3 帝国からの団体様

第1話 王女脱走

 朝の澄んだ空気の上には青空が広がっていた。


 ルルアリア王国の隣、帝国――正式にはヴァルガンド連合帝国の朝は早い。


 王宮の長い長い廊下をこつこつと歩く一人のブルネット髪を結い上げたメイド。名をリリアン・ダイクンギアと言う。中堅貴族ダイクンギア家の末娘である。

 彼女はこのヴァルガンドの帝室の王女付きメイドであった。背をすっと伸ばし、上半身をぶれること無く歩く姿はランウェイを歩くモデルの様である。

 彼女はある豪勢な飾り付けられたドアの前に立った。そしてふぅと息を吐いて心を落ち着かせた後、コンコンとドアをノックした。


「エレナ様、アンナ様、朝でございます。

 朝のお着替えをお手伝いに参りました。

 ……失礼させて頂きます」


 メイドは足と腰を軽くストレッチしたあと、軽く二三回ジャンプして――動きの軽さから見て高い身体能力を持っているようだ――「よし!」と気合いを入れた後、元のびしりとした姿勢に戻る。

 そしてドアを静かに開ける。

 リリアンの耳は微かな音を捉えた。


「はい、残念……」


 上半身をさっと動かし前からの飛翔物をかわす。交わされたソレはそのまま廊下の側壁にベチャリと張り付いた。どうやら青色のスライム状のなにからしい。こんなものが顔面に張り付いたら朝からブルーになることこの上なしだろう。

 その後も次から次へと四方八方から飛んでくるスライムもどき。メイドはそれつまらなそうな表情でかわしていく。物にぶつかったそれはべちょり、ぬちゃり、ぐちょ、と縫って不快な音を立てる。


「姫様、また昨日すぐに眠らず

 こんな仕掛けをお作りなさっていたんですか? また王様やお妃様に怒られてしまいますよ」


 メイドは執務室をつっきり、そのまま寝室へと向かう。

 そして立ち止まりもせずにそのままドアを開けて部屋の中に入る。


 「……起きてください、エレナ様、アンナ様……?」


 メイドは寝室真ん中の大型ベッドに異変を感じた。人のいる気配が無いからだ。

 彼女は慌ててベッドのシーツをめくりあげると、そこには丸めたクッションと一枚の写真があった。眠っているはずの王女達がいない。


 写真に写るのは丈の短いドレス風のコスチュームを着て、あざといスマイルを浮かべたステージ上の少女だった。


「なっ……」


 メイドは精神的なダメージを負ったらしくその場に崩れ落ちる。

 震える手でその写真をつまみ上げると、その下に一枚の紙が折り畳められていた。


「……?」


 メイドはそれを広げた。


 

 ごめんなさい。

 リリアリア王国へ行ってきます。

 あそこへ行けば本当の自分に会える気がするの。


                 エレナ

                 アンナ



「えっ……自分探しの旅……?」


 

 リリアンが王女達が寝室から消えたことをメイド長に慌てて報告したのは、それからしばらく経った後だった。



 ◆◆◆


「なあ……」


「うん?」

 

「ケンイチよー、俺この前、旧のほうの王都にいったんだけど……」


「へぇー、うちに来ればよかったのに」


「お前……女の子連れてたよな……同い年くらいの……」


「……!」


 ここは新王都にある王立学院付属学校の食堂。時間は昼時。

 ケンイチはミツキやマコトが通う旧王都の教会になる学校には通っておらず、クソ生意気にも新王都にある王立学院の付属に通っていた。制服のない教会の学校に比べて、この付属には学院の制服がありブレザー型のものが採用されている。

 ケンイチとその周りの男子生徒はまだ着慣れない中等部の制服を着ていた。


「女の子……?」


 ケンイチは空になったコップをテーブルに置く。

 彼とその両隣に並んでテーブルに座っている男子生徒は、昼食の真っ最中であった。それぞれのプレートの上に並べられた食事をのんびりと食べている。簡素な服をきた給仕員が空いているケンイチのコップにミルクを注いていった。


「ケンイチくんは裏切り者だったんですねー。

 学院じゃまったく女の子に縁がない感じなのに……そういうのも全部フェイクですか」


 反対側の男子生徒から怨嗟の声が出た。


「いやいやいやいや、

 なんかの間違いだろ? 俺が女の子と並んで歩いてるなんて……あ」


 ケンイチは途中で言葉を切った。

 旧王都でケンイチが女の子と並んで歩いている――いろいろと思い当たることがあるからだ。ただしそれは、男子が羨むようなものではない……と思う。


「ケンイチよ、おまえ噂がたってるんだぜ。

 学院じゃモブレベルの男が、地元じゃブイブイ言わせてるって」

「ブイブイってなんだよ」

「女の子をとっかけひっかけして、

 そりゃもう……致しまくりよ」

「はぁ?」


 ケンイチはコップのミルクを少し飲んで、気を落ち着かせた。


「濡れ衣だ……」


 さらにもう一口、ケンイチはミルクを口に含ませる。

 一体誰だよ……?


「で、旧王都でみたケンイチと並んで歩いている女の子って、

 どんな感じだったんですか? ダニエル」

「おう、それがよー……、

 俺始めてみたよ……妖精族の女の子」


 ぶふぉっ、とケンイチはミルクを吹いた。

 そして咳き込む。


 他のテーブルの生徒がそんなケンイチの様子を見てざわつく。


「よ、妖精族ですかっ!

 僕、そんなの映画とか物語とかでしか見たことないですー!」

「それがよー、ものすげー可愛かったんだぜ」


 給仕から布巾をうけとり、テーブルを散らばったミルクを拭うケンイチを無視して、両隣の男子生徒は話が盛り上がっていた。


「うわぁー、一度見てみたいです。

 王都は人間ばっかりですから、異種族の女の子なんて憧れるなぁ……」


「新王都からだと、魔導エンジン付きの高速列車でも3時間ぐらいかかるんだっけ?

 ソルも王都に行ってみればいいじゃん?」


「いやぁ……僕みたいな歳だとパパが許してくれるかどうか……」


「んん、俺も兄貴に付いていっただけだしな……。

 もうちょっと自分で自由になるお金が多ければ」


「僕達のような貧乏貴族じゃ……お小遣いも期待できませんしねぇ」


 二人はうんうんとしみじみと頷きあった。


「あのなぁ、マコトはそういうんじゃなくて……

 昔からの友達っつーか……」


 拭き終わった布巾を給仕員に渡すと、ケンイチはプレートの中の食事をつっつきながら言った。


「よ、妖精族の女の子と、

 幼なじみっ……!」

「それ、物語の主人公ポジションじゃん……。

 小さな村に住む少年が森に住む妖精族の女の子と友達になるって

 これだけで物語何杯もいけるって!」


「何杯もいけるって何だよ。あと俺都会っ子だよ!

 あー……」


 ケンイチはなんとか話の向き先を変えようと思案した。


「いやマコトは……俺がよく行く中古魔道具屋の店長の妹で……」


 そして、彼はあえて店長の性別種別を言わずに話を進めることにした。店長の話でその場を埋めようとしているのである。小狡い男だ。


「……中古魔道具店『ハロー☆マジック』の店主、カレンさんですね。

 妖精族の女性で、歳は……不明ですね。

 まぁ、ケンイチさんより年上であることは間違いなく――」


 ダニエルの隣にプレートをテーブルにタンと置いて席につく初等部の制服を着た少女。

 ふんわりとした柔らかい髪が揺れた。


「シャルル、まーた一人で食事かー?

 友達がいないのか? お兄ちゃんは心配だぞー?」


 ダニエルは隣に座った少女に向かってそう誂う。


「ご心配なく。

 今日は友だちが休みなのです」


 兄であるダニエルのほうに視線だけむけて返答する少女。


「そっか……ケンイチは年上狙いだったわけですね。

 姉とつながるためにまずは妹と仲良くする……」


 ソルは顎に手をあててうむむと唸る。


「浅はかですね……絶対、策に凝りすぎて失敗するパターンじゃないですか」


 そしてやれやれと、頸を振る、


「いやソルさぁ、

 俺はマコトもカレン……さんも、そんな関係になりたいわけじゃなくて……」


 否定しようとするケンイチ。言葉遣いが子供のそれではなくなっている。


「あと、ケンイチさんはエルフの女性騎士とも仲良しですね」


 そこにカウンターとして入るシャルルからの情報。


「エルフだと!」

「エルフ……ですかっ!」


 それに食いつくダニエルとソル。

 席から立ち上がってケンイチに詰め寄る。


「それとケンイチさんをお世話するメイドが最近付いたようで

 さらに旧王都の夜の街を仕切る一家のお嬢さんとも仲が良いらしく……」


 シャルルの情報の連打が続く。


「メイド?! 個人付きのメイド?!」

「あああ……ちょっと危険な香りがする女の子とまで仲良しなんて……。

 ケンイチくんは僕達が知らない間に大人の階段を駆け上がっていたのですねっ……!」


「メイドのクリスティアならこの前、お前ら俺の部屋に来たときに見ただろっ!」


 たまらず自分も立ち上がるケンイチ。


 その時、椅子から立ち上がり騒いでいるケンイチ達三人に周りの視線が集まっていることに気づいた。三人は、下層カーストの生徒らしくしずしずと席に座った。


「ケンイチさんには、今、この学院中から注目が集まりつつあります」


「え、シャルルちゃん、

 何で?」


 そこで始めてシャルルはケンイチの顔を見た。


「学院では存在感のない男子生徒が

 地元では妖精族やエルフの女性のような高貴な種族と仲が良いというのであれば

 注目が集まって当然でしょう」


「そ、そうなのか?」


「あと、ケンイチさんの実家はここ新王都では知名度はさっぱりですが

 この国の上から数えたほうが早い大きさの商会ではありませんか。

 『ひょっとして凄い奴かもしれない』と思われるのは当然でしょう」


 新王都でのケンイチの実家であるゴエモンヤ商会は、競合店ががっちりとスクラムを組んでおり知名度はイマイチであった。それを何とかしようとケンイチの父親は息子を新王都の王立学院付属に入学させたのだ。せめて知名度を東京におけるセイコー○ートレベルまで上げたいのである。

 ケンイチはその父親の気持ちがよくわかっていた。


「女子ネットワークの中では、ケンイチさんのことが密かなブームです」


「……それって、それほど話題になってないっていう意味なんじゃ……」


「いえそうではありません。

 ケンイチさんの交友関係が実際に噂になっており、それは皆さんの好奇心を誘うものです」


 シャルルはコップを両手で持って一気にその中身を飲んだ。

 そしてテーブルに空になったそれをダンと置く。


「……言うなれば、学院においてケンイチさんにモテ期が来ているのです」


 シャルルのその言葉を聞いて、ケンイチは天を仰いだ、

 食堂の天井には天使たちが描かれている。天井が高いのでよく見えないが。


「俺に……モテ期が……」



 ◆◆◆


 さて、その頃の旧王都にある中古魔道具ショップ『ハロー☆マジック』では、またしてもマコトが一人で店番をしていた。学校の授業は午前中に終わったのだ。


「今日は暇ですね―」


 と、書棚の魔道書が話かけてくる。


「そうだねー」


 店のカウンターにぼけーと座っているマコト。


 その時、出入り口横につけられた機械鳥の口がぱかっと開き「ちりんちりん」と言った。 来客である。


 ドアを開けて入ってきたのは、白髪に近い金髪の少女と、しっとりとした黒髪を持つ少女だった。どちらも腰までの長い髪だった。

 ふらふらふらふらとなんだか足元が怪しい。マコトはちょっと身構える。


「ここは魔道具の買い取りもやっておるのか?」


 黒髪の少女が尋ねる。


「ええ、まぁ。

 鑑定できるものなら……」


「ではこれを」


 少女はがちゃりと、一本のペンをカウンターに置いた。

 なかなか凝った装飾が施されている。


 マコトはちらりと書棚の魔導書を見た。

 魔導書は何も言わない。鑑定できる、との意味だった。


「支払いはルルラリア王国の通貨で頼む。

 あと、代金から差し引いても構わぬから休息用の部屋を貸してくれぬか……」


「は?」


「夜行バスは……

 ね、眠れないのじゃ……」


 その少女の顔は疲弊していた。


 マコトは引いた。

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