【七】眩しさと落下の中で
なんで、どうして。頭上に吊り橋があるんだろう。
手を伸ばしても届くことはない。
すぅーっと嫌な感覚に血の気が引いていく。
響き渡るマキの叫び声と呆然とする青白い顔が、現実を突きつけてくる。
『マキ。私……』
もしかして死ぬの。もしかしなくても、死ぬのか。
嫌だ、死にたくない。ヒカリはもう一度、離れゆく吊り橋へグッと手を伸ばす。どう
あっ、花が。
手にしていた光る花がハンカチとともに空へ舞い上がった。
キラキラと光る花が風に流されていく。花の根が空中を歩いているように前後に動いている。まるで元の場所へと返ろうとしているみたい。
そんなことありえない。花は動かない。
でも、でも、でも。
あの花だったら、動くことができるのかも。不思議な花だから。
届かないとわかっていても、気づくと花へと手を伸ばしていた。
「待って、お花さん。私も一緒に連れて行って。お願いだから」
花はどんどん離れて行ってしまう。願っても声は届かない。当たり前か。
連れて行ってくれるはずがない。花には重過ぎる。運べるわけがない。
違う。馬鹿、馬鹿。そうじゃないでしょ。
わかっている。このまま川へと落ちて、すべてが終わる。
バンジージャンプのように命綱はない。
なんだか不思議な感覚。身体の中を冷たい風が通り抜けていく。怖いはずなのに心地いいとさえ思えてしまう。
頭が正常ではなくなっているのかもしれない。
本当に自分は馬鹿だ。もっと慎重に行動していれば違ったのに。
取り返しのつかない過ちを犯してしまった。
『マキ、ごめん』
終わってしまう。
嫌だ。死ぬなんて嫌だ。誰でもいいから冗談だと言って。まだ十三歳なのに。
そうだ、これは夢だ。そうでしょ。きっと、自分の部屋で寝ているはず。
んっ、何かが変。何が変なんだろう。本当に夢なのだろうか。こんなリアルな夢ってあるだろうか。
眩しい。
何、今度は何。
花だ。花が輝きを増している。
あっ、消えた。
違う。感じる。身体の中に花を感じる。ヒカリは胸に手を当ててフッと息を吐く。温かい。ぬくもりを感じる。優しさが身体を包み込んでいる。
いったいこの感覚はなに。不思議。身体が少しだけ軽くなったような。もしかして浮き上がっている。
誰だろう。誰か来る。気配を感じる。誰でもいい。助けて。
眩しい。眩し過ぎる。また何かが光り出した。
ヒカリは手を
ドクンと心臓が跳ね上がった。
あれって、龍。
『
そう、それだ。あれ、なんでそんなこと知っているのだろう。頭の中に突然浮かんできた。違う。誰かが教えてくれたんだ。
誰。どこにいるの。
あっ、四神が円の中に。あれはなんだろう。どこかで見たことがある。博物館だったろうか。教科書だろうか。
『
そうなのか。あれが鏡なのか。
ちょっと、さっきから誰なの。誰かいるなら出て来て。
いるんでしょ。頭の中に入り込まないで。
うわっ。落ちる。落ちて行く。
そうだった。忘れていた。橋から落ちたんだった。やっぱり死ぬのか。
待って。おかしい。もうとっくに川に落ちているはずなのに。
『おまえは死なない。ただ別の世界へ行くだけだ』
別の世界。そんなことってある。
そうか、これが神隠しなのか。
『光る花が別の世界に導く鍵なのだ』
鍵。あの花が。そうなんだ。ということは。
『私、違う世界に行っちゃうってこと。どうしよう。嫌だ。嫌だ』
あっ、狐だ。向こうには狸が。猫もいる。
あの三匹って確か、あのときの。やっぱりあの三匹は普通の狐と狸と猫じゃなかったってことなのか。
そんなことよりも本当に死なないのだろうか。異世界に行ってしまうのだろうか。だって落ちているじゃない。
耳の中が風の音で溢れている。うるさくてしかたがない。それに髪が、スカートが。
嫌だ、下着が丸見えじゃない。ああもう、直したくても直せない。
ああ、もうどうにでもなれ。誰も見ていないことを祈ろう。違う、違う。そんな場合じゃない。このままじゃ川に落ちて終わりだ。死なないなんて嘘だ。
頭が狂いそう。何がなんだか、わけがわからない。
「ああああああああああ」
今更、ジタバタしたって遅い。わかっていても、そうせずにはいられない。
死んじゃう、死んじゃう、死んでしまう。
うっ、痛い。
なんなの。
糸。真っ赤な糸だ。空へと赤い筋が昇って行く。
手を伸ばしてみたが届かない。あれは何。
赤い糸を目で辿ると、自分の足から空へと伸びていた。
もしかして、糸じゃない。足に触れた手が真っ赤に染まった。
血だ。これ、血だ。
やっぱり、あの世行きなんだ。違うの。誰か答えて。さっきまで答えてくれたじゃない。
『少しは黙れ。おまえは死なぬ。おまえの流した血は死なぬための代償だ。生きるための血だ。気にするな。ただ行き先は望まぬ地かもしれぬがな』
なんなの、それ。
えっ、今度は何。
空がグルグル回っている。空に流れゆく鮮血が花へと変化していく。花から龍が飛び出して、花びらが燃え盛る鳥となり、真っ白な虎となり、大きな実へと変化していく。
いや違う。
あれは実じゃなくて尻尾が蛇の大きな亀だ。なんなの、これ。いったい何を見せられているの。
巨大な万華鏡の中に入り込んでしまったみたい。
確か、四神だって。
気づけば雲一つない青空が天を支配していた。綺麗なはずなのに、そう思えない。青空が押し寄せて来るようで震えが止まらない。
おかしなことばかり。空は明るいのに星が瞬いている。眩し過ぎる太陽があるのに、星も見えるだなんてことありえるの。雨まで降ってきた。
おかしい、おかしい。おかし過ぎ。
どうなっているの。雨が、下から突き上げてくる。空へ空へと上っていく。時が戻っているのかも。
違う。時は戻ってなんかない。それならなぜ雨は昇っていくの。
うわっ、物凄い重力を感じる。身体が下へと引っ張られていく。
「わぁぁーーーーー。嫌だ。やめて」
死にたくない。あの橋の上へ戻して、お願いだから。
ほ、星が動いた。星じゃないの。じっとみつめて、ハッとした。
あれは目だ。
一、二、三、四……。いくつあるの。人なの、獣なの。まさか神様の目。
なぜ、こんなことが起きるの。自分が何かしたっていうの。
来ないで、やめて。嫌だ、来るな。
龍が大口を開けて接近してくる。食べられる。
やっぱり死ぬの。
龍の圧とともに葉っぱが渦を巻いて押し寄せて来た。何よ、これ。
痛い、痛い。ああ、もうダメ。
「いやぁーーーーー。助けてーーー、ツバサーーーーー」
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