15

 安定した収入が欲しいなら、大総統府に入れば良い。

 そんな思いもよらないことを言われて驚いたが、まさか本気だったとは。

 用意された戦場フィールドの真ん中に居るのは、何度か桂十郎と一緒に居るのを見た男性。護衛の第一部隊隊長だと言った。

 なるほど、強い。ここが本当の「戦場」だったなら、セレンはあっという間に殺されているところだろう。


出して……良さそうだね?」

「ああ、良いぞ」


 フィールドに上がる前に一応と確認をすれば、相変わらず軽い返事が桂十郎からは返ってきた。

 ぞくぞくと身体の内側から溢れる歓喜に、セレンは獰猛な笑みを浮かべる。強い相手との戦いは楽しい。負けるのは嫌いだが、自分を殺せる程の相手との戦いとなると緊張感があって良い。

 それに普通なら、負けた時は死ぬ時だ。勝敗を気にする必要は無かった。何より今までは、自分より強い相手と対峙すること自体そうそう無かった。

 同等かそれ以上の力を持つ『羊』達はまともに相手をしてくれないし、桁違いに強い青水にも遊ばれただけで済んだ。弦月はそもそも出て来すらしない。

 今日は「入社試験」と銘打った、セレンの実力を確認する為だけの場だ。ここでも負けたところで死にはしない。だが強い相手の動きを間近で見て体験出来るというのは、貴重な経験となる。

 を出して戦えるのは、いつ振りだろう。


「よろしくお願いしまーす!」


 意気揚々とフィールドに入ってはにっこりと笑う。既に和装は身に付けているのであとは襟巻きを巻けば『氷の刃』の完成だが、本気を出すのには少々邪魔だ。今回は省くことにした。

 例えば聖のように、自然体からほとんどノーモーションで攻撃が出来たら。ヒュペリオン体質を超える程のスピードとパワーがあったら。武器の持ち替えをもっと早く出来たら。そんな無い物ねだりを何度したかは分からないが、

 今は今、出来ることを。

 カチリと、頭の中でスイッチを切り替えた。身体を、思考を、全て戦いの為に使うよう。

 開始の合図と共に、セレンは動いた。現場での戦いなら、向き合って戦う時には相手の出方を見ながら動くことが多い。だが今回は、自分の実力を試される試験だ。自分が動かなければ盤面が動くことは無い。

 自分の経験と、持っている武器、実力を鑑みて、次の動きを自動的に割り出す。実力を見るという名目があるからだろう、レベルは合わせられているが、時々タイミングを、動きを崩される。それにも対応出来るようにと、ある程度の訓練は受けている。

 笑みを浮かべるような余裕は、の時には無い。ただ淡々と、勝つ為に出来ることを、すべきことをしていくだけだ。

 武器を持ち替え、攻撃手段を変えながら、目の前の強い相手をどう攻略するかを計算する。

 自分と相手しか居ないフィールド。敵わない相手。戦いながら成長していくような感覚。高揚感を覚えずにはいられない。

 ほぼほぼ出し切って、体力不足のために息切れしていたのが整えられず隠せなくもなってきた頃、ついに相手が反撃に出て来た。

 瞬きも出来ぬ間に懐に入り込まれ、首元に剣を突き付けられる。乱れた呼吸そのままのセレンと、息ひとつ乱した様子の無い相手は動きを止めた。

 ほとんど出し切った。もう見せられる芸当などそうそう無い。それを判断して終わらせたということは、相手にとっても十分見たということだろう。

 剣を鞘に仕舞う相手を見て、出していた武器を全て仕舞う。服の中へでは無い。能力ちからによって仕舞われるので、何をいくつ持っていても荷物にはならない。だからこそあらゆる武器を持ち、使い分けながら戦えるのだが。

 また、頭の中でカチリとスイッチを切り替えると、深く呼吸を繰り返した。


「すっ……ごい! すごい強いね! でもそっか、世界大総統の護衛ともなるとこのくらいのレベルが必要なんだね」


 なるほど、とセレンは考える。自分はまだ未熟だ。これまで自分より強い相手に、きっと出会わなかっただけなんだ。運が良かったのか、悪かったのか。

 世界は広い。こんな風に手も足も出ない相手なんて、沢山居るのだろう。もっと強くならなければ。守りたい人が居るのだから。

 ……時間は、あまり無いのだけれど。

 先程まで真剣に対峙していた相手は、セレンの戦闘中とのギャップにか呆然としているが、桂十郎が近付いて来たのを確認するとすっと表情を引き締めた。


「二人共、お疲れさん。どうだった、香乙かがと?」

「『羊』とどっこいっすね。『影』には向かないと思います」

「そうか。じゃあどうすっかなー」


『影』とは、桂十郎を護衛する特殊部隊のことらしい。彼が外を歩く時は必ず何人か着いているという。『B・リリー』を一瞬で殺してしまった、あの技と正確性を持っている者だ。

 考え込む桂十郎の様子から、元々はセレンを『影』に入れようと思っていたのだろうと窺える。


「ねぇ、桂十郎さん。あたしやっぱり、今まで通りに仕事するよ。その方が桂十郎さんの敵の炙り出しも」

「却下」

「早い! 何で!?」


 せめて最後まで言わせてはくれないのか。これは酷い。


「主の専属SPにでもしたらどうっすか?」


 拗ねるセレンと相変わらず考えている様子の桂十郎を交互に見て、護衛の男性──桂鈴けいりん香乙は言った。二人して彼に視線を向ける。


「護衛って言うなら『影』が居るだろ?」

「アイツらは表に出て来ないじゃないっすか」

「それはそうだが……」

「『羊』くらいの実力がありゃ護衛としては充分だし、いつでも傍に置ける護衛って感じで」

「香乙天才か? 合法的にずっと一緒」

「桂十郎さんって頭良いのにたまに馬鹿みたいなこと言うよね」


 思わず爆速で突っ込んだ。世界大総統がそんな頭悪そうな発言をして良いのだろうか。

 まあ、そういうことならセレンにとっても悪い条件ではない。問題があるとするなら、制服らしい制服が無いことだろうか。『氷の刃』の格好で居るわけにはいかないし、学校の制服は論外だ。毎日着る服を考えるのは面倒くさい。

 そもそも学校には通い続けられないだろう。勉強は十分着いて行けていたし、そんなに親しい友人も居たわけではない。就職に影響しないなら続ける理由も無いから問題は無いが。

 仕事が決まったので自主退学。このご時世、無い話でもない。せっかくやりたいことが出来るのだから、ここは甘えてしまおう。

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