第27話 叔父さんは平和に過ごしたい 1

 旧王都は現在も王家の直轄地である。

 そのため王家の代官として行政官がその地に派遣される。

 その役職の名はレノア特別区行政長官。旧王都の行政のトップである。

 現在の行政長官の名はハミルトン・ドッグロックハウンドという。

 生まれは地方の僻地を治める貧しい下級貴族の次男であるが、名門ドッグロックハウンド家長女セシルと婚姻して当家に婿入りした男だ。

 学生時代は苦学しながら大リリアリア王立学院を主席で卒業した秀才であった。好きな言葉は「是々非々」。セシル嬢とは在学中に学生結婚をしており、卒業後は行政畑で確実な出世を遂げて現在の地位にいる。

 なでつけた髪と口ひげが似合うザ・ダンディな男である。


 ちなみにその地方の僻地を治める貧乏な下級貴族とはストーンブリザード家であり、ハミルトンは現在ストーンブリザード領を収める現領主の弟である。つまり、ストーンブリザード家の現領主の三男である部長ことノルンとは、叔父・甥の関係となる。


 旧王都行政長官の屋敷は旧王宮から見て、教会や商店街へ向かうの方向とは逆方向にある。

 その屋敷の豪奢な応接室でノルンとその叔父であるハミルトンは大きなテーブルを挟んで向かい合っていた。

 ゆったりとしたソファの感触にノルンは落ち着かなかった。


「休暇のところ、すみません」

 

 ノルンが叔父を尋ねて庁舎へ行くと、受付嬢から叔父は今日は休暇だと告げられた。

 タイミングが悪い男である。

 そのため庁舎から屋敷へ向かい、門先の庭を掃除していた見目麗しいメイドから、玄関を調度の手入れをしてた見目麗しいメイドに案内を継がれ、からに屋敷の奥から出てきた見目麗しいメイドに案内されて、ドアの前に佇む見目麗しいメイドにドアを開けられ、この応接間に入ったのである。応接間には給仕の見目麗しいメイドがいた。


「遠慮をするな、旧都での数少ない身内だ。

 ノルン君が言っていた件な、あれは今使いをやった。じき返答がくる。

 ……で、最近の兄上の様子はどうだ?」


 ハミルトンは自分の口ひげを触りながら口を開いた。


「相変わらず元気……ですね。

 最近も帝国の占領地域で……いろいろやっているようで……」


 ノルンの話に叔父はほうと息を吐いた。


「被占領地といえ帝国の勢力下でか……兄上も困ったものだな。

 まあ、それがストーンブリザード家の血なのだろう。剣技と魔術と貧乏耐性の化け物ぶりは遺伝かもしれん。俺には受け継がれなかったようだが。

 ところで……どうだいノルン君、いい加減うちの娘と結婚しないかい?」


 唐突の縁談話だった。

 ノルンの表情がみるみる呆れたものになった。


「叔父上、何度も申し上げますが

 叔父上の娘さんはまだ幼いではないですか、そう言う話は……」

「上の子は来年中等部に入るぞ」

「え? もうそんなに」

「そうだ。最近は帝国のアイドルに夢中らしくてな、尊い尊いと新王都の屋敷で友達と盛り上がっておるようだ」

「はぉ」

「この前なんか、『お父さま、男の子同士で赤ちゃんはできますの?』と訊かれて、いやー困った困った」


 ニコニコと笑う叔父さん。

 合わせて苦笑するノルン。


「……工夫すればできる、と答えたが」

「えっ?」


 そこにメイドがやってきて、カップを二人の前に並べるとボットからとぼとぼとお茶を注いだ。ミルクと砂糖をカップのそばにそっと置き、またしずしずと立ち去った。

 

「子供の夢を壊すわけにはいかないだろう?

 パパ嫌われたくないしー」


 ミルクをちょいと少しだけ入れて、叔父はカップに口を付ける。


「それは夢と言うより

 妄想ですよ……」


 ノルンはミルクをたっぷりと入れて、砂糖も入れる。


「夢みる女の子というのはいいではないか、

 わたしも妻も女の子は大好きだからな」


 叔父は優雅に茶を飲む。

 

「叔父上のは、どちかかというと『女好き』でしょうに……」


 ノルンは基本的に真面目である。基本的に。

 だからこんな言葉が出る。


「そう言う意味なら、妻も同様な『女好き』だぞ」

「……」


 ノルンはそれがどういう意味か理解しているが――エリザベート王女こと副部長の数々の暴走で鍛えられている――ここは下手に反応すると叔父上の思う壷である、と自重した。

 心の中で反応しちゃだめた反応しちゃだめだと唱えて静かに茶を飲んだ。

 ここのミルクは質が良いらしく、いつもの感じで入れたミルクが、入れすぎたったことに後悔した。ミルク風味が強すぎてお茶の味がわからない。


「大体、貴族の屋敷で執事も下男も置かず、

 メイドだらけというのもここぐらいでしょうに。

 この屋敷には叔父上以外の男性はいないのでは?」


 それでも心がおさまらないらしく、ノルンは精一杯の嫌味を言い返した。若いね。


 ハミルトン叔父は大きく目を見開いた。まるで虚を突かれたかのように。


「ノルン君、

 ……ひょっとして、うちのメイドに女性しかいないと思っているのかね?」

「えっ?」


 そのとき応接間のドアがノックされ、使いが戻り報告があることがドア越しに伝えられた。


「おや? 使いが戻ってきたようだな。

 構わん、入ってくれ」

「ちょ、ちょっと、今かなり気になること言いましたよね!? 叔父上!?」


 食い下がるノルンに、叔父はつまらなそうな顔をした。


「抱いてしまえば変わらんぞ」

「そういうこと聞きたいんじゃねーよ!

 このドスケベ野郎が!」

「はっはっはっはっ、

 相変わらず面白いな、ノルン君は」


 ドアが開いて新たなメイドが入ってきた。

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