16
誕生日を間近に控えて、結婚に向けて片付いていない面倒事が残っていることに気付いてしまった。正確には、終わっていた筈のことを掘り返された為に面倒事に発展した、だが。
正面のソファに座る客人に了承を得て、セレンは電話をかける。
「もしもし、桂十郎さん。あのね、ちょっと伝えておかないといけないことがあるの」
頼り過ぎてしまっているな、とは思う。困ったことがあるとこうして連絡してしまうのだから。
勿論何でもすぐ頼るなんてことはしているつもりはない。自分で出来ることは考えてしている筈だ。頼るのは、自分の力が及ばない時。
それが、多い。すぐに「子供だから」では済まなくなる歳になる。もっともっと、色んなことを経験して、学んで、活用出来るようにならなければ。
とは言え今回のことについては、頼る頼らないに関わらず桂十郎には話した方が良いことでもあるだろう。黙って押し進めるのは不誠実だとも言える。
「元婚約者がね……あ、正確にはその父親がなんだけど、あたしが生きてるのを知って、また婚約させようって出張って来てるらしくて」
これは、解決させておかないと自分達の望む結婚に響く。相当面倒なことだ。
電話口からは、「よーし一発行くかー」とやたら元気な声が聞こえてくる。何をとは言わないが、やる気満々の様子だ。
相手方の名前を確認し、元々フランシカに来るために空けていたとのことで、予定通り飛行機に乗って既に来ている途中らしい。
正直なところを言えば、今回の件については自分の伝手の中で解決出来る話ではある。だけどそれだと時間がかかってしまうし、あまり時間をかけると後々が面倒だ。
だからこそ今回は頼ることにしたのだが、いつもながら二つ返事どころかやる気満々というのがありがたいような心配なような気もする。
ただ無条件に甘やかされているというわけではない……とは思う。多分。……もっと自立しなければ。
電話を切った後、セレンは目の前に座る客人ににっこりと笑いかけた。
「〔今解決策を持って来てくれてるけど、此処で待ってる? それとも帰る?〕」
「〔待たせていただいてもよろしいですか〕」
「
フレスティアのそれよりは一回り小さな屋敷が、立派な門の向こうに見える。離れのような別邸はひとつしか無いようだ。
カルパンティエ侯爵家。元婚約者の実家だ。先の客人こそがこの元婚約者で、名をフェリシアン・カルパンティエという。
当時は挨拶程度の関わりしか無く、敵とも味方とも言えなかった人物。だが今回の訪問の様子から察するに、フェリシアン本人は決して敵ではない、といったところのようだった。
婚約の再締結を強行しようとしている侯爵とは打って変わり、セレンの選択を優先させようとわざわざ父の動向を報告に来た。この婚約を望まないなら、父を止めるよう努力すると。
だが侯爵は侯爵で、そう簡単に引き下がりはしないだろう。面倒が続くくらいならこちらも強行手段を取るし、それに対しフェリシアンが被害を被らないようにも出来る。
その過程を時間をかけず手っ取り早く済ませる為に桂十郎の立場が必要だった。
勿論、訪問に先立って予告の手紙は送っている。思わぬタイミングとは言えフレスティアの訪問に、侯爵は嬉々としてセレン達を屋敷へ招き入れた。
これから起こることも知らず。
事前に奥方にはフェリシアンを通してこれから起こることが伝わるようにしている。が、こちらの行動も早かった。今その話を聞いているといった頃だろう。
何のご用で、と喜色満面な侯爵に、セレンはにっこりと笑ってまず一つ、爆弾を投下した。
「〔イーヴ・カルパンティエ。現時点を以て貴方の爵位を剥奪します〕」
「〔……は?〕」
ぽかん、と侯爵──いや、以降はイーヴと呼ぶべきか──彼の表情がひどく間抜けなそれになる。
それからプルプルと何かに耐えるように肩を震わせ始めた。
「〔い、一体何の冗談です? アナタにどんな権限があってそんなことを……〕」
「〔特別貴族フレスティアの当主。権限はそれで充分な筈ね〕」
「〔り、理由はあるのですか! 爵位の剥奪だなんて、そ、そんな、大それたことをするだけの理由が!〕」
「〔こんだけありゃ充分だろ〕」
苦し紛れのようなイーヴの言葉にまずはセレンが返し、次に言われた言葉には、バサ、とテーブルの上に紙の束が放り出された。
飛行機に乗っている間に桂十郎がひわに依頼し、フランシカに着く頃にはもう引き取っていたという資料データを印刷しただけのもの。
イーヴ・カルパンティエ侯爵の、これまでの悪行を並べ立てただけのものだ。当然証拠も、その証拠の在処も記されている。紙がこんなに束になるほど、よくバレずにいたものだ。余程上手くやっていたらしい。勿論、『天空の語り部』を相手にそれを完璧に隠蔽するなんてことは不可能だったわけだが。
紙に書かれていることを見て、イーヴが顔を青くする。
「〔な、何だこれは……どうしてこんな……き、貴様! 貴様は何者なんだ!〕」
「〔世界大総統だけど?〕」
「〔なん……っ!?〕」
「〔何だ、俺の口から爵位剥奪を言い渡されたいか?〕」
「〔っ……!!〕」
ニヤリと笑う桂十郎の圧からは逃れられないと悟ったのか、イーヴはガックリと項垂れた。
国の頂点と同等であるフレスティア当主の命令よりも、世界の頂点である世界大総統の命令の方が余程重い。今後の自身の生活を考えるなら、まだ前者の方がマシというものだ。
すうっと底冷えのするような笑みを湛えて、セレンが両手を合わせる。
「〔フェル──フェリシアンが貴方の戸籍から抜ける手続きは済んでいるの。奥方も貴方の悪事には関与していないようだし、希望があれば即座に離婚の手続きをするつもりよ。世界大総統閣下が此処に居てくれるおかげで、彼が判を押せばそれで処理は完了。そうなると罰せられるのは貴方一人ということになるわね〕」
本来ならば貴族の結婚離婚は役所や国を通さなければいけないので時間がかかる。だが桂十郎が居れば話は別で、彼の判、もしくはサイン一つで事が済むのだ。
余計な被害を産むことなく、悪人だけを裁くことが出来る。それを時短で行う為に桂十郎に居てもらう必要があった。本来ならばひと月はかかる手続きが数分で終わるのだから。
丁度、話を聞き終えたらしい奥方が部屋に押し入って来た。セレンと桂十郎には丁寧に挨拶をしてから、どういうことだとイーヴに詰め寄る。
「〔望むならすぐに離婚手続きをしてくれると言うのでね! お言葉に甘えさせてもらうわ! もうアンタに付き合ってられないわよ!〕」
元々夫婦仲は冷めていたとセディアからは聞いている。そこへ来て今回のことがとどめとなったのだろう。
用意されたこの証拠の数々を提示すれば、爵位剥奪では済まない罰が下されることになるだろう。文字通り、イーヴは何もかもを失った。地位と権力を欲して行き過ぎた事を続けた結果だ。
息子であるフェリシアンからも、同情の視線を向けられはしても、救いの手も言葉も出てくることは無かった。
言うだけ言ってスッキリしたらしい奥方・マーサは、先にセレン達が用意し使用人に渡させていた離婚届を、イーヴに書かせてから桂十郎に差し出した。彼女の名前は書かれてある。サラサラと桂十郎がサインをすれば、その場で離婚が認められたこととなる。
「〔マーサはこの後、何処か行く当てはあるかしら? 無いならうちのメイドになってくれると嬉しいのだけど〕」
「〔フレスティアのですか?〕」
「〔今は使用人が一人も居ないのよ。フェルが来てくれる予定ではあるけれど、一人では足りないでしょう?〕」
あくまでセティエスは屋敷の管理人だし、アイシアはその妻というだけ、セディアは情報通の傭兵として一時的に雇っているだけだ。使用人と呼べる者は居ない。
後々のことを考えると、出来れば早急に屋敷の使用人を増やしたいところだ。可能ならば、何かしらの能力に特化していて、優秀で信頼出来る使用人を。
使用人が居ないということに驚いたようではあったが、マーサも快諾してくれた。
彼女は侯爵夫人としてとても優秀だった。フェリシアンも次期侯爵として期待の高い人物だった。二人が使用人としてフレスティアに来れば、膨大な仕事を多少は振り分けることが出来るだろう。
具体的には、セレンがフランシカを留守にしていてもフレスティアを守ってくれる者が必要だ。拠点は皇にするつもりで、基本的には年一回、社交シーズンにしかフランシカに来るつもりは無い。今は済ませなければいけないことがあるから長期滞在しているだけだ。
これで、まずは二人。役割ごとにまだ何人かは見繕わなければいけない。少数精鋭がベストだが、かと言って個々にあまりに負担がかかるようなことは避けるべきだ。
これからは多少なり使用人集めに時間を割かなければ。
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