第36話 邂逅 5

 時間は少し戻る。


 教会管理棟の廊下を帝国王宮メイドのリリアン、エルフ騎士レイチェル、修道士コネリーが並んで歩いていた。右手で松葉杖をついたリリアンを両側からレイチェルとコネリーが支えていた。

 帝国王宮侍従長から預かった封書はレイチェルの左手に握られている。


「大丈夫か?』


 レイチェルは側のリリアンに声をかける。


「大丈夫です。これくらい……。

 ジョージ様に会えるのですから……」


 そう言うリリアンの松葉杖をついて前に進むスピードは早い。

 レイチェルとコネリーはちょっと駆け足で彼女に寄り添っている。


「さすがでござるなぁ……」


 そのひょこひょこ動く後ろ姿をみてコネリーが呟く。


「しかし……そこまで会いたい奴なのか?

 ジョージってアレだぞ」

「……アレ?」


 レイチェルがコネリーに耳打ちをする。


「わたしは田舎からこの街に就いてそれほどでもないのだが……

 ジョージと言えば、街にいるスケベジジイその1みたいな奴だぞ。

 ギフト持ちで多少腕はたつようだが……」

「スケベジジイ……でござるか」

「たまにうちの騎士ローランにどつき回されているぞ」

「……ま、まぁ、そのジョージ殿はこの街の英雄らしいし、

 ファンとしては彼女の思うままにさせること、……彼女の幸せを願うのが一番ででござるし」

「時には止めるのも優しさだと思うがな」

「ううむ……」


 二人はとっと、とっとと起用に片足で進んでいくリリアンの後ろ姿を見ていた。

 なんだかスピードが上がっている。


「……あと、ジョージはハゲだぞ」

「止めるでござるぞっ!」


 ジョージのスピードが上がった。

 但し、もの凄いスピードで片足跳躍するリリアンに追いつけない。


「ハゲはだめなのか……」


 レイチェルはリリアンの身体能力の高さに感心しながら、その後ろを追うコネリーの背中を見やった。二人は廊下を歩いているローランを抜かし去った。ローランははぁ!?という顔をして驚いている。


 ジョージ様ああぁぁぁぁ、とリリアンの声が廊下を駆け巡る。

 その姿を見てエルフの騎士達(勝負パンツ換装済)が色めきだち、そして走り出す。


 賽は投げられてしまった。大暴投であった。


 人がいなくなった廊下を唖然としたまま立ち尽くすローラン。

 そんなローランにレイチェルは声をかける。ちょっと気になったことがあったのだ。


「騎士ローラン、どうした? 何か歩き方が変だぞ」


 ローランの歩き方がちょっとぎこちないことが気になっていたのだ。


「ちょっと締め上げて過ぎて……」


 ローランは自分の臀部辺りをさすっている。


「ん?」


「そ、それより、

 今の……何?」


「……ジョージさんの用事があるそうだ」


「誰が?」


「さっきもの凄いスピードで駆け抜けていった松葉杖をついた

 お嬢さんが」


「……」


 ローランは無言で剣と鞘を結びつける金具をパチンと外した。

 そして歩き出す。


「騎士ローラン?」


 慌てて後ろを追うレイチェル。


「……老人を斬るのは心苦しいが……仕方ない」  


 ローランは少しだけ剣を鞘から引き抜いて刃の調子を確認した。

 刃はギラリと輝いていた。

  

「教会に並ぶご遺体を一つ増やす気か?」


 しばらくレイチェルは歩きながら黙って何やら考え事をしていた。

 そして。


「まぁ、ここは教会だから神父も棺桶も備わっているから、

 ……特に問題はないか」


 レイチェルは納得してしまった。


 困ったことにレイチェルはツッコミ体質ではなかった。脳筋であった。ローランの突飛な短絡を指摘する者が不在になっている。ジョージ + 若い女子 → 不埒なこと → ジョージを誅すべき の図式は二人の間で確立してしまっていた。


 二人を止めるものは誰もいない。


「騎士の義務を果たさないと……」

「そうだな、わたしも協力しよう」


 二人がざっざっざっと剣に手をかけて風を切って歩いて行く。

 そうして、教会前の広間までやってきた。


 見ると既に遺体を運んできた馬車隊は教会敷地内に入っており、その最後尾に他の馬車とは意匠が明確に違う優雅なデザインの馬車が止まっていた。

 リリアンとコネリーは並んで立っていた。リリアンはきょろきょろと辺りを見回している。

 どうやらジョージがどこにいるか捜しているようだ。


「……そうか、あの二人ジョージさんの顔がわからないだった。

 わたしが取り次ぎをするつもりだったからな」


 すたすたと二人に近づいていくレイチェル。

 ローランもその後ろを付いていく。


「レイチェル」

「分かっている。いざという時は……斬る」

「そうね、一人では無理かもしれないけど、

 我ら二人が協力すれば不埒を誅することができるはず」


 レイチェルとローランはうなずき合った。



「失礼、リリアン殿。

 おそらくジョージ殿は、あの白い馬車に乗っていると思うぞ」


 うしろからレイチェルはリリアンに声をかけた。

 リリアンはこちらを向いてふるふると顔を振った。


「ジョージ様はまで来ていません……」


「ん?」


「あの馬車から出てきたのは、

 エルフの女性、髭を生やしたおじさん、何か学生みたいなぬぼっとした男の人……そして、ハゲたジジイだけです」


 リリアンはまた周囲をきょろきょろと探し出した。

 レイチェルは隣のコネリーに詰め寄り、締め上げる。


「コネリー、どうして彼女に真実を伝えない!」

「申し訳わけないでござる! 申し訳わけないでござる!

しかしリリアン殿に真実を伝え曇らすのは、アイドル時代のファンとして非常に耐えがたいものでござる!」

「お前と言う奴はぁ……」


 その二人をよそにローランは、リリアンに尋ねる。

 ローランの幼さが残った小さな身体では、彼女がリリアンを見上げる形となる。


「ねぇ、あなたが持っているジョージさんのイメージってどんな感じ」

「え? うわっ、かわいいエルフさん……。

 ジョージ様のイメージ? そ、そうね、三十年前のリリアリア王国王都防衛戦の英雄で、トレードマークの大きな太刀を構え、銀色の長髪をたなびかせて……(以下略)」


 それを聞いたローランは額に手をあてて天を仰いだ。

 空いた手で剣と鞘をつなぐ金具を再び付けた。ジョージは赦された。


 レイチェルも同じように天を仰いでいた。

 そして意を決したようにリリアンの前に立った。


「すまない、リリアン殿。

 そのハゲたジジイが……ジョージなんだ」


「……え?」


 一瞬表情が固まったリリアンだが、すがるように今度はローランの方を見た。


 ローランはこくりと深く頷いた。



「イィィィィィィイイイイイイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!ヤァァァァァァァァアアアアアァアァァァアアアアアアアアアァァァーーーーーーーーーーー!」」



 そう叫んでリリアンは倒れた。慌ててレイチェルとコネリーが支える。


 彼女は再び医務室に戻された。

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