第26話 古都からの手紙 8

「残り湯の独占権はリズさんに与える、

 これでいいですね」

「……仕方ありませんね、それで手を打ちます」


 互いにぜいぜいと息を荒げながらミツキとエリザベート王女は握手をした。ちなみにお風呂のお湯は「ハロー☆マジック」の湯船に付属しているものと考えられるから、どうのこうのする権利はこの店舗兼住居の住むマコトにあると推測される。

 つまり、明確な他人物贈与であった。

 誰も気にしていないが。


 では、とエリザベート王女はいそいそとバスルームへと向かった。変態淑女の後ろ姿は綺麗だった。

 事実には時として認めることが試練になるものがある。


 ◆◆◆


《 契約成立!!

  ケンイチ、旧王都まで来て。 》


 新王都のケンイチが紙片を広げるとそう書いてあった。ミツキの筆跡だった。


「………」


 この文面を見た後、ケンイチはしばらく沈黙した。

 横からケンイチの手元の紙片を覗きこんだ先生は、多少困惑しながら、この六通の手紙の意味を読み取ろうとした。


《 当店は風俗店ではございません。 》

《 一瞬でも信じた自分がバカだった。 》

《 今までのことは無かったことにしましょう 》

《 ケンイチ、どうして返事をくれないの?

  胸が……苦しいよ 》


「……最初の四通は、混乱はしているが全てがネガティブな表現だ。旧都にいるケンイチ君の友人たちが何らかののトラブルに巻き込まれ、困惑を吐露しているものと読み取れる」


《 あ゛あ゜あ゛あ゜あ゛あ゛あ゜あ゛

  あ゛あ゜あ゛あ゜あ゛あ゛あ゜あ゛

  あ゛あ゜あ゛あ゜あ゛あ゛あ゜あ゛

  あ゛あ゜あ゛あ゜あ゛あ゛あ゜あ゛ 》


「そこに次の一通……これは王女の激しい義憤を書き表したものだろう……エリザベート様は不正を心より憎むお方だ、困っている二人を見てみぬふりができなかったのだ」


《 契約成立!!

  ケンイチ、旧王都まで来て。 》


「最後の一通は、助太刀に入った王女さまは二人に協力を申し出た……二人はそれを契約成立という今時のスタイルで受け入れたのだ。

 しかしそこには、ケンイチ君、君の協力が必要なようであるな……。


 エリザベート様とご友人二人は、ケンイチを必要としているのだ」


 そこで先生はふうと息を吐いて遠い目をした。


「すげー、王女さまからの依頼かよ!」


 ダニエルのテンションが上がる。



 ……絶対違うと思う。


 ケンイチは先生の推測を全く信じてなかった。ミツキは凶暴な夜の街のさらに怖いオネーサン達の暴力を、マコトは馬鹿馬鹿しいほどの威力を持つ魔法を扱うことができる。

 トラブルに巻き込まれて何もできないのは有り得ない。どちらかと言うと、正義に燃える王女様が二人にトラブルを持ち込んだ可能性が……。


 しかし、とケンイチは思う。


 王女の命を受けて動くオレ、

 ……ちょっとカッコいいかもしれない。


 その姿をクラス中に見せつけて、それが噂が噂を読んで好感度イメージをアップし、自分をモテ期の正規ルートに戻すことができるのではないだろうか?

 学校で人気ある前生徒会長の御威光のおこぼれに授かることができるかもしれない。


 ――ケンイチは先生の推測に全力で乗っかることにした。

  

 ケンイチは恭しく胸に手を当て、王女が書いたとされる字がある紙片を上に掲げたまま膝をついた。狂気への最敬礼であった。

 ケンイチは教師中に響きわたる声で宣言する。ちなみにまだ授業中である。


「先の生徒会長であり、王国第三王女エリザベート様の命

 謹んでお受けいたします!」


 ミツキ、俺より先に王女様と契約を結びとは……良い根性してんじゃねーか。

 ケンイチは商売人としてミツキにちょっとだけ嫉妬していた。


「行ってきます」


 返信メッセージを魔導具に読み込ませた後、ケンイチは教室を後にした。

 教室の生徒、ダニエルとソル、そして他の生徒たちは感慨深げにその後ろ姿を見送った。教室授業中がある種の感動に包まれている。


 ――結局のところ、新王都では誰も旧王都の事情を正確に理解している者はいなかったのである。


 ちなみにまだ授業中である。


 ◆◆◆


「あ、来た」


 小鳥型の魔道具は紙片をぺいっと吐き出した。

 マコトがそれを広げる。


《 お忙しいところ突然の連絡失礼致します。

  ゴエモンヤ商会のケンイチと申します。

  現在父の元で商いを学ぶべく

  こっべんれいの日々を

  送らせていただたいております。

  さて、この度

  わたしの親しき友人であるミツキさんと

  ご契約を結ばれたとお聞きしました。

  友人のことながら、我がことのように

  喜ばしく感じ至る次第でございます。

  ぜひ、愚生わたしとも

  ご縁を結ばせていただきたく思い

  早速手紙をさしあげた次第でございます。

  つきましては小生は本日中に

  旧都へ到着する見込みですので、

  古都に到着次第ご連絡を差し上げ

  参上したく思います。 


    王国と正義を愛す者 ケンイチ》



「……ビジネスメール……かな?」

「何書いてんのよコイツ……」


 ビジネスメールにしてはえらいコテコテしており、逆に胡散臭い。

 つまり凄くケンイチらしいメールだと言えよう。

 

 ビジネスメールとはサラリーマンの詩である。

 彼ら彼女らは細心の注意を払いその文面に全てを賭け、そしてほとんどの場合はそのような思いは相手には気づかれもしないのであった。


 この視点からみるとケンイチのメールは下の下の下である。



 とりあえず、ケンイチは旧王都に来ることになったらしい。

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