第5話 そのドアを越えて行け 1
ラノア王立学院は旧王都にある研究教育機関である。
日本の教育制度で例えるならば大学入学相当の年齢を生徒にしている機関である。名の通り王宮財産から供与された資金が主となって運営されているが、ここ最近は旧王都周辺の富裕層からの寄附による割合が増えている。
ちなみに王宮からの資金供与は減っているが、王宮からの口出しは減っていないそうだ。これは王国各地にある王立大学も同様である。
この学院、巷では「出涸らし」と呼ばれている。
理由は明白。もともとは王都に隣接された研究教育機関で未来のエリート候補学生とか、優秀か有名かどうだか知らない研究者も多数所属していたリリラリア王国トップレベルの学院だったのだ。その頃この学園は「リリアリア王立学院」という国名が学院名となるという「栄誉」を与えられていた。
それが王都が今の新王都へと遷都し、有力貴族たちの屋敷もそちらに移り、あげくに王宮直轄の学院も新天地に作ってしまった。王宮は広大な実験環境や最新の実験施設を備えたその新しい学院を「『大』リリアリア王立学院」と名付け、旧王都にあった学院を廃止することにした。また旧王都のリリラリア王立学院に所属していた優秀か有名かどうだか知らない研究者の中から、王宮にお眼鏡にかなった優秀か有名かどうだかしらない研究者が、「大リリラリア王立学院」へと移籍した。ちなみに未来のエリート候補学生は全員移籍した。
旧王都の学院周辺の住人はその動きに慌てふためき、貧乏学生に安価でとにかく味付けの濃いおかずと大量の麦や豆や米を食わせることが聖なるミッションとしていた商店街食堂のおばさんは激怒した。この時、学生でもないのにその食堂に入り浸って学生定食をたらふく食うことを至上の喜びとしていた王宮前商店街のギフト持ち達――チート能力を授かった転生者達のことである――との愛と勇気と友情の物語はまた別の機会に語らねばなるまい。それはあの「冒険者食堂」チェーンの始まりの物語でもあるのだから。
……話が逸れてしまった。
旧王都の学院周辺の住民、王宮前商店街のギフト持ちや富裕層、さらに帝国との国境に接する土地を領土とする地方貴族たちの尽力により何とか学院の廃止は免れた。そして、学院名からリリラリアの国名が外され、学院建物が在る地名からつけられた「ラノア王立学院」と名前が変更された。
明確な教育研究機関としてのトップからの格下げを宣言されたようなものだが、それに関しては特に反発はなかった。
みんな王宮との交渉に疲れ果てていたのだ。
そうしてラノア王立学院として再出発したとき、この学院に残っていたのは手狭になった実験環境と旧式の実験施設、あとエリートには到底なれない学生達と新しい学院ではいろいろな意味でやっていけない研究者たちであった。規模も小さくなった。
学院の「上澄み」はすべて新しい学院に持っていかれてしまったのだ。栄光なる新時代の歓喜ファンファーレと共に。
このようなことが重なり、学院の関係者や学生、周辺の住人、観光客たちはラノア王立学院のことを様々な感情が入り混じりながらも「出涸らし」と呼んでいた。
この学院の魔法学群には他の王立学院とは違った一つのユニークな入学要件がある。
ラノア王立学院として再出発したときの学生獲得策の1つとして誰かが気まぐれに提案したのだろう。
――魔法学群への入学資格に「魔法を使えること」は含まれない。
ラノア王立学院は、魔法が使えなくても魔法を学ぶことができる唯一の王立学院である。
◆◆◆
「やだぁ、どうしましょう……
鴨がネギと鍋をしょって来ちゃった…………あとお財布さんも」
両頬に手をあてて、その女性はくねくゆと身をよじらせる。
マコトとミツキはたははは苦笑していた。
あとケンイチは営業スマイルを1ミリも崩していない。全てはこの黒い箱に封じられたビデオの内容を知るためである。お財布さんとは誰を指すのか?答えがわかっていても考えてはいけない問いがこの世にはある。
マコトのケンイチ、そしてミツキとクリスティアはラノア王立学院の魔法工学棟の一室、自主研究サークル「ブラックマジックナイツ」の研究室に来ていた。
修道士コネリーから渡された紙切れに示されたのは、この研究室のことだった。
教会を後にして、学院正門横の訪問者受付に行くと、特に何も聞かれこともなく、警備員が手持ちのメモ紙にさらさらと何やら書き付けると、紙片を鳥のような形に変形させた。変形した鳥もどきはバタバタを羽ばたきしながらいずこかに飛んでいってしまった。
そして学院キャンパスの向こうから、商店街で白衣の集団から「副部長」と呼ばれていた女子学生が両手を上げて「きゃー」と叫びながら跳ぶようにやってきた。遠くからでもロックオンされていることを察知したマコトはたじろいだ。
そしてぴょんぴょん跳ねるように女子学生に案内されて、現在に至る、
「落ち着け副部長、
この方は我がサークル『ブラックマジックナイツ』の貧乏財政の救世主になられる方かもしれないんだぞ」
「はっ! ごめんなさい。
財政が潤えば部長のバイト漬けの生活も、わたしのお小遣いの使い道にぐちぐち言われること無くなりますね」
部長と副部長の横に控えている白衣と黒縁メガネをまとった学生男女がうんうんと頷きながら涙を流している。今朝部長が疲れた顔をして光りながらキャンパスのベンチに座ってたもんな……。魔法薬治験は止めといたほうがいいっすよ……。
初手からマコト達はよく分からないプレッシャーを受けていた。
思わず尻ポケットに納まっているサイフを手で押さえるケンイチ。白衣姿の黒縁メガネ達の飢えた目が一斉にキラリと光った。お財布さん=ケンイチは証明された。
「え、えーと、
俺たちは修道士のコネリーさんの紹介でここに来たんですけど……」
まずはケンイチが貧乏サークルの面々の前に進み出る。
「修道士のコネリー……コネリー先輩の紹介なのか?!
あの人いま修道士やっているのか?」
「へっ?」
部長と呼ばれている男子学生は目を見開きケンイチの言葉に大いに驚いていた。それにケンイチは面食らった。
「ああ、つい大声をだしてしまった、申し訳ない。
私の名はノルン・ストーンブリザード。この自主研究サークル『ブラックマジックナイツ』の部長を拝命させていただいている」
片手を胸に当てて、なんだか恭しく自己紹介する男子学生。
「わたしはリズ。リズ・エアプレイ。
副部長やってますっ!」
対してぴょーんと両手を上に挙げる女子学生。
(お坊ちゃま、お隠しになさっている様ですが、この二人おそらく貴族身分の方かと……)
クリスティアがそっとケンイチに耳打ちをする。ケンイチは小さく頷いた。
「これはご丁寧にありがとうございます。
私の名はケンイチ。ゴエモンヤ商会長の息子で、今回は修道士コネリーの紹介でお伺いさせて頂きました。
これはゴエモンヤ商会員のクリスティア、そして横にいるのが友人の……」
「マコトちゃんとミツキちゃん、でしょー?
うわー本当に近くで見ると可愛いぃーっ!」
副部長――リズ・エアプレイ――は、ずいと二人に顔を近づけた。鼻息の荒い美人がそこにいる。
それを横目で見ながらケンイチは息を飲み込み気合いを入れた。
「……修道士コネリーは、あなた方は信頼できると申されておりました」
ケンイチのその静かだか気迫に満ちた一言に部長は、ちょっと困った顔をした。ケンイチが言わんとしていることが分かったのだ。そして副部長の方を見ると。副部長はうんと頷いた。
「コネリー先輩には参ったな。……では、改めて
私の名はノルン・フィード・ストーンブリザード。地方の下級貴族の魔法が使えない三男坊だ。……実家は名ばかりの貧乏領主だから自分が貴族とはあんまり言いたくないんだ……」
語っている内に色々思い出したのだろう、語り終わるころには憔悴しきっていた。隣の白衣たちからは、部長マジで貴族だったんすか?てっきり色々痛い人かと……との声がした。
「あ、わたしも地方貧乏貴族の三女だよっ!
いやぁー、魔法つかえなしー、家も貧乏だから名乗り辛いわー、あはっ」
隣の副部長も片手を挙げてそう宣言した。
……。
……違うわー、絶対違うわー。
ケンイチは心の中で呆れていた。彼女が身につけている衣服や髪飾り、そして靴や口紅に至るまで、地味ながらどう見ても最高級品であった。幼いころから商品の目利きを鍛え上げられているケンイチには原価や取引価格まで目に浮かぶようだった。国内産の商品が主なのは何か彼女なりのこだわりがあるのだろうか。
とにかくかなり良いところのお嬢様であることは間違いようである。
同じように部長も隣の副部長を呆れたような目で見ている。副部長の額がら冷や汗がだらだらと落ちて来ていた。
まぁ副部長は貴族だって何となく気づいていたよな、と白衣たちはうんうんと頷いていた。部長とはオーラが違うからなー。
この自主研究サークルでの部長と副部長の扱いの違いが何となく分かったような気がした。
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