13

 仕事を終えたと帰って来た桂十郎を出迎え、夕飯を出前で取って食べた後。改めて話をしようと桂十郎の寝室に入った。まともに家具が揃っているのがそこだけだということらしい。

 それぞれソファに横並びで座る。


「何から話そうかなー」

「あっ、あの……あのね」

「うん?」


 こうして改まると緊張する。話さなければいけないことは少なくないのに。

 何よりまずは、大事なことが一つある。


「桂十郎さんって……聖から、あたしの歳の話って聞いた?」

「え、歳? 高一だから十六だろ? あ、もうすぐ進級か」

「あ……そっか、聞いてないんだ」


 きょとんとする桂十郎を見て、苦笑する。先のことを考えるなら、そこから話さなければいけないだろう。

 道中で考えてはいたが、やはり説明に困る。自分のことを話したことはあまり無いから。


「本名のこと聞いたなら、あたしとエミルちゃんが入れ替わってるっていうのは知ってるんだよね?」

「ああ」

「その時にね、あたし、エミルちゃんのプロフィールごと全部貰って使ってるの。それでね、元々エミルちゃんは、アトリちゃん──の友達なの」

「…………んっ?」


 ピタリと桂十郎の笑顔が固まる。何となく察したらしいが、このままでは正確ではないだろう。


「アトリちゃんはあたしの二つ上で、エミルちゃんはそのクラスメイトだったから……」

「ちょっ……と、待った」


 ここまで言えば分かるだろう。片手で頭を抱えて考え込んでしまった桂十郎を見ていられなくて、エミルはそっと目を逸らした。

 考え込んで、と言うよりは、悩んでいると言った方が近いだろうか。それもそうだ。ただでさえ未成年。とは言え十六なら結婚も出来る歳なのだが、その二つ下となるとまた話が変わってくる。

 エミル──いや、ここからは『セレン』とするべきか──彼女の実年齢は、十四だ。

 マジで? という呟きに、ひとつ頷く。流石に子供だと思われるだろうか。世界大総統ともあろう人が、実質中学生の歳の少女と付き合っているなんて、とんだスキャンダルだ。

 そんな「子供」との未来なんて見られない、なんて言われないだろうか。


「二年……いや、誕生日にもよるか。一年といくらか待てば……。公表を結婚後にすればまだ……」


 ブツブツと桂十郎が呟く内容に、セレンはぱっと顔を上げて彼を見る。

 待つ。待つと言ったのか、彼は。離れるという選択肢は、無いというのか。この期に及んで尚、結婚まで考えているというのか。


「貰った情報の誕生日も違うんだよな? 実際のセレンの誕生日はいつなんだ?」

「あ、ろ、六月六日」

「結構早いな、良かった。じゃあ、セレンが十六になったらすぐに籍を入れよう。それで良いか?」


 呆然として桂十郎を見つめる。何も変わらない。「子供」だと一蹴されなかった。

 なんて眩しい人なんだろうと思った。筈の未来を、こんなにも鮮明に作ってくれる。


「セレン?」

「うん…………うん、結婚、する」


 ぎゅっと、胸元に揺れる石を握り締める。

 罪にまみれた自分が、こんなに幸せになって良いのだろうか。心の奥にはまだ黒く澱んだ不安があるのに、桂十郎の言葉の一つひとつがそれを照らして消していく。

 産まれてきたことを、意味があることのように扱ってくれる。

 じゃあそれで、と話は進んだ。いくつか決め事をして、今後のことを話し合って。

 やがて、桂十郎がそれまでとは違って歯切れ悪く、言い辛そうに口を開いた。


「『能力ちから』のことも多少聞いたんだけど、それで、セレンは……」

「?」

「……あと、どれくらい……」

「あ」


 彼の聞きたいことが、分かった。特に意識はしていなかったが、確かに「今後」を考えるなら必要なことだ。


「あたしの残り寿命のこと?」


 彼が最後まで言えなかったのは、「あと、どれくらい」という問い。

 以前弦月に問われて答えたように、比較対象が居ないので正しくは分からない。だがこれまでに削ってきた能力ちからと、自分の中に残っている能力ちからを見れば、自ずとそれなりの答えは出て来る。


「このままだと、多分……あと、二、三年くらい、かな」


 元々、他のフレスティアの者達よりも大きな力を持っていた。つまり、寿命も彼女らより長かった筈だ。

 だがセレンはこれまでの人生で、誰も──聖すら知らないであろう所で、能力ちからを酷使し続けて来た。にも関わらず扱いの未熟さは幼少期と変わっていない。

 コントロールの効いていない能力ちからは、逃げるようにセレンの身体から滲み出ては消える。それによっても彼女の寿命はどんどん削れていっていた。

 先程桂十郎が描いてくれた「未来」……結婚後間もなくして、セレンはその命を終えるだろう。


「だからね、聖からマナーを教わって終わったら、一度フランシカに帰ろうと思うの。セレンとして」

「……え?」

能力ちからのことを知ろうと思えば、可能性があるのはフレスティアの屋敷の書庫。そこには直系の者しか入れない仕掛けがあるの。聖が言うには、今はフランシカの国王が雇った人が屋敷の管理をしてくれてるみたいだから、どっちにしてもあたしが『セレン・フレスティア』に戻って行くしかないんだよね」


 元々『氷の刃』の仕事は、一応世界中であった。報酬は全て聖に渡していたと言っても、旅費はそこから抜いてもいた。だから今回もそうすれば良い。


能力ちからをコントロール出来さえすれば、もうちょっと長く生きられると思うの」


 相変わらず長生きしようとは思えないが、少しくらい彼と生きる時間を求めても良いだろうか。その為に動いても良いだろうか。

 贅沢だと、罰が下されるかも知れない。そうなればその時はその時だ。

 そして、フランシカに帰るとなると、もう一つ伝えておかなければいけないことがある。今日、聖から教えて貰った、出生に関すること。

『セレン・フレスティア』が、国王の娘だったということ。

 きっと国に戻れば、国王はセレンを呼び出すだろう。自分の娘であることを明かし、後継者として傍に置きたがるかも知れない。そうでなくても、フレスティアの再興を望まれるかも知れない。どちらもセレン自身は望んでいないし、残り寿命を考えれば不可能でもある。


「だから、一度フランシカに行ったら、皇に帰って来れるまでに大分かかるかも」

「…………そっか」


 しばらく黙って聞いていた桂十郎は、最後にそれだけを呟いた。

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