第7話 王女たち
「な、な……ええー、これ……」
昼下がりの中古魔導具ショップ「ハロー☆マジック」にて、レノア王立学院魔法工学科の学生であり自主研究サークル「ブラックマジックナイト」の副部長、リズ・エアプレイは深刻な表情になっていた。目の前のカウンターには彼女に癒やしをもたらしてくれるはず自称妖精族(本当はマシン・ドール)の少女、マコトがいるのにもかかわらすだ。
彼女が手に取り凝視しているのは、魔法のペンで自動的に書き付けられたサインが、所狭しとと縦横無尽に闊歩するチラシの裏だ。
チラシによるとこの日は鮮魚が安いらしい。
「副部長よ、やはり昼食の鳥の唐揚げを食べ過ぎたのではないか? 追加無料だからと言って、あそこまでがっつくとは……他の部員も引いていたぞ」
そんな彼女に心配そうな顔で気遣うのは自主研究サークル「ブラックマジックナイト」の部長、であり、貧乏下級貴族家の息子であるノルン・ストーンブリザード。
「今日はチートデイ。
……これ以上は殺す」
「お、おう」
副部長の妙な迫力のある冷徹な声に圧されて、部長は魔導具の展示エリアをちらちらと見ている。早く向こうのエリアへ言って魔道具の品定めをしたいのに、目の前の副部長も心配でほっておくことができない、といった風だ、
「マコトちゃん」
「は、はい……」
何か今日の副部長はちょっと雰囲気か違うようだ。あれ、何か怒られるようなことしたかな?とマコトは自問していた。
「これ、そのペンで書いたの?」
「え、はい」
副部長はマコトの手元に転がっているペンをまっすぐに指さした。それに対してマコトはこくこくこくこくとうなずいた。指さす副部長の顔が今までに見たこともない、闇の中で獲物を探す獣のような非常に怖い顔をしていた。
あれ?……たまにこんな顔で迫ってくることもあるか……。
「そうなの……売り物?」
「え、まぁ……そうなるかなぁ、と。
今日買い取ったばかりなんで……いまは検品中……みたいな」
買い取ったペンで遊んでいただけなのだが。
「仕入れじゃ無くて、買い取り?
それ売ってきたの大人の男、女?」
ずずずいとマコトに迫る副部長。
がしっと彼女はマコトの両頬を両手でつかんだ。
「い、いえぇ……二人の子供ですぅ……」
「……やだ、マコトちゃんって本当に甘い香りがする……
じゃなくて! 子供? どんな?」
ぽろっと本能の声が漏れたが副部長はさらにマコトに詰め寄る。
迫る一方で、手のひらでマコトの頬の感触を楽しんでいることを部長は見逃さなかった。やるなこの女……俺でなければ見逃すところだった、と彼は思った。
「ふ、ふたりですぅ。
薄い金色髪と黒髪の子供がふたり……
どこかの良いところの子供?……ケンイチみたいな仕立ての良い服を着てたし」
「ええっ! それ本当! 本当なの?!マコトちゃん!」
「ひょ、ほんとうですよ……。
いまスタッフルーム奥の部屋で寝てますよぉ……」
「……」
副部長は目を見開いたまま無言になった。
ふぅー、ふぅー、と興奮した鼻息をたててマコトの顔をつかんだままじっと見ている。
「衛視隊に通報、と」
ぽそっと、店の出入り口から声が聞こえてきた。
「「「!?」」」
全員の視線が出入り口に集まった。
そこにいるのは通報メールを配達鳥についばみさせようとしているミツキがいた。旧王都風俗街を仕切る「女王」の娘である。少し大人びた顔つきを持つマコトと同じテーンエイジ入りたての少女で、服装はシンプルなデザインのブラウスと紺色のスカートだった。
確かに、女性がカウンターの少女の顔をつかんで顔をつかんでいる光景は、無理矢理女の子にキスを迫っていると見られても仕方が無い。
「ま、待って。通報しないで!
これ! 王国とか帝国の一大事だから! これ、めちゃくちゃヤバい状況なの!」
我に返った副部長はミツキに向かって手をぶんぶん振って否定した。
「「「は?」」」
部長、マコト、ミツキの視線が今度は副部長に集まる。
「……え、えー……。
……リズ、それマジなの?」
とぼけた表情のまま部長が副部長に尋ねる。
副部長はイラッとした表情を返す。
「そうよ! だからわたしはスタッフルーム奥に寝ている二人が本当に帝国の王女なのか、確認するために仕方なく寝顔を確認しなくてはならないのよ……! そう確認なの!」
確認確認と呟きながらスタッフルールの方へ駆け出そうとする副部長。
「え? 帝国王女?
……いや! 待て! ステイ! 副部長! 邪心が先走っているぞ!
ふごぉ!」
そんな彼女を後ろから羽交い締めにする部長。
ばたばたと暴れる副部長のエルボーが部長の横腹に入った。
◆◆◆
「うう……どうしてこんな目に」
「我慢してくれ、副部長」
副部長の後ろを歩く部長の手にはロープが握られていた。
ロープの先は彼女の腰にベルトのように結びつけられている。
「そうです、我慢してください」
ミツキは視線をちらりと左に送って、そうきっぱりと言った。
副部長の右手左手にもそれぞれロープが結びつけられ、その端をミツキとマコトが持っていた。完全に猛獣の扱いである。
店のスタッフルームの扉を開けると廊下があり、4人はそこを歩いていた。廊下の一方は窓ガラス窓が設けられておりそこから中庭の様子が見れる。廊下は窓からの光が差し込んでいた。事務室やら倉庫兼作業室に通じるドアを通り過ぎると、ゲストルームとして使われている部屋があった。偶にエルフ騎士のローラン先生やミツキが泊まることぎある。キッチンやマコトや店主のカレンの寝室は更に奥にある。
「しくしく……わたしはただ小さくてカワイイ子が好きなだけなのに」
「気持ちは分かるが……」
市場に送られる子牛ドナドナのごとく副部長の欲望の吐露に同情する部長。
マコトはコイツにもロープを付けておくべきだったか?と思った。
マコトはゲストルームの扉をコンコンとノックした。
<なに用じゃ?>
扉の奥から声が聞こえてきた。二人のうち黒髪の少女の声だ。
起きていたのか……との副部長の悔しそうなつぶやきについては誰も聞えていないフリをした。
「あ、あの-、
当店で売っていただいたペンについてお聞きしたいことがありまして……」
<……吹き飛ばしてもよろしいか?>
物騒な声が返ってきた。
「へ?」
「……マコトちゃん、魔法反応があるわ。
この中の人、今発動準備している……!」
戸惑うマコトにミツキが耳打ちをする。
<待って、アンナ。開けても大丈夫……。
……だって、そこにいるの>
がらがらがらがら、とゲストルームのスライドドアがゆっくりと開く。
その隙間から黒髪の少女が覗いている。
「あっ。……エリザベート様」
その視線が副部長を捉えた。
スライドドアが勢いよく開かれた。
「……あ?」
帝国王女カレンの開かれた視界に入ったのは、両手首と腰に縄が付けられ捕縛状態の女性だった。困惑した黒髪少女に副部長はたはははーと困ったような笑みを返した。
「……しばらくした後で、もう一度開けますわ」
「……ありがとう」
からからからから、ぴっしゃんと扉が閉まる。
副部長は下を向いてぷるぷると震えていた。
「……ノルン、これ、ほどいて。
なんか急に恥ずかしくなってきた……」
「はいはい」
部長が副部長のロープを全部外すと、彼女はすーはーと深呼吸をする。
そして自分の両頬をぱしりと叩いて気合いを入れる。
「よし!
マコトちゃん、ノックお願い!」
「え、はい」
色々と疑問符が浮かぶ状況だかとりあえずそれらは一旦棚の上におき、マコトは再びこんこん、と扉をノックする。
「……なにかご用か?」
がらがらがらがらとスライドドアが開いた。
黒髪の少女がこちらをじっと見ていた。その後ろに薄い金髪の少女がいる。
副部長はふんわりと顔に気品高い笑みを浮かべた。
マコトとミツキは目を見開いた。この人こんな表情もできるんだ……。
「ヴァルガンド連合王国王女、エレナ様とアンナ様とお見受けします。
わたしはリリラリア王国の第三王女エリザベート。
少しお話をしてもよろしくて?」
「「はい、アウトー」」
「え?」
副部長のそれぞれの腕をつかんだマコトとミツキが、二人の帝国王女から距離を離すよう後ろに引き下がらせる。
「え、ちょっと待って」
「ダメですよ。いくら自分の欲望ためでも王族だなんて身分は偽っては。貴族ってだけでも面倒くさいのに、新王都引きこもりの王族だなんてもっと面倒くさいに決まってるんじゃないですか?不敬なんとかで捕まります」
「今の行動はシスターがする知らない人についていっちゃいけない話の時の、典型的な変質者の行動だよー。 あなたのお父さんの知り合いですとか、実は自分は高貴な身分だけどちょっと困っているからこの馬車に乗ってくれないか?ぐへへへ的な」
ミツキとマコトに詰め寄られて、戸惑う副部長。
「いや、その……
わたし一応、いや本当にこの国……リリラリア王国の第三王女だから……」
「ああ、まだ役に入ったまま……部長さん!
これ元に戻らないんですか? 同じ貴族なんだから解るでしょ?」
「それは難しいと思うぞ」
三人がわちゃわちゃしているところに、帝国王女の一人――アンナが近づいてくる。
「あの……お取り込みの中失礼じゃが……」
「あああぁすいません。すいません。
この度は我が国のバカ貴族がふざけたことを申し上げまして。
この人は本当はいい人なんです。少しだけ変質者なだけで……。
このとぉーり!、このとぉーり!」
マコトはカレンの前でへこへこと土下座していた。
「妖精族に土下座される日がくるとは……」
アンナと呼ばれた帝国の王女は、困った顔をしながらもどこか楽しげな副部長の顔を一瞥した後に口を開いた。
「いや、その……ヴァルガンドの我が言うのは筋違いかもしれんが、
その方は正真正銘のリリラリラ王国の第三王女、エリザベート殿であるぞ」
「「ええっ」」」
マコト、ミツキが副部長のほうに視線を向ける。
副部長――リリラリア王国第三王女エリザ―ベート・イエロースター・リリラリアは、たははと困り顔で笑っていた。
「だからそう言っているでしょ……。
わたし、高貴なる現役王族の一人だって。もぉー」
困り顔をキープしたまま彼女は詰め寄ってきたミツキをこれ幸いとぎゅっと抱き寄せた。
ミツキはふぎゅーと声を上げる。
信じてもらえなかった方が王室の尊厳は守られたかもしれない……と部長は呟いた。
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