第35話 邂逅 4

「アイドルを引退したあと、

 わたし、いろいろあって今は帝国の王宮でメイドをしているんです……」


 医務室のベットにて、上半身だけ起こしてリリアンは語る。

 コネリーは少しだけ驚いたようだった。


「そうでござるか……」


「ファンの人達に、ちゃんと引退を伝えることができなくて……」

 

 リリアンはベットの上で身体全体をベット側のコネリーの方に向けると、深々と頭を下げた。


「……本当にごめんなさい」



 彼女の素足は床に付いていなかった。

 ぶらぶらしている右足には包帯がきつく巻き付けられていた。治療の跡だった。



「ま、まぁ……よくあることでござるよ……。

 それに」


 コネリーはそう返したが、その笑みはどこかぎこちない。


「それに……帝国王宮のメイドなんて簡単になれるものではないのだろう? 

 流石はリリアン殿たな」


「あ、まぁ……。

 その、実はわたしノ父親が結構な貴族だったみたいで……」


 コネリーの言葉にリリアンは苦笑いを浮かべた。


「ん? あ……それって、リリアン殿はいわゆる貴族の隠し……」

「おい」

 

 どすっ、とレイチェルはコネリーの横腹を肘で打った。コネリーは、はうっんと声を上げた後。身をちぢませている。素人に不意打ちは卑怯でござる、卑怯でござる、と呟くコネリー。無粋なことを訊いたことへの神の鉄槌と思え、とレイチェル。

 リリアンは顔を伏せたまま身体を震わせていた。笑いを堪えているようだ。はうっんって、はうぅんって……冒険者くん相変わらずおもしろい……。


 その様子をレイチェルはやれやれという顔で見ていた。


「帝国の貴族になるというのも、

 色々大変なものだな」


 レイチェルは医務室外の物音にその長い耳をすませた。


「馬車が到着したようだ、

 ジョージとの件、わたしが取りつぐ」



 ◆◆◆


 教会に遺体を乗せた馬車の一隊が到着した。

 各馬車の周りをシスターと女性エルフの教会騎士が取り囲む。幌付き馬車の後部扉を御者が開けると、まずはシスターが祈りを唱える。そして、女性エルフが魔法を使い、遺体袋に入った遺体を宙に浮かせて、そのまま地に置かれている棺桶の中に滑るように入れた。

 御者と空になった馬車の中にシスターが祈りとともに聖水をふりかける。


 ジョージら四人を乗せた馬車も教会にたどり着いた。御者がドアを開けた。

 四人は騎士団長を先頭に降りていく。各自にシスター達が聖水を振りかけ祈りをとなえた。


「ぬっ……。

 凄いな、空気が張り詰めている。

 これが街に危機に際した際の教会の本気か……」


 ハミルトンは馬車を出て、教会の広場を見渡すと、シスターやエルフ女騎士たちの険しい物腰に思わず自分の護身用の小型剣を握りしめた。ダンディであった。


「そうか……?

 それにしては非常にまがまがしいものを感じるのじゃが……」


 ジョージは同じく周りを見渡しながら、背筋に冷たいものが走った自分を不思議に思っていた。


 先に馬車から降りた騎士団長はニコニコを目に笑みを浮かべていた。

 ――しかし、口元には不適な笑みを浮かべている。まるで勝ち誇ったかのような。


 そして。



「イィィィィィィィイイイイーーーーーーーーーーーーーーー! ヤァァァァァッァァアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」



 突如教会前の広場に響きわたる絶叫。四人はその声に思わずびくっと身をすくませる。

 そちらの方を見ると、一人の病人服を来た女性が気を失い倒れていた。

 彼女を修道士とエルフの女性騎士が支えている。


「可愛そうに……。

 この遺体の数だ。彼女にとって見たくないものを見てしまったのだろう……」


 ハミルトン行政長官はやりきれない気持ちを顔を左右に振って表した。またしてもダンディであった。


「いや……なんかワシを見て絶叫したようじゃったのだが」


 ジョージは困惑していた。……ワシ、なんか悪いことしたか?


「ジョージは昔はワーとかキャーとか黄色い声をかけれていましたからね」

「多分、その類いの悲鳴ではないと思うのじゃが……」


 ふふんと笑みを浮かべる教会騎士団長に、ジョージの困惑は続いたままだ。 



「……コネリー先輩?』


 他の三人と同じくその倒れた女性の方を見ていたノルンは、支えている修道士が見知った人物であることに気づいた。

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