第7話 そのドアを越えていけ 3

「昨日片づけたんだか……あんまり整理されてないな、

 ここなら大型の魔術映像器――メイドイン帝国の中古だけどな――があるから、

 その黒い箱の内容を見れるはずだ」


 ノルン部長はそう言って研究室に隣接する休憩室のドアを開けた。


「ベットがある……」


 その部屋を覗いて最初に声をあげたのはミツキだった。ケンイチがどうしたんだ?と思うくらいに顔が真っ赤だ。


「ま、泊まりの実験とかになると仮眠するところも必要なんでな……」


「でも、でも、

 ベットは1つしかない……」


 ぷるぶると指を震わせながらベットを指差すミツキ。


「ま、まぁ

 ここ大きい作業テーブルとかもあるし、

 ベットはこれ以上あっても邪魔なだけだしな……」


「て、テーブルも使うの!?」


 顔を真っ赤にしながら驚愕の表情を浮かべるミツキ。


「ま、まぁ、商店街からデリバリーしてもらった弁当とかを

 ここで美味しくいただくこともあるな」


「美味しくいただく……」


 ミツキはテーブルに両手をついて視線を落とした。全身が上気しはぁーはぁーと呼吸が荒い。


「……大丈夫なのか?

 体調が悪いなら、そこのベットで休んでいるといい」


「さ、先にベットで待つ……

 いえ、え、……結構ですぅ!」


 ぶんぶんぶんぶんと手を振ってミツキは、申し出を拒絶した。

 部長はちょっとショックを受けていた。


 それを後ろから見ていたケンイチは、自分の手にある黒い箱をじっと見つめていた。そして顎に手を当てて今までのことを思い出しながら思案していた。


 ……ほほう。


 ――そしてにぃっと口元を吊り上げた。


「ケンイチ君、その黒い箱を貸してくれ。

 汎用魔導器と接続したいんだ」


 作業テーブルの上に映像投射器とケーブルで接続された汎用魔導器があった。さらにそこから紋様が描かれた板に細い線でつながっている。

 このコネクター自作なんだ。こういうの買ったら高いからね、と部長。


「はいっ!

 大事なモノなので丁寧にお願いしますっ!」


「ん……?

 も、もちろん、大事に扱うよ」


 恭しくケンイチから渡される黒い箱を部長はゆっくりと板の上に置いた。


 ミツキ、ケンイチ、マコトの順で作業テーブル前に別々の椅子を置いて座っている。ミツキの鼻息が荒い。


 ノルン部長は汎用魔導器のついているキーを押した。


 映写機前のスクリーンに映像が映り始めた。そして鳴り響く帝都がホットになるテーマ音楽。


「あれ、これ……」


 その映像の肌色具合に気づいたノルン部長は一瞬フリーズした。



「……マコト」

「了解!」



 ぼふん、と音がした。

 その瞬間、部長や副部長、それと白衣の部員たちの視界がぐるりんとひっくり返った。


「……な、なにが起きた」


 部員たちは研究室の床に座っているような状態になっていた。目の前には閉じられたドア、休憩室に通じるドアがあった。


 さっきまで自分たちはあの休憩室の中にいたはずなのに何故外にいる?


 副部長がきゅう、と目を回して床に倒れていた。他の部員も似たような感じだ。


「副部長、大丈夫かっ!」

「しゅごい……精霊魔法を身体に受けだのはじめて……」


 副部長はそこで親指をぐっと突き立てた。

 大丈夫そうだな……と部長は思った。


 部長は気づいた。

 

 ……魔法で部屋から追い出された?



 視線の先の閉じられたドアが、なんだかそびえ立っているような見えた。


◆◆◆


「インタビュー……長いね」


 画面の中では、はにかみながら質問に答える女性の姿があった。ミツキはその何も展開のないその時間の長さに対して素直な感想も漏らした。

 

「ミツキ」


「こうやって女優さんのキャラクターを固めていく時間も必要なのかしら……勉強になるわ」


 ミツキは顎に手をあてて画面を凝視している。


「ミツキ」


「そう言えば『店にたどり着くまでの時間が一番楽しい』というお客さんもいるってママ言っていたっけ……これも同じようなものかしら……」


 ミツキ、思案。

 画面の中のインタビューは質問は字幕で、それに女優が答えるパターンだった。

 ちなみに初体験は16歳で、相手はナンパしてきた帝国軍人らしい。


「ミツキ」


「え、なに?」


 その時ミツキは気づいた。

 ケンイチとマコトが神妙そうな顔でミツキを見ていることを。


「見るの?」


 ケンイチは作業テーブルの向こうにある画面を指差す。

 画面の中の彼女は相変わらず微笑んでいる。

 後背位が好きらしい。


「わたしたち友達でしょ?

 ……最後まで付き合うわ」


 そう言って不敵にフッと笑うミツキ。


 非常に頼もしいことを言ってるが、

 画面に映し出されているのはエ○ビデオである。


 繰り返して言おう。


 ……エロビ○オである。



 ◆◆◆


「ここはわたくしが死守させて頂きます故……」


 一方研究室では、休憩室ドアの前でケンイチお付きのメイド、クリスティアが立ちはだかったいた。


「まて、いろいろおかしいぞ。

 守るべきはドアではなくて、その……ご主人さまの健全な精神ではないか?」


 メイドに対峙するのは部長。


 ドアの向こうからちょっとだけ嬌声が漏れてくる。

 始まったらしい。


「あの年頃の男の子は無限に性的なことで頭に詰まっていると申します。

 無限から幾ら除いても無限は変わりません」


 白衣の部員たちの何人はなるほど、と頷いている。


「いや、待て。

 何ていうか……まだ早いというか。

 こういうのは最初は軽めで、少しずつステップを踏むというか……」


「王都の学院じゃ、

 あれくらいの年齢でけっこう爛れているのいたけどねー」


 後ろに立つ副部長の言葉に撃たれる部長。


「っ……だから王都の連中は嫌いなんだ」


 苦虫を百匹ぐらい噛み潰したような顔をする部長。


「お坊ちゃまは今、大人の階段を登ろうとしていらっしゃいます。

 その成長を護るのはメイドである私のミッション……」


「エロビデ○見たぐらいで大人になれるなら

 誰も苦労はしねーよっ!」


 部長、絶叫。


 同時にドアの向こうから聞こえる連続の喘ぎ声。

 これは、突かれているようである。


 白衣の男子部員数人が急いで椅子やら机やらに座り、

 何やら思索にふけっているようなポーズを取っている。

 これは、生理現象のようである。


「もういい、

 俺は乗り込んで止めるぞ!」


 部長が床を蹴り、休暇室のドアに飛び込こもうとする。

 その時メイドのスカートの下から何やら長いものが床に落ちた。表面を紅く塗った棒であった。それは跳ね返り、メイドの手に収まる。

 メイドの手に収まったその棒――コンの先は、部長の首元に突きつけら


「うっ……」


 うめき声をあげる部長。

 後ろの副部長が駆け寄ろうとするのを手で止める。


「帝国仕込の棒術は伊達ではありません……」


 じっと静かな目で部長を見据えるクリスティア。

 部長も下級ながら貴族の意地があるのだろう――胆力を振り絞ってその威圧に立ち向かう。ちらりとその紅色に塗られた棍を見る。


「帝国の軍にでも……いたのかな?」

「軍からも政府からも国からも、とうに縁を切られている身でございます……」


 休憩室のドアから長い長い絶頂の声が鳴り響く。

 その声は終わらない。攻め続けられているようだ。


 クリスティアと部長は互いに動こうとしない。

 互いの呼吸を探っているようだ。そこにドアからの別の呼吸音が重なる。



「――話は聞いたよ」


 研究室のドアが開き、その中から一人の銀色の長髪とオレンジ色の瞳を持つ少女が現れた。


 妖精族の印である四枚羽をめいいっぱい顕在化させ、かつその羽をピッカピッカに輝かしたカレンである。

 これ以上なく自分が妖精族であることを顕示している。


「どうも妖精族のカレンです」


「あ、『ハロー☆マジック』の店長さん」

 

 しかし、副部長のリアクションは薄かった。


「えっ……やっぱり若い子の方がいいのかな……いやわたし結構若いと思うし……

 ……まっ、とにかく!


 ――話は聞いたよ」


 今度は羽を消して仕切り直した。


「はぉ……」


「なんだいなんだい、子供がエッチなことに興味を持つなんて当たり前のことじゃないかい。

 それをぐたぐたぐたぐだ言うなんて、ケツの穴がちいせえ男だよまったく。

 ○ロビデオなんで満腹になるまで見せてやればいいんだ」


 ずい、ずい、ずい、とノルン部長に詰め寄っていくカレン。ちなみに容姿だけ見ればカレンは部長より二、三歳年下に見える。

 クリスティアは棒を降ろしていた。


「そして、スケベをたらふく吸収してすごくエッチになったマコトをわたしが頂くというわけだ」


 うんうんと頷くカレン。

 えー……と何か言いたそうな部長。


「……坊ちゃまはダメですよ」

「あ、それはない」


 カレンが右手をひらひらと振って否定すると、左の首筋にぴたりとクリスティアの棍の先を付けられる。


「言葉は難しいねぇ……」


 カレンは苦笑いした。



「でも……」


 リズ副部長は閉じられいるドアを見ながら呟いた。


「休憩室の中、マコトちゃんとミツキちゃん、それにお財布……ケンイチ君も居るわけだよねー」


 副部長の指摘に、それが何か?という表情をする部長とカレン。

 副部長は言葉を続けた。


「密室となった部屋に美少女二人と性に飢えた男の子一人……

 何も起こらないはずはなく……」


 その刹那、カレンは休憩室のドアにがしりと飛びついた。


「あ、あ、あっ! 開かない!

 マコトちゃん、魔法でドアを固めちゃってるっ! やっだこれ、リアルタイムで解除キーが変わるやつーっ! もうこんな魔法使えるようになっちゃたのー?

 お姉さん成長は嬉しいけど、貞操を危機に晒してまで使うものではないと思うのー!」


 ドアノブをカレンの全体重をかけて引っ張ってもビクともしなかった。

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