第12話 帝国の巫女 3

「わたしはね」


 リリアリア王国の第三王女エリザベートは語り出す。


 泣き崩れるアンナをエリナとエリザベートでなんとか落ち着かせた。

 アンナは目を真っ赤にして、鼻をぐずぐず鳴らしながらテーブルを挟んで対面のエリザベートを見ている。

 この重々しい状況のなか、マコトはエリザベートの隣に置かれたままだ。

 そんな病院に連れてこられた子犬のような悲しい顔をするならこっちに戻ってきたら? とミツキは折りたたみ椅子に座りながら目でマコトに訴えていたが……届かない。


 語られないことは届かないのだ。


「付属にいた頃は、確かに頑張ったてた。

 王家の人間として……理想の王家の一員として振る舞えるよう頑張ってた」


 そこでエリザベートは一口お茶を口に含む。

 そしてはぁーと大きく息をついき、唇をぎゅっと噛みしめた。


「神は王に価値の天秤たる資格を授けた、善悪の判断の天秤を授けた、正義を守りたる剣を与えた。

 一方で……神は王に世の理を秩序づける魔術の長たる資格を与えた」


 謡うように彼女は語った。

 それ王家が国を治める根拠を示す教義じゃな、どこの国の王宮付神官は大体同じようなこと言ってるのじゃ、ぐすっ……とアンナは鼻をすすりながら呟いた。この歳ながら世の中を大分醒めた目で見ているようだ。


「……わたし魔法は使えない。兄様達はみんな使えるのにさ。

 だから、わたしは生まれながらの王の資格を持ってない。

 最初から王家の婢なることを決定づけている」


 目を伏せ何かを思い出しながら語るエリザベート。

 となりのマコトの顔は子犬から、きょろきょろ視線を巡らすインコのようになった。

 脳天気なアレはシリアスな雰囲気について行けないのだ。ミツキは片手を額に充てて、だからこっちに来ればよかったのに……と呟いた。


「でもねー」


 エリザベートは顔を上げてにこりと笑った。

 その明るい声色と笑みがどこか寒々しい。


「でもねー、周りは求めちゃうの。

 学院に入った瞬間から、王家の人間として振る舞うよう求めるの。兄様達のようになれと求めるの。こんなポンコツなわたしにそれを求めるの。何も無くて王家のプライドしか残っていないわたしにそれを求めるの」


 彼女の笑みはいつの間にか苦笑に変わっていた。


「だからわたし頑張ったのよ。周りがもとめる理想の王家出身の生徒会長になろうと頑張って振る舞ったの。

 ……もしもわたしが付属にいたころに学院が良くなっているとしたら、それはわたしの力じゃ無い。

 みんながそれを求めていたのよ」


 エリザベートの全身の力を抜けたようにソファに背を預けた。

 ぎししっとソファが音を立てた。彼女はゲストルームの窓から空を見上げていた。

 その方角には新王都があった。


「……卒業を意識し出すと、だんだんと色々と見えてくるよ。

 学院ではわたしは結構護られていたんだなって。

 多少の無茶をやっても殺されることはなかったしね。

 でも学院を出たら、わたしはたくさんいる王族の下の下の人間。

 剣術も魔法もダメだから自分で自分の身を守ることができない。

 ただの人になっちゃうわけ。それが怖くてねー」


 王族だからただの人じゃ無いと思うけどな、と庶民マコトはそう思ったが何も言わないでおもった。彼女には彼女の真実があるのだ。


「だから、何者かになろうとして、何者かになる時間がほしくて、

 自分の手で何者かになろうと思ったら、付属になんかにいる時間が馬鹿馬鹿しくなって、

 飛び級で付属を卒業して、王家を一時休業して、偽名でノルンが入学した学院に入っちゃった。

 付属にいたときは知らなかったけど、ここの王立学院は魔法が使えなくても魔法が学べらしいし。

 魔法は使えないけど、大好きだから」


 あははははっ、とエリザベートは笑う。


「幼なじみのノルンさんなら、

 エリザベート様は護ってもらえると思ったのですか?」


 ミツキはすっと手を上げて気になることを訊いた。


「無理無理。ノルンは剣術も魔法もダメで天才でもないし

 ただただ魔道具が大好きなだけだから。

 わたしを護るなんてとてもとても」


 エリザベートは手を振って否定する。

 ここにいないノルンがちょっと不憫である。


「え? ではどうしてラノア王立学院に?」


 ミツキの質問にエリザベートは気まずそうな表情で視線を外す。


「え、いや、魔法が使えないノルンがやっていけるのなら

 自分でも大丈夫そうだと思って……」


 ラノア王立学院は自国の王女にも舐められていた。


 彼女は、ブラウスの胸元から宝飾が施されたペンダントを取り出す。

 王家の紋章が凝った意匠で形作られていた。


「そんなわけで今はリリアリア王国第三王女エリザベート・イエロースター・リリアリアは一時休業中なのです。

 ……だからこの王家の証であるペンダントも今は見せてない。


 ここにいるのは地方貴族の娘、リズ・エアプレイなのです」



 そう言って、エリザベートことリズ・エアプレイは笑った。ペンダントはブラウスの中にしまわれる。



「ふざけるでない!」


 遮るように帝国王女アンナはソファから勢いよく立ち上がった。


「何が地方貴族の娘か!

 そのような地味ながら素材は最高級の服を着て、王家から多額の援助をもらい

 怠情に学生生活を過ごし、女の子を愛でて、いろいろダメダメな生活を送っている人間が

 格下の人間に身を偽るなど高慢すぎるにもほどがある!

 その口をもってよく自分の手で何者かになろうかと言えようぞ!


 エリザベート様! 王家の義務から逃れるのならば勝手にすればよい!

 英雄が転じて愚かになることは歴史上よくあることじゃ!


 我は逃げないぞ! 王家の義務から逃げないぞ!

 本当に尊敬しておったのじゃ! リリアリア王国第三王女エリザベートを尊敬しておったのじゃ。

 学院付属で魔法使えないにも関わらず、公正を信じ魔法が使える貴族どもや先生どもを正すその姿を、うらやましく思ったのじゃ……」


 アンナが再び涙をぽろぽろこぼし始めた。

 身体中が憤怒で震えている。



「……ごめんね」


 エリザベートは立ち上がりアンナをそっと抱きしめた。

 一瞬驚いた表情をしたアンナだったが、なすがままにされていた。


「う、うう……」

「……ごめんね、本当にごめん。

 嘘ばっかりのお姫様で、本当にごめん……」


 エリザベートの腕の中でアンナの嗚咽が続く。



「我は逃げないぞ、逃げないぞ……。

 我が逃げたら誰がエリア姉様を護ってやるというのじゃ。

 この帝国の巫女を、誰が護ってやるというのじゃ。

 ……お姉ちゃんはわたしが護るんだ」


「へっ?

  帝国の巫女?」


 アンナの言葉にエリザベートは目を見開いた。

 その視線はゆっくりと二人を心配そうに見上げているヴァルガンド連合帝国第三王女エリアに移った。


「そう……なの?」


 エリザベートの問いにエリナはこくんと頷いた。


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