第3話 壁と屋台
観光者向け桟橋に竜便からの小型船は横づけられた。
船員は慣れた感じで桟橋上の作業員にロープが投げ渡し、受け取った作業員はこれまた慣れた感じで係留杭にロープをかける。小型船に踏み板がかけられ。乗客がぞろぞろと降りていく。
リリアンもとっとっと、と乾いた板に靴底が触れる音を鳴り響かせながら下船した。
「はぁ……」
そして見上げる。
遠くに一つ上に飛び抜けた古城の塔が見えた。
背後にはゆったりと満ち引きする波の音が聞こえる。そして海鳥の声。汽笛の音。
潮風が鼻をくすぐるなか、海上のドラゴンがぬごぉーと鼻を鳴らす音も聞こえた。
港を荷物か担いであるく犬系の獣人があくびをした。
長閑である。
同じ船に乗船していた王宮関係者はリリアンのそばを通り過ぎて、町の方へと消えていく。 それぞれの任務があるのだろう。
リリアンは再度、自分の内ポケットに入っている侍従長からの手紙の存在を確かめた。
この手紙をこの街にいるジョージさんに届けなければならない。
「……行こう」
リリアンもその足を出入国ゲートの方へと向けた。
◆◆◆
「修道士コネリー、その……屋台から作る必要はないのではないか?
どこからか借りればよかろうに。
商店街の出し物にすると言えば、貸してくれるところがあるのではないのか?」
日は頭上に高く上っていた。
場所は教会管理棟裏の建物と高い塀に囲まれた何もない庭だ。この塀はかつての王都攻防戦時に構築された防衛用のもので、無駄に丈夫なのであるため今もそのままになっている。
とんとんとんと、金槌が釘を打つ音が鳴り響く。
「ふぅ……、
いやいや騎士レイチェル、拙者は自分の舞台で戦いたいと思っておるだけですぞ。
我が焼きそばを焼く場所はやはり、スペシャルな屋台でなくてはいかんのでござる。
なにしろ、これは火力が違う」
「よくわからんが、そういうものなのか」
普通の屋台よりもパワフルな火力を持つ屋台は、水分量が異なる様々な具材を混ぜ込むコネリーが望む焼きそばには必要だった。火力が強ければ水分量の多い具材も扱うことができる。結果として、具材の幅が広がる。
「これを作っていると帝国を旅していた頃を思い出すでござる。
旅先で屋台の修理と手伝い、たまに魔獸を狩って材料確保するなど……
まぁいろいろひどい目にあったが楽しかったでござるな」
「魔獸を狩ることをついでみたい言うではない……」
食料になりそうな魔獣とはそう簡単に狩れるような、か弱いものではない。
「店主に頼まれてしまったのだ。
義理もあるし断れきれなかったでござる」
「いやそういう意味ではなくてな……まぁいい。
そういえばお主、帝国を旅をしていたようだが
何か目的でもあったのか? 聞くに冒険者をしていたわけではないようだし……」
そこで金槌の音が止まった。
「……天使に会うためだ」
さして再び、とんとんとんと金槌が釘を打つ音が再開する。
「ほぉ!
それは……ううむ
……それは、人間には難しいだろな」
「……?」
「精霊なら会わせてやることもできるのだが……。
しかし、修道士コネリーにそんな顔をもつとは意外だったな。
して……その天使の名は? 異端の存在でも私は気にしないぞ」
「騎士レイチェル……?」
「ああ、言いたくないのなら言わなくてもよいぞ。
……好奇心が過ぎると昔から注意されていてな、すまない」
普段の口調とは打って変わってレイチェルの饒舌になる。
彼女の好奇心に大ヒットしたらしい。
「いや、別に言ってもかまわないが」
「そうか!
では聞かせてくれ!」
レイチェルの鼻息が荒い。
「『リトルフラワーガーデン」の『ゆりぽん』。
……キャッチフレーズは『地獄の底でも花を咲かせます。』」
レイチェルの鼻息がすっと止まった。
「……ん?」
「拙者が追い求めていた天使の名……だ。
もはや遠い青春の一ページの存在になってしまったが……」
「……、
すまない。ちょっと臭い科白で誤魔化されそうになるが、
それはどこの国の宗教の天使だ?
……まさか、新しい宗教を興したというのか?」
「知らぬか。まぁあんまりワールドワイドに売れていたとは言えないからな
ヴァルガンド連合帝国のアイドルだ」
「人間……だよな?」
「ヒトに天使が舞い降りた……我々はそう認識している」
「神憑き……シャーマンか。
ああ、巫女は確かに慕われる存在になるだろうな……」
「いやいや、『ゆりぽん』はアイドルであるぞ」
「すまぬが、わたしの思う『アイドル』とは
ステージで歌って踊って、握手会で顔色変えず大量の猛者をさばく職業だが
合っているか?」
「少し偏見が入っているが
大体合っているぞ」
「……貴様、
帝国でアイドルの追っかけをしていたのか?」
「我が押さなければ誰が彼女を押すんだと思っていたござる……、
我ながら自分の若さと思い込みが怖いでござる」
「ま、まぉ!
夢中になれることがあることは良いことだと思うが……
そうか、コネリーはアイドルの追っかけをしていたのか。
……想像できすぎて、逆にリアリティがないというか」
「リトルフラワーガーデンのライブに参加するために
ダンジョンの奥にまで潜ったことがあるでござる……」
「帝国のアイドルとはすごいのだな」
「今から思うと、
リトルフラワーガーデンの運営はかなり頭がおかしいかった……。
どんなところでも我々が参加するので、
向こうも意地になったのかもしれないでござる」
「あー、帝国での旅を終えたのも
それ関係か?」
「……なんも前触れもなく『ゆりぽん』が引退したでござる。
卒業ライブもなく、ただ通知だけでいなくなったでござる」
「まぁ……よくある話かもしれないな」
「よくある話でも実際に自分の身に降りかかると
……かなりのショックだったでござる。
あの時に教会長に会っていなければ、
いまごろ何をしていたのか想像もつかないでござる」
そこで金槌の音が止まった。
「ところでな、修道士コネリー」
「なんでござるか?」
「なぜわたしから目をそらし続けるのだ?」
屋台を小さな椅子に座りながら作っているコネリーのすぐ隣で、エルフ族の女騎士レイチェルは、彼の横顔を見ながらずっと話をしていたのだった。
彼女は他のエルフ族と同じく透明感あふれる瞳を持つ美人さんだった。
「そこを突っ込むのはご無体でござる……。
別に騎士レイチェルは嫌いではないのだが
美人と目を合わせるのは苦手なのでがござる……」
コネリーの告白にレイチェルは破顔する。
そして彼の背中をばしばしと叩く。
「ははっ!
そうか! そうか!
顔ならじっくり見てもかまわんのだぞ。
何事も慣れは大事だ。わたしの顔ならいくらでも貸すぞ!」
「痛い、痛いでござる……」
その時、レイチェルの耳がピクリと動いた。
「騎士レイチェル……?」
ただならぬ雰囲気を感じて、コネリーは思わず彼女の方を見てしまった。宝石のように綺麗な横顔だった。
腰に下げられた剣とその鞘の存在を片手で確かめながら、口に手を当て静かにしているようにとコネリーに無言で伝えた。コネリーも彼女のシリアス面持ちにこくりとうなずく。金槌を持つ手に力が入る。
レイチェルは微かな足音を捉えた。不安定な足の音、どうやら負傷しているらしい。そしてそれと重なり合うような別の足音。その足音に金属音が混じる。
「誰かが追われている?……壁の向こうか!
近づいているぞ!」
レイチェルは壁を見上げ剣の留め金を外した。同時に空いた片手で魔法を発生させる。
頭上から大きな翼を持つ鳥形の精霊獣が呼び出さた。
「まずいでござる。
あそこは行き止まりでござるぞっ!」
コネリーは椅子から勢いよく立ち上がった。
「精霊の足につかまれ!
相手は一人じゃないぞ。コネリーの腕も必要だ」
「……あんまり役に立つと思えんが、しかたあるまい!」
翼をはばかたせて宙に浮かぶ鳥型精霊獣の足にレイチェルとコネリーは捕まった。
コネリーの翼をつかんでいない方の手には金槌が握られていた。
二人の身体がふわりと宙に浮く。
「修道士コネリー……お前に一人精霊獣をつける。
役に立つはずだ」
レイチェルはそう言って、自分の唇とすっとなぞると手についた口紅を使ってコネリー額に印をつけた。
「おっ……?」
コネリーは危うく金槌を落としそうになった。
翼を持つ精霊獸の足に捕まり、高い塀を飛び越える二人。
塀の向こうの小道には地面に苦痛の表情でうずくまる女性――帝国王女付きのメイド。リリアンがいた。
地面の彼女に近づくのは女一人と男二人。男の手には光る短剣があった。
レイチェルはその状況をみて迷わず精霊獸から手を離し地面に飛び降りた。
それにつられて、コネリーも飛び降りたようと手を離し――後悔した。
手を離すタイミングが高すぎるような気がした。
◆◆◆
時関はまだ日が頭上に上がる前に戻る。
「え、ここじゃない……?」
リリアンの目には何もない大通りが広がっていた。
リリアリア王国の旧王都に着いたリリアンは「ジョージ」を捜していた。
しかし侍従長から口頭で聞いたジョージの住所には何も無かった。老人から住所を聞いた場合、区画整理などで変わる前の古い住所のことが多いことが多い法則が見事実証されてしまったのだ。
余談だが「ジョージ」の住所というのも侍従長がようやく得た情報だそうだ。「あいつは今もワシを警戒して住所をなかなか教えてくれん」とのことで最新の住所は侍従長でも知らないようだ。本当に戦友か? いやまぁ、戦場で相まみえた仲なのだからそういう心理が働くのも無理はない。ただそれも30年以上前の話だ。それくらい良いじゃないかと思う。
現在の帝国とルルラリアの王国国境線が定まった後に生まれたリリアンにはそのあたりの機微がよくわからない。
侍従長は「もし迷っても商店街の誰かに聞けば教えてくれる」と言っていた。
リリアンは色々奇妙なものが色々売っている旧王宮前の商店街をぐるぐると廻った後、比較的入りやすい「アツシ喫茶館」と看板が掲げられた軽食喫茶の扉を開けた。
彼女はこのあとの行動を、後から少しだけ後悔した。
彼女はこの街には「ジョージ」という名の多いだろうから、もっと詳しく彼の特徴を伝えねば、と無意識に思ってしまったのだった。
さらに、すでに彼女の脳内には侍従長から聞かされた「ジョージ」のイメージがこれでもかというくらい逞しく育っていた。
――老人は昔の話をとかく盛りがちである。
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