第8話 そのドアを越えていけ 4
マコト達により封じられた休憩室のドアの前ではカレンが頭を抱えていた。
「むむむー、考えろわたしー。
この難局を乗り越えるほうほうーはー」
その後ろでリズ副部長がぽんと手をうった。
「あ、で、でももうエッチな映画はもう終わるんじゃないかなー、
ほ、ほらー、なんか凄く盛り上がって……静かになっていた……し。
映画が終われば、自然と……」
「……いや、一般的なフォーマットを考えれば
その盛り上がりはあと二、三回くるはずた」
部長はドアを凝視しながら副部長の意見を否定した。
その姿を見て、リズ副部長と女子部員たちがひそひそひそひそ話し合っている。
やっぱり部長って……。魔法にしか興味ないと思ってたかど……やっぱり大量に……。
部長は眉間に指を押し当て、ストレスによる頭痛を抑えていた。こめかみぴくびくしている。
あたし最初からあの面構えはムッツリだと思ったんだよね……。集めてるジャンル何だろ、おっぱい大きいやつ?癒やしが欲しいって独り言いってたし……。ええ、もっと幼いのが好きなんじゃ……。
いつの間にかカレンもそのひそひそ話に加わっていた。
「俺のことはどうでもいいだろっ!今は……!」
「そうだっ! マジックミラーだっ!」
部長とカレンが同時に叫んだ。
「あ?」
「マジックミラーだよ、マジックミラーっ!
対象に干渉せずに安全圏から観測できる夢の装置、その名はマジックミラーっ!」
「あー、隠し部屋とかにあるあれ?」
副部長は指をぴんと立てて頷いた。
「そうさ、このドアにマジックミラーを取り付けて、
……覗くのさ」
「おおう!」
カレンの提案に副部長は興奮する。
「覗くたって……その、もしも、その、なんだ……色々とマズイ状態になってたら……どうするんだ?」
部長はすでにドアな向こうに乗り込んでどうにかする気は失せていた。いろいろとハードルが高すぎる。
「……成敗する」
「何を!?」
カレンは休憩室のドアの前に立つと両腕をばっと広げ、高らかに謡うように声をだした。
「さあさお立ち会い、
この世界の数少ない形而上工学者であるわたしが奇跡を成し遂げよう!
目の前のドアをこちらから透けて見えても、向こうからは何も見えない
かの世界の至宝、マジックミラーに
いざ、顕在あれ!」
ぽわぁん、と音がして目の前のドアが透けた――。
◆◆◆
透けたドアの向こうには、マコト、ケンイチ、ミツキの横顔があった。
身動きせずにじっと画面を見ている。
「よかったぁー、マコトちゃんの貞操は無事だったみたいだぁー、
……あー、もうちょっと観察してみるかー」
カレンは床に座り込む。
「ほわー……、男の人ってあんな風になっちゃうんだ……」
「あの体位は訓練した男優さんだからできるものです。
普通の殿方にあれを要求しては駄目ですよ」
「ほぇー、勉強になります」
「若いころは色々無茶しますからね……お気をつけて」
部長の隣では、ドアから透かし見る休憩室の画面内にうつるドスケベ画像について副部長がメイドのクリスティアからレクチャーを受けている。部長は、この研究室が穢れていく……と呟いていた。
「ほほー、あーゆうの見るときも色々と癖がでるんだねぇー。
ほらほら、ミツキちゃんを見てみー、
顔を両手で隠しちゃってるけどー、あれ指の隙間からガン見してるよね?
もう、すっごい見てるよね」
「あー、興味あるけど直視はできないんですねー」
ミツキはインタビューまでは耐えられたようだった。その先は羞恥に耐えられなかったようだ。
副部長はカレンに持ってきた椅子に座るよう勧めた。カレンがその椅子に座ると、副部長もその横に椅子を置き、そこに腰を降ろした。
「いやー、ミツキちゃんは一見真面目そうな感じだけど
そういうことには無茶苦茶興味がありそうな感じがまた……」
「同じムッツリでも部長とは可愛げが全然違いますねー」
カレンと副部長の会話に部長は机を拳で叩き抗議する。
「さて、マコトちゃんですが……これは、
画面に対して前進守備の構えでしょうか?」
「すこしづつ前のめりになってますね……真摯な瞳で画面の全てを収めようするスタンスですね。
この子犬がエサを目の前にして飼い主から待てと命令された時のようなじりじり感、
……かわいいですね」
うんうんと頷き合う副部長とカレン。
「さて、ケンイチ君の反応は……」
「あれ?」
「……これは意外。微動だにしていない」
ケンイチは椅子の背もたれに身体を預けたままだった。視線は画面を見ているが、そこに意識はなく別のことについての物思いに耽っているようだった。
「と見せかけたフェイント……ではない、
何もしていない! 何もしていない!
これは一体……」
「これは意外な展開だー」
「こういう時は常にトップを争うのに……」
「お財布さん……今日は調子がわるいのかな?」
「ちょっと音声を拾ってみましょうか? えいっ」
カレンは指をパチリと鳴らした。
《ボクは、ボクは……何を失ったのだろう……》
いきなり悲愴な声が聞こえてきた。
「ま、マコトちゃん!?」
《いつだって一緒だった、
いつだってボク達は離れないと思っていた
いつまでもそばにいると思っていた。
……そんな時間がずっと続くと思っていたんだ、……あはは、おかしいね。
――永遠なんてあるわけないのに》
マコトは涙をテーブルに落とした。
その視線の先は自身の下半身。
《どこで間違ったのかな……
キミがいなくなっても、ボクは強く生きていけると思ってた、
……でも、そうじゃなかった。
周りはこんなに盛り上がっているのに、ボクは寂しいよ……キミの不在がどんどんどんどん心の中で大きくなっていくから……。
ここはキミと一緒にいるべき場所なんだ。
キミと一緒じゃなきゃダメなんだ。
――キミがいないとボクはなにもできない……!》
ぽたりぽたりとテーブルに落ちる涙の数が増えていく。
「ううっ、マコトちゃん可哀想ー」
その姿を見てカレンはざめざめと泣いた。
ちなみに、マコトの身体をああいうふうにしたのはコイツである。
《隠れているなら出てきてよ……
怒らないから出てきてよ……
僕を独りにしないで、
……ねぇ、動いてよ
動いてよ! 動いてよ!
動けよ! お願い……動いてよ
動いてよ……》
《マコト、うるさい》
自身の下半身に向かって叫んでるマコトにケンイチは容赦ない一言を売った。
《はっ? はぁー!?
ケンイチくぅ~ん、あなたはいいですね~
なーんにも失って無くてー!
さぞかり今の状況はご満悦なんでしょーねぇー!》
涙から一変、マコトが椅子から立ち上がりケンイチにぶち切れた。
《いやちょっと待て、
俺今それどこれじゃなくて……》
《ははーん、ははーん
そうですかー、そうですかー
ケンイチく~んは、いつでもできるってことど、カマトトぶっちゃいますか~
そりゃそうさ、そのビデオはケンイチく~んのものだからねー。
だいたいさー、こういう状況なのに一人紳士でいるのはちょっと違うよね~
もうちょっとアニマル・スピリットを出してもいいんじゃないかな~》
《マコト、お前何でもキレてるの?》
悪手であった。
理解の欠片もないその一言は、機械人形の怒りを爆買いした。
《ケンイチくーん、キミは持てる者なんだよ。貧者と富者で考えると、紛れもなく富者だ。富者には富者の義務ってものがあるんじゃないかなー。
下半身界のノブレス・オブリージュだよ。
おっ立てるものがあるなら、真っ先におっ立てて最前線に向かうのが義務なんじゃないかなー、
……さぁ、立って見せろよ。
まだ試合は終わってないんだ……立ってみせろよ……
ベストを尽くせよぉぉ!》
《いや待て、俺が悪かった。
だから落ち着けって。
……ミツキ! なんで俺の股間を見つめてるんだよっ!》
ケンイチの隣の椅子に座っているミツキは、まるで歌舞伎の見得をきるような強い目チカラを指の隙間からケンイチの股間へ注いでいた。思わず股間を隠すケンイチ。
黙ったまま鼻息の荒いミツキは恐怖の化身だった。
《隠すのかーい。
ケンイチくーんは股間を隠すのかーい。
隠すのなら隠すがいいさ……。
だがその報いは受けねばならないよー?
……選べよ。
自分の手かー?
……ボクの手かー?》
《はぁ!?》
マコトは宙を飛んだ。
妖精族の印である四枚羽を広げて。
向かう先は
――ケンイチの下半身。
◆◆◆
「あ、大変だ」
研究室ではカレンが椅子から立ち上がった。
透けたドアの向こうでは、襲いかかるマコトと防戦するケンイチが一進一退の攻防を繰り広げていた。どったんばったんと音がなる。
カレンが休憩室のドアに近づいた時、研究室の出入り口のドアの方ががらりと開いた。
「!?」
無言でとことこと入ってきたのは、一人のフォーマル服を着たエルフの少女だった。
「ロ、ローラン?
いや、これは……」
焦る妖精族の少女と、無言で研究室の状況を一瞥するエルフの少女。
エルフの少女は甲冑を脱いだローランだった。
ローランは部長を見つけるとそこに近づいていった。
「あなたがこの研究室の代表である
ノルンさんですか?」
「……そうですが。
貴方は?」
「あの休憩室で騒いでいある三人の担任教師のローランと申します。
この度は非常にご迷惑をおかけしました」
深々と部長に頭を下げるローラン。
この世界では実際に授業で教えているのはマコトとミツキなのだが、さまざまな意味を含めての発言なのだろう。
美しいエルフの少女のその姿に、思わず息を飲む部長。
「い、いや。
こちらも三人のおかげで知り合いの消息を知ることができた。
……これ以上の謝罪は私の求めるところではない」
自然と口調が固くなる部長。
「ありがとうございます――」
一度顔を上げ、ニコリと渡って再度深々と頭を下げるローラン。
そして踵をかえしカレンに近づくローラン。
「ロ、ローラン、これはね……」
「クリスティアさん、ケンイチ君を少しお借りしますね」
ローランはカレンと言葉をかわさずに、ケンイチに仕えるメイドであるクリスティアの方に向かって言った。クリスティアは一瞬躊躇した後、はい、と答えた。
「ロ、ローランさーん……」
ローランは休憩室のドアの前に立つと、ドアの様子をチラリと見た後にドアに手を当てすっと息を吸い込んだ後、長い長い囁くような呪文を唱え始めた。ローランの周りに次々と精霊たちが現れ、その精霊たちも一緒に呪文の合唱を始めた。複雑なハーモニーが展開する中、ローランたちの周りに次々と魔法の展開が始まった。
「エルフの精霊魔法……すごい」
「う、うむ。これは……流石だな」
部長と副部長はそのエルフの魔法を見入っていた。
やがて、ドアを覆っていた封印魔法がばきりと音を立てて砕け散った。
ローランは無言でドアを開いた。
「え? ローラン先生?」
ミツキの声が聞こえた。
「カレン」
「はい」
そこで始めてローランはカレンと口をきいた。
「……やれ」
それは低い低いエルフとは似つかわしくない声だった。
「はい」
カレンは手の中で展開した魔法球を休憩室のなかにぽーんと投げ込んだ。
「えっ!?」
「はぁ!?」
休憩室の中で爆ぜた魔法は、ケンイチたちの意識を刈り取った。
「バカ共が――」
気を失っているマコト、ケンイチ、ミツキを無表情で見下ろすローランの後ろ姿を見て、部長と副部長はエルフに始めて恐怖を覚えた。
気絶したマコト、ケンイチ、ミツキはそのままカレンに引かれたリアカーに載せられて教会に運ばれた。そして教会にてローランによる説教タイムを味わうこのになった。
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