第6話 そのドアを越えていけ 2

「あのコネリー先輩が修道士とは、

 ……まぁ、なるべくしてなった、のかなぁ?」


 ノルン部長は顎に手をやりながらううむと唸っていた。


 ノルン部長とリズ副部長、そしてケンイチ、マコト、ミツキはテーブルを挟んで向かい合わせで研究室の端にあるソファに座っていた。クリスティアはケンイチの座るソファの後ろに控えている。


「以前から信心深い方だったのですか?」


 人は見かけによらないものである。

 ケンイチは少し驚いて訊いた。


「いや、前は帝国のアイドルの追っかけをしていてな……ワールドツアーの全会場制覇を目指していたはず」


 ……人は第一印象が全てらしい。(※偏見)


「は?」

「国境や領地の通行が楽になるからとかで、冒険者登録するまでハマっていたんだが……

 そのアイドルが突然引退しちゃって手紙に『世は無常なり』と書き残して

 今まで音信不通だったのだか……」


 無常を悟るきっかけは人それぞれである。


「……悟ったちゃったんだ。

 煩悩の虚しさを知ったんだね……」


 腕を組んでうんうんと分かったように頷くマコト。その隣で「えー…?」と戸惑った表情でマコトとケンイチの手にある黒い箱を見比べるミツキ。


「コネリー先輩の訳の分からない帝国土産、好きだったんだけどなー」

 と、隣のリズ副部長。


 べらり、とケンイチから渡されてた紙片を広げて内容を確認する部長。


「これは、確かに先輩の字だな。

 ……ああこれが映像変換術符か、研究室にあるのは古い中古の汎用魔導具だか……まぁ大丈夫だろ。

 では早速……ん?」

 ソファから立ち上がろうとした部長の右手首をぐっと握る副部長。


「部長……そーんなんだからストーンブリザード家はずっと貧乏なんで、ス、よ」

 ぎりぎりと部長の手首を握し締めるリズ副部長の声のトーンは低かった。


「え?」

「いいっスか? これは交渉の始まりなんすよ。マコトちゃんとミツキちゃんとお財布さんは我々の技術を求めているんスよ、ということは我々がマコトちゃんやミツキちゃんに『お願い』することも道理が通ることなんスよ」

 誘惑へいざなう囁きであった。

 あとさり気なくケンイチが除外されている。


「あ、ああ……」

 天を見上げて身悶えする部長。

 

「チャンスはねー、ちゃんと見ている人だけに見えるものなんスよ。これだからストーンブリザード家はいつも低空飛行のままなんスよー……」


 悪魔の囁きも時には天啓に聞こえることもある。


「ああああぁぉぉ……」


 そしてふっと糸が切れたように身体のちからが抜けたように、部長はドカンと大きな音を立てて手足を広げてソファに身を投げた。


「交渉をしよう……か弱きチルドレン達よ」


 おもむろに腕を組み口からは絞り出すような声。

 部長は強気になった――。


「白紙の小切手です」


 ケンイチはぴっと金額が書かれていない小切手をテーブルに置いた。つまり好きなだけの金額をやろうとの意志。


「え、マジ?」


 部長の強気が消えた――。


「あああー、

 だめっスよ、部長。

 完全に呑まれちゃってますよー!」


 部長の頭をむんずと捕まえる副部長。


「汚い手を使ってもダメですよー、

 白紙の小切手なんてミエミエの罠なんかに引っかかっりませんよー

 どうせー裏書きにトンデモな条件が書かれているに違いないっスからー」


 ちっ、とケンイチは舌打ちをした。

 どうやら図星だったようだ。


「悪党……」

 マコトは思わずミツキの方に身を引いた。

 ミツキはそっとマコトを支えた。


 怯える可憐な妖精族の美少女と

 それをいたわる少し大人びた美少女。


 ――尊い。


「あ、ああああああぁぁぁぁー」 

 副部長の尊みが天元突破した。


「何ですかー、何ですかーこれは

 この砂漠を一瞬で花畑にしてしまうようなー

 この『圧』。ぐふぉあ、だめですよ―だめですよー

 命を守る行動をしなげれば、ああ、でも、これはぁー」


 そしてふっと糸が切れたように身体の力が抜けると、副部長はボフンと音を立てて身をソファに身を預けた。 


「くぅぅー、なかなかのグッジョブでしたよ。

 お財布君……」

 

 ケンイチの評価が上がった――。



 研究室にいる白衣の部員たちもある者は倒れ、そしてそれを救護している者も思い出し尊みにやられて倒れるなど、しょーもない地獄絵図が繰り広げられていた。


 ……この人たちやっぱり頭おかしいかも。


 マコトの予感は確信へと変わった。



「あ、ああああぁ………」


 ケンイチはこの訳のわからない地獄絵図に狼狽していた。


「お前もかよ」


◆◆◆


「……先手を取られちゃいましたが、

 今度はわたしたちのターンですよー……」


 いつの間にターン制になっていた。


 気を取り直した部長と副部長は並んでソファに座り、腕を組んでふんぞり返っている。


「受けて立とう」


 ケンイチも同じく腕をくんでふんぞり返っている。

 研究室のノリに抵抗することを諦めたようだ。


「そしたらね―、どうしようかなー

 こんなこと言ったら気持ち悪いと思われるかなー

 でも言いたいなー、言わせてほしいなー」


 くねくねと身を捩らせながらもったいぶる副部長。

 こいつは何を言出す気だ……と不安げに隣を見ている部長。根は常識人らしい。


「マコトちゃん……妖精族だよね?」


「え? はい」

 本当は妖精族を模した自動人形なんだけど。


「そしたら……羽を見せてほしいなぁ……なんて」


 副部長が手を添える両頬は真っ赤であった。

 しかしそのぎらりと光る目は獲物を見つけた猛禽類のそれだった。


 妖精族は背中に自らのオーラの流れを羽根のように整えることができる。

 その羽根は空を飛ぶような物理的な恩恵をもたらすことはない。

 しかし、空を飛べない鳥の翼にも意味があるように、妖精族の羽根にも意味はある。

 妖精族の羽根は『世界』に自らの存在を精霊側により近いものとに認識させるためにある。

 羽を広げることで精霊族は自らを神聖なモノと宣言し、『世界』もそれに応じて

動き出す。そういうふうに世界はできている。


「お、おおっ……」


 部長は驚愕した。幼き頃に読んだメルヘンの世界が直ぐそこにあることに気づいたのだ。そして知らず知らずのうちに妖精族の羽のことを話題にすることをタブーにしていたに自分に気づき、己の不甲斐なさを恥じた。


 そのころ教会では歩くメルヘンことエルフの女性騎士達は焼きそばをすすりながら、お里の親からもっとエルフのイメージを大切にしろって説教されるんだよねー、あーうちもー、とか言って愚痴り合っていた。


 研究室では副部長を取り囲んで白衣の部員たちが、副部長さすがです、さすが貴族考えることがえげつない、こんな気持ち悪い強欲みたことねぇ、と褒めていた。……褒めていた?


「ええー……」


 それを見ながらマコトは非常に申し訳ない気持ちになっていた。

 両隣の二人を除いて、この研究室にいる人たちは全員マコトのことと本物の妖精族と思い込み、その羽根を当人が引くほどの神聖視している。


 だが、マコトは妖精族ではない。妖精族を模した機械人形なのである。

 創造主である妖精族のカレンとまったく同等の魔力を使えるが、ホンモノの妖精族ではないのだ。


 ちくちくちくちくとマコトの良心が痛む。


「うぅむ……」


 ケンイチはその要求に眉をしかめ、口を手に当てて苦悩している……ように見えた。ケンイチと副部長との間に緊張感が走っている。


 手で隠した口元はマコトの方からはちらりと見えていた。

 コイツ――嗤ってる。この流れを止める気はないようだ。


 ちくちくちくちくちくちくとマコトの良心が悲鳴をあげている。


「ミツキ……」


 マコトは反対側のミツキに助けを求める。

 ミツキはマコトの肩に手を置くと、 頭を左右に振った。


「賢者は言ったわ。『永遠の嘘をついてくれ』、と」

 悪女のような賢者がいたもんだ。


 ちくちくちくちくちくちくちくちくとマコトの良心に異常振動が発生し――そのまま停止した。

 そして、マコトは考えることをやめた――。


「す、少しだけですよ……」


 スカートの裾を直しながらソファから立ち上がるマコト。


「えいっ」


 マコトが可愛くかけ声を言った後、その妖精族の少女の周りがぱぁあというダイヤモンドダストの詰め合わせのよう輝きが満ち満ちた。水中を漂う小さな生き物のように無秩序に舞うその輝きたちは、不意に海の小魚の群のように、一定方向に進む塊となった。

 そしてマコトの周りを循環すると、今度は背中側に集まり四方に広がると一瞬強烈に輝いた。


 マコトの背中には七色に輝く蝶のような四枚羽が現れていた。


「……」

「……」


 部長と副部長は口をぱくぱくしながらその幻想的な光景に言葉を失っていた。


「ど、どうですか?」


 マコトは再度、背中の羽ふわりと揺らした。

 しばらくして、ようやく二人の口が動いた。ちなみに白衣の部員達は神聖さにおののき、全滅している。


「部長……」

「ああ、これは……いいな」

「子供の頃を思い出しちゃいました」

「……俺もだ」

「あの頃、わたし達は――」

「俺達は――」


「「何でもできると思っていた――」」


 ……二人の物語か始まろうとしていた。


 またマコトの良心がちくちくと痛み始める。

 ごめんなさい、これニセモノなんです……。


「あのー、これでこのビデオをみるお手伝いをして頂ける……ですよね?」

 

 これ以上事態がややこしくなる前に、ケンイチがカットインした。


「あ、ああ。

 副部長もツヤツヤした顔してるし、十分だ。

 どこで映像を映そうか……ここはごちゃごちゃしてるしな……

 休憩室でいいかな?」


「休憩室?」

 ケンイチは辺りを見回した、ここの研究室には実験器具や試作品とかでごちゃごちゃしている。


「あれだ。

 受験が日またぎになる時とかに備えて作ったんだ。

 ほら、あのドアの向こう」


 部長は一枚のドアを指差した。



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