気にするな。おまえの名前をと思っていたんだが、どうしたものか」
名前ってどういうこと。自分には星那ヒカリという名前があるのに。
それよりもここはどこ。こんな大きな白狐がいるってことはどう考えても異世界としか思えない。もしかして神隠しにあった人はみんなここに来たのだろうか。
ちょっと待って。それってもう元の場所に戻れないってこと。
現実的じゃないか。どこかの森に迷い込んでしったんだ。異世界なんてない。
あっ、確か。誰か別の世界にどうのこうのって話していた。
ヒカリは頭を振り、考えを否定した。
「うむ、やっぱり
まだそんなこと言っているの。
なんで、名前を変えなきゃいけないの。けど『陽与』って可愛らしくていいか。
「おっ、その娘がそうなのか。この国を救う者なのか。俺様はムジンだよろしく頼む」
えっ、救う。
ヒカリは振り返ったとたん巨大な壁が迫って来て思わず後退りして尻餅をつく。白狐の尻尾に
「大丈夫か」
「ええ、だい、じょう、ぶ」
見上げて顔が
壁じゃない。た、狸だ。巨大狸だ。古墳で見かけたあのときの狸だ。
「ほほう、なかなか素質がありそうだな。ヨウが手柄をあげたってこったな。おいらはナゴだ」
えええっ、な、なに。今度は巨大猫が来た。
「こら、おまえら脅かすな」
「んっ、脅かすつもりなどないぞ」
「そうそう、おいらはキュートな猫。脅かすなんて、ない、ない」
「どこがだ。化け猫の間違いだろう」
「うるさい、おまえこそ化け狸じゃないか」
「まあまあ、
「うるさい。化け狐」
「な、なに。化け狐とはなんだ」
「なら、ボケ狐か。すでにいた者の名前にしようとしていたボケ狐が妥当だな」
「な、なにを。ボケてなどいない。読みが違っただろうが。名前も変えたではないか。ああ、まったく嫌味な猫だ。おまえなどこうしてやる」
ペシッ。
「いてぇ。やったな」
ペシペシペシッ。
「ついでに狸も」
ペシッ。
「やりやがったな」
巨大な三獣が腕を取り合った。今にも取っ組み合いの喧嘩をはじめそうだ。
うわわっ、はじまった。
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