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 雑貨屋「ラピュセル」のバックヤード。今は悠仁だけでなく、珍しく話に入れてもらえた海斗も居る。

 無事の報告と一通りいくらかの話をしてからセレンが帰った後、その場の空気は通夜のように重く暗かった。


「何も、知らなかった」

「話したこと無かったからな」

「俺だけか」

「そうなるな」

「いつもそうだな。俺だけ、何にも関わらせてもらえなかった」


 堅い様子の悠仁とは裏腹に、海斗の語気は強くなる。

 これまでずっと耐えていた分、この日の話は海斗にとってもあまりに衝撃が強すぎたのだろう。


「何故だ。俺だって聖に拾われて、エミルと一緒に育った。それなのに、何故俺だけ部外者扱いされるんだ!」


 幼少期の両親からの虐待の影響で、あまり感情が表に出なくなった。その上聖のでも、戦いにおいての基本として「感情を他者に悟らせるな」というものがある。

 そんな彼の、こんな感情的な言葉や表情は珍しい。

 聞かされたのは、可愛い妹分だと思っていた少女の本名と実年齢。能力ちから。そして、残り寿命の少なさ。

 更には、十年間育ててくれた聖まで、病で先が永くないということ。

 徐々に進行していく病だと言った。今でこそ日常生活に支障は無いが、いつどうなるかも分からないと。殺し屋を引退したのは子育ての為だが、殺し屋にのは病のせいだ。

 何故、海斗だけこの関わりから除外されるのか。


「お前に、『裏社会こっち側』で生きて欲しくは無いからだ」

「何……?」


 十四歳で風俗に売られそうになった海斗は、寸でのところで聖に拾われた。契約に聖が割り込まなければ、海斗は今頃男娼だ。何の知識も技術も無く、ただ身体を売るばかりの日々だっただろう。

 せっかくそんな場所から出したというのに、わざわざ『闇』の中へ放り込むことはない。それが、聖とセレンの共通の考えだった。勿論、悠仁も同意した。


「お前には夢があるだろ? その為に今、金を稼いでるんだろ? だったらそれだけ考えていればいい。お前は賢いから、きっと試験にも受かる」

「でも、それじゃあ……」

「少しでも綺麗な方が良いだろ、大総統府に入る者の素性は」


 いつからかは誰も知らないが、海斗の夢は大総統府に入ることだった。世界大総統の傍で働くということだ。

 役割は、護衛でも秘書でも、それが贅沢だと言うなら下働きでも。

 その為に知識をつけることを止めない。普通の勉強に始まり、悠仁が用意した、大手企業の起業から昨今の決済まで。政治の動向、政府の金の動かし方まで。その綻びを見付けて修正案を出し、聖と悠仁の両方にOKをもらうまでが、海斗が己に課した「勉強」だ。ひとつやふたつではなく、あらゆる方面の深いところまで知識を増やしている。

 きっと役に立つ時が来るだろうと。


「お前の夢に、こっちの履歴は足枷だ」


 本当は、足枷そうとは限らないのも分かってはいる。特に今の代・桂十郎になってからは、実力を買われ裏社会から大総統府に寝返った者も、決して少なくは無いという。

 だけどその「情報」は海斗には提示していない。すれば聖の為、セレンの為と裏仕事に精を出すことになるだろう。

 もし、万一にでも、そのせいで彼が表で生きて行けなくなるということが起こるのは避けたかった。

 セレンの残り寿命や聖の病について話さなかったのは、海斗の集中力を削ぎたくなかったからだ。能力ちからに関連した寿命については、悠仁も知らなかったという部分はあるが。


「今、姫さんが話したのは……後々一人になるお前のことを考えてなんだろうな」


 数年後には一人になってしまう海斗を心配してということだろう。一番大きいのは、セレン自身の中で何かが吹っ切れたというところだろうが。

 そしてそれは、桂十郎のおかげなんだ。


「命の終わりを前にして、ようやく姫さんも幸せになろうとしてるんだ。お前も二人に、夢を叶えるところを見せてやれよ」


 ソファから立ち上がり、悠仁は店側の扉へと向かう。


「今月分から給料増やしとく」


 最後にそれだけ言って、バックヤードを出ていった。

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