第6話 虹色の恩寵

 ――コネリーは後悔した。


「ぬぉぉぉぉぉぉ!」


 高い塀の上を翼を羽ばたかせて精霊獣が飛んでいた。その足に捕まっていたのはルルアリア王国旧王都の修道士コネリー、そしてエルフの女性騎士レイチェル。

 壁の向こうの小道に横たわる旅装姿の女性と近づく刃物を構えた男。その後ろには女性と男がいる。その状況を視認した瞬間、騎士レイチェルは手を離し、さらに身体を宙に晒しながら壁を蹴った。同時に剣を抜く、視線の先は地にいる刃物を持った男だ。

 一方、騎士ではない修道士のコネリーは小道に横たわる女性と近づく刃物を持った男を見ると、ただ単に精霊獣の足から手を離した。後は気合いで自由落下に身を任せた。無謀だった。

 そういうわけで。


 ――コネリーは後悔した。


「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「ああっ、コネリー。

 手を離すのが早すぎだっ!」


 コネリーはずどーんと盛大な土埃をあげて着地した。ちょうど地面に横たわるリリアンのすぐ隣だった。うぬぅぅぅとうめき声を上げて足から伝わる痛みに歯を食いしばり耐えるコネリー。金槌を握る手に力がはいる。頭上には犬のような守護獣が現れていた。

 刃物をリリアンに向けようとした男は突然の来訪者に眉を少しだけ上げたが、衝撃でコネリーがすぐに動けないことを察すると、そのまま無言で歩を進める。


「お前の相手はわたしだっ!}


 宙からのレイチェルの剣先が男の手先を擦る。

 男はそのことを予期していたかのようにすっと身を引くと、もう一人の男のほうがレイチェルに何かを投擲した。リリアンに投げられたナイフと同じ形のものだった。進み出ようとした男の動きはフェイントだったのだ。レイチェルは舌打ちをして身をひねらせて交わした。

 躱すレイチェルの姿を見てナイフを再投しようとする男に矢のような魔法が飛んでくる。男の動きが止まり身をかがめた。


「魔物のようにはいかんでござる……。

 騎士レイチェル! こやつら帝国の兵ですぞ。

 昔、帝国で国境をスキップした時に兵に同じようなナイフを投げつけられたことがあったでござる」


「お前は色々面白いことをしているな……。

 ……なるほど、帝国か」


 二人の男を女性の前に立ち、剣を構えるレイチェル。


「ルルラリアの騎士……?」


 女性が呟く。それに対してレイチェルは眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をする。


「エルフの騎士は人間の下にはつかん。

 教会騎士団のレイチェルだ。……そちらは名を名乗れるか?」


「わ、わたしは帝国……んっ!」


 女性が返そうとした瞬間、ナイフを投げた男の手が彼女の口を力任せに塞いだ。

 男達は無言のままだ。


「……名を名乗れぬのか。ならば騎士団のな名において犯罪者と判断し捕縛する。

 修道士コネリー、派手なのを頼む」


 レイチェルは剣先を男達に向けたままコネリーに告げた。

 言われたコネリーは片眉を上げる。


「……派手?」


「この陰気な通りをお前の力で盛り上げてみせろ」


「おお! そういうことなら得意ですぞ!」


 テンション高く応えるコネリー。そのまま金槌の柄を両手でつかんで、唸るような声で呪文を唱え始めていた。

 レイチェルが対峙している男達と女性はその姿に身構えた。


「見よ! これがあのダンジョン内のライブを虹色に輝かせた

 光の大瀑布でですぞ!」


 予言者の如く両手を高くかかげるコネリー。

 同時に彼の全身から野球のボールくらいの大きさの七色の光の玉が、ぽぽぽぽーんと噴水のように無数飛び出してくる。光の玉は壁に囲まれた狭い通路の飛び越え、空まで埋め尽くそうとする。光の球は雲のように墜ちてくること無く宙に浮いたまま漂っている。その間も光の球はそれぞれの色に点滅を繰り返していた。


「……ただ、ステージ上のリトルフラワーガーデンよりファンが目立ってどうすんだ!

 と後から他のファンから滅茶苦茶ボロカスに言われた禁断の技ですぞ!」


 そこカラフルな光景に戸惑う男二人と女性。


「おい、何をやってる!」


 通りの異変に気づいた街の衛視数名がこちらに向かって走ってくる。


「教会騎士を呼べ!

 こいつら面倒な連中だ!」


 レイチェルの鋭いドスのきいた声に衛視達は通信魔道具を取り出し連絡を始めた。

 その姿に男の一人は舌打ちをした。


「きゃぁ!」


 そしてオロオロしている女性を男の一人が抱えると、そのまま地を力強く蹴って逃亡する。 もう一人の男もその後を同じようなスピードで追っていく。


「対するな! お前らでは叶わん!」


 男二人は通信魔道具を持ったままの衛視達の横を駆け抜けていった。



「……くそっ!

 教会の近くなら教会騎士が最初に来ると思ったんだがな……」



 レイチェルは腹ただしいそうに剣をブンと振った後、鞘にしまった。



◆◆◆


 リリアンは地に横たわっていた。

 彼女の心は、高い壁に囲まれる暗い小道から覗く青空に翼が覆われた時から、その翼から二人の守護者が現れた時から、とても幸福な幻の中にいた。その慈悲深き死神が最後に与える恩寵を、人は走馬灯と呼ぶ。


 幻の中で彼女のは過去の幸せな時間を思い出していた。


 ……まだ教会の学校に通っていた頃、わたしは風邪をひいて熱を出し寝込んだ。

 ママは勤めを休んでわたしに付き添ってくれた。

 すりおろした果実やとびきり甘くて白い飲み物。重く暖かい布団。

 ママからは化粧水の香りがした。濡れたタオルで顔を拭いてくれた。

 優しい時間が続く……。


 ベットに横たわるわたしにママは昔々まだ地上に神様が大勢いた頃の話をしてくれた。

 そのお話の中にはよく天使が使わした強兵という話が出てきた。人が困っているときに、よくわからないけど奇跡が起きて、困っている人を単純な力業で助けて、強兵を使わしてくれた天使を使わしてくれた神様の恩寵ありがとうありがとう……という話だった。大人になったらカチ壊れるままにされる道徳心を優しく慈しむ温室のような、言い換えれば幼い頃の幸せな時間のついでに思い出すようなお話だった。


 まどろみの中で空に翼が天蓋のように覆ったときから、リリアンの心は幼い頃に還っていた。幸せな夢の痕跡がずっとリフレインしている中で、その強兵は空から顕れた。一人は剣を持った美しきエルフ、そしてそのエルフに仲間である猛々しい男。金鎚のような神器をもっていた。


 救われた、とリリアンは思った。


 助かった、ではなく、救われたと彼女は思った。何故か自分が知らず知らずの内に背負ってたものがその神器で打ち砕かれたような気がしたからだ。わたしはこの人を待っていたのかもしれない……。


 周りから虹i色の光の洪水が湧き上がってきた。

 無数の色が空へ空へと舞い上がっていく。


 

 そういえば、昔ダンジョンのライブで七色の色球を魔法で噴出させて運営に怒られていた常連さんがいたなぁ……いつもいる彼のことをわたしたちは何で呼んでたんだっけ……。

 ……ああ「冒険者くん」……だった……・。



 リリアンの意識は色の渦に飲み込まれていった。



◆◆◆


「気がついたか……治癒魔法はかけたが、ちゃんとした治療は教会でしよう」


 リリアンがつぎに目を醒めた時、彼女の顔をのぞき込む美しいエルフの女性騎士の顔があった。リリアンは自分が地に横たわったままであることに気づいた。エルフはゆっくりと彼女を仰向かせた。


 空が綺麗だった。

 空はただ蒼いだけじゃなかった。


 空の青はこんなに優しい色をしていたんだ……。


「顔に土埃がついている。

 顔を拭くぞ」


「あ、……はい」


 エルフの騎士はシンプルなデザインのハンカチを取り出し、ちょいちょいとリリアンの顔を拭いていく。


「おーい、騎士レイチェル!

 シスターとか騎士団とか連れてきたぞー!」


 コネリーが騎士やらシスターやらを引き連れてやってきた。

 

「解毒の応急処置はした。

 まだ熱がある。傷口もちゃんと処置しないとダメだ。

 急いでくれ」


 教会騎士の鎧をつけた女性エルフ騎士たちは担架にリリアンを乗せる準備を始めている。

 シスター数人がリリアンを囲み、脈を計ったり、瞳孔の反応を見ている。


「どんな毒です?」


 リリアンの容体を診ているシスターがレイチェルに尋ねる。


「修道士コネリーは、帝国のヤバい方の兵とか言っていたぞ。

 そうだっだよな? コネリー?」


「……お、おう。

 そうだ、騎士レイチェル。 帝国の正規兵じゃないほうが使う武器を使っていたござる。

 連中は刃に魔物を毒を塗って使うっていう噂を聞いたことがある……お、おおおう?」


 レイチェルから離れてあさっての方を見ていたコネリーは、そこで無意識にレイチェルのう方に顔を向けた。そしてその奥にある土で汚れた顔を綺麗にしたリリアンの姿もあった。


「そう、なら大丈夫ね……早く教会に……え!?なに?」


 ずざざざざっと、コネリーがリリアンの側まで駆け寄る。


「……騎士コネリー、そんなに女性を凝視して大丈夫か?」


 リリアンの顔を驚いた表情のままじっと見ているコネリーに、レイチェルは少しだけ眉をひそめた。



「ゆりぽん……? え? どうして」


「え、冒険者くん……なの? なんで」



 目と目があうコネリーとリリアン。


「ここにいるのでござる?」

「ここにいるの?」



◆◆◆


「な、な、な……」

「どうした副部長?」


 場所はかわってハロー☆マジック店内。


 ラノア王立学院の自主研究サークル「ブラックマジックナイツ」の部長と副部長が来店していた。

 副部長がカウンターで可愛く店番をしているマコトを見つけると「やっほぉぉぉー! マコトちゃーん!」と猛ダッシュで駆け寄った。本能であった。その時彼女は、マコトが朝に不思議な姉妹から買い取ったサインが自動的に書けるペン、通称「サインペン」が記録していたるサインをチラシの裏に大領に書き付けていたのを目にしてしまった。


 副部長はそのチラシを両手でつかみじっと凝視し、ぷるぷると震えている。

 顔色が赤くなったり青くなったりと忙しい。


 マコトは「サインペン」で試し書きするのに飽きてきたところだったので、特に抵抗をしなかった。ついでに言えば、マコトを前にして副部長が不思議な行動をするのは何時ものことだった。


 そんな副部長をやれやれという表情で見ている部長は、副部長がのぞき込んでいるチラシの裏を横からひょいとのぞき込む。


「……?

 はて、このサインどこかで見たことが……」


 部長は顎に手を当てて首をひねる。

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