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 フランシカですべきことを終わらせて皇へと戻れたのは、十六歳の誕生日を少し過ぎてからだった。婚姻届はセレンの誕生日その日に桂十郎が提出している筈だ。フランシカの方での手続きも、国王を通すことで早々に進めて済ませている。

 順番が逆になってしまったが、ようやく落ち着いたタイミングが出来たので両家顔合わせの予定を組み、その日になった。

 ぞろぞろと桂十郎の家族と思われる人達が部屋に入って来るのを確認して椅子から立ち、丁寧にひとつ頭を下げる。セレン側には既に聖と海斗が居て、二人も立ち上がって頭を下げた。


「はじめまして。清夏さんはお久しぶりです。セレンと申します」


 順にそれぞれ自己紹介をする。桂十郎の家族は父母に続き、姉・清夏とその夫、他に弟妹が一人ずつ居るらしい。当然ながらいずれもセレンよりは歳上だ。

 聖と海斗が名乗った時には、セレンとは姓どころか国すら跨ぐ名前の違いに驚いたようだったが、その場で突っ込まれはしなかった。

 挨拶が済むと席については食事を摂りながら談笑が始まる。


「セレンさんは、元々は何処のご出身なの?」

「フランシカのパルセーラ地方になります」

「へぇ、首都の方じゃないか」

「兄さん国際結婚じゃん」

「なぁなぁ、客観的に見て兄ちゃんてカッコいいの? オレは思わねーけど」

「オイ弟、それは俺に失礼だろ」

「まあ、けいだから仕方ないわよね」


 賑やかな家族だ。皆が絶えず笑っている。こんな家族に愛されて育ったからこそ、今の彼があるのだろう。


「仕事はけいの護衛してたんだったわよね」

「はい。家業もあるので年に一度はしばらく外すことになりますが」

「家業?」


 ぱっと、清夏をはじめ皆が聖を見た。それを受けて聖はゆるく首を振る。

 確かに聖は花屋を営んではいるが、それは家業とまでは言えないし、何よりセレンが継ぐ予定も無い。


「俺は身内を亡くした彼女を引き取っただけ。家業はセレンの実家の方のものになります」

「あー、だから苗字違うんスね」

「ご家族、亡くなられたの? 大変だったでしょ」

「聖と空目が良くしてくれたので、苦労はありませんでしたよ」

「結局、家業っていうのは?」


 冷静に返す聖に桂十郎の弟妹がそれぞれ前のめりになり、笑ってセレンがまた返す。問いを重ねたのは父親だった。

 うーん、と考える。どう説明すれば良いだろうか。フレスティアが手掛けている事業は一つや二つではない。何なら国家問題にも関わっている。


「フレスティアの役割? 義務? うーん」

「まあ、説明ムズいよな」

「フレスティア? 今、フレスティアって言ったの?」


 考えながら呟くと桂十郎が笑い、一方で母親が驚いたように声をあげた。何事かと他の面々が母親を見る。

 世界有数の特別貴族のひとつであるフレスティアは、十二年前にあった事件によって没落したと聞いていると。疑問をぶつける子供たちに母親は特別貴族の説明もする。与えられた爵位こそ「公爵」だが、その実は当主ともなれば国王と同等の地位と権力を持つ者になるのだと。


「よくご存知ですね。特別貴族について知ってる一般人は多くないと思ってました」

「桂が世界大総統になるっていう時に、多少は知っておいた方が良いかと思って世界について少し調べたのよ」

「そうなんですね。でも正確には、没落とは少し違います。あたしの生存が知られていない間は、滅亡という扱いでした。フレスティアは継ぐ者さえ居れば、基本的に没落することはありません」


 元々、フレスティアが特別貴族たる所以はその能力ちから故だ。能力ちからを持った子供が生まれ続ける限り、当主となる限り、没落することは無い。

 それにしても多少調べたからとこれだけ知っているのはすごいことだ。もしや桂十郎の頭が良いのは母親譲りなのだろうか。

 国王と同等、という部分に、そしてそれをセレンも桂十郎も否定しないという事実に、各々が驚いたような表情を浮かべる。


「すごい人なんだねー、セレンさんって」

「えっ、私すっごいタメで話してたんだけど、大丈夫?」

「セレン様と呼んだ方が良いかな?」

「兄ちゃん、世界大総統引退したらヒモになんじゃねーの?」

「いや、ならねーよ」

「ふふ。気にしないで下さい。桂十郎さんのご家族だもん。敬遠されるよりは気楽に接してくれる方が良いです」


 これまでの自分達の態度を心配する面々に、気にしていない様子でセレンが笑うと、彼らはホッとしたように息をついた。


「いや、しかしそうなると尚更。貴女のような将来明るい人が人生の伴侶に選ぶのに、本当にこんな老いぼれで良いんですか?」


 冗談が半分以上、といった様子で父親が笑いながら桂十郎を示す。すかさず桂十郎が「老いぼれってオイ、流石に傷付くぞ」なんて返していた。

 逆にセレンは、「将来明るい」という言葉に疑問を抱く。貴族とは華々しいだけのものでは決して無い。それにセレンは、もう先が永くはない。

 そんな世界に居て、先の無い人生だからこそ尚更なのかも知れない。


「あたしは……桂十郎さんが良いんです」


 彼が居なければ、独りで死ぬ終わることを望んで、そう選択していただろう。

 満面に笑みを浮かべながら、眩しげに桂十郎を見る。何も望まない。彼さえそこに居るのなら。

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