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ルールとしては暴力は間違いです。
が、いざその時が来たなら、「男」は誰かを殴る勇気を持たなければなりません。
決して正しい事ではないのですが、「大切な存在」と「正しい自分」、その二つを天秤にかけてみましょう。
更に、「助ける或いは支える対象がそれを望まずに自分から離れてしまう」のと「明らかに大切な人が傷ついていてるのに泣き寝入りしなければならないみたいな状況」も比べてみましょう。
自分も罰を受ける勇気があれば、決して正当化する事はできないものの、暴力が「シンプルな間違い」とはならないはずです。
良くない事をしたならば、キッチリと誰かに叱って貰えば良いのです。
ああ、僕の持論ですのでお気になさらずに。
作者からの返信
Y.Tさん、コメントありがとうございます!
面白い視点での分析だと思います。
「暴力がダメ」と単純に考えるのではなく、
正当化することはできなくても、選択肢としては存在する
というように受け取りました。
>僕の持論ですのでお気になさらずに。
全然良いと思います。
誰が正しいとか、誰が間違っているという話ではなく、
様々な意見があってしかるべきですので。
その中からその場にあった選択肢をチョイスすれば
私は良いかと思います。
そうでした…!
暴力ダメでした。
かっこ良過ぎて忘れていました。
暴力を行使せず、決められたルールの中でできる限りのことをするっていうのが体育会系的には正しいのかも。
体育会系を貶める意図はないですが。
理想は、正攻法で、論破するっていうのがいいのでしょうか?
正解がわからん。
ただ、皆に認められた方法であやつらを懲らしめられるとしたら、自分だったらめっちゃ達成感があります。
あやつらきっとハラワタ煮え繰り返りながら、負かされて悔しい思いをし、報復する力も奪われたとなれば、自分はあやつらを見下して高笑いしてると思います。
自分はヤられっぱなしで、そんなの夢物語だったんですがね。
正解がわからん。
知りたいです。
作者からの返信
久保田さん、たくさんのコメントをいつもありがとうございます!
駿の行動を厳しい目を向けるひとがいました。
山辺会長です。
駿の思いと山辺会長の思い、ふたりは意見をぶつけ合わすことになります。
どんな結末が待っているのでしょうか……