第4話 黒い函のなかには 2

 教会の大きなドアをぶち開けた小柄なエルフの女騎士はそのままのっしのっしと教会内を歩いてくる。


「ローラン、じゃー、買ってきたものを

管理棟のみんなに配っておくから。

 あんたも早く来なさいよー」


 ぶち開けられたドアの向こうから、シスターがガラガラとキャリーを引きながら去っていった。その中には色々と荷物が積まれていた。


「みんなにアイスとコーラ、それとソース焼きそばを配っておいてー、ごめんねー」


 ローランはこちらに歩きながら、後ろにいたシスターに返した。怒りの形相は保ったままだ。器用なものである。


「あれ? 先生?」


 4人は教会のドアがばーんと開けられ瞬間立ち上がっていた。


「みんな、無事ねっ……!

 あら?」


 ローランはケンイチの後ろに控えてるクリスティアと目があった。クリスティアはペコリと頭を下げる。


「ゴエモンヤ商会にお世話になっておりますメイドのクリスティアと申します」

「親父にお目付役を付けられたんだよ」


 ローランの疑わしそうな目が合う前に、ケンイチは説明した。彼女の疑わしそうな目は、ああ……と憐れみに代わった。


「ケンイチ君、 例のビデオは……やっぱりグールド教会長が?」

「ええ、まぁ……、なんかものスゴいものらしくて、

 神父さんと修道士が確認するらしいです」


 ケンイチの言葉を聞いた瞬間、ローランの目が大きく開き、顔が赤くなった。

 それを誤魔化すようにケンイチから顔をそむけた。


「ものスゴい……?

 ……あーなるほど、……なるほど。

 修道士……たぶんコネリー君ね。

 そっか、そっか……

 ……商店街で怪しいジョージさんを吊し上げたかいがあったわ」


 果たして商店街のジョージ爺はローランの前でどのような挙動不審な振る舞いをしていたのか。

 

 ローランは腰につけた剣に付いている、鞘と柄を結ぶ留め具をパチンと外した。これは何時でも相手に刃を向けることができることを意味している。

 つまり、この小柄なエルフの女騎士で女教師は只今をもって戦闘体勢に入ったのだ。ひゅー、ひゅー、と深く息を吐きながらエルフの騎士は呼吸を整えていく。


「みんな、

 ……ここはじきに戦場になる」


 そう言って、静かに微笑みながらローランは自分の教え子達を見た。


 一見、悲壮な表情のようだが……なんか怖い。

 慈しみと強さが奇跡的なバランスでブレンドされた表情だが……なんか怖い。

 エルフって本当に美形なんだなぁと思うが……なんか怖い。


「先生……一体何が?」


 何がおきているんですが?と続けようとするケンイチの口元に、ローランはすっと指を当ててそれ以上の言葉を止めた。エルフはやっぱりいちいち仕草が絵になるなぁ、とマコトは思った。


「ここからは大人に任せなさい……、

 ケンイチ君達はお逃げなさい……子供にはまだ早いわ」


 ちなみに、ローランの容姿はケンイチたちと同世代、見ようによってはちょっと下のように見える。メイドのクリスティアはちょっと首をかしげた。


「あのクサレ神父は……私が斬るっ!」


 そう言って、ローランは談話室のほうに飛び込んでいった。


「えー……」

 

 置いてきぼりになる四人。

 何がどうなって、ローランとグールド教会長は刃を交わすよな状況になったのか。

 ケンイチが思い当たるのはあのビデオでしかない。


「あのビデオ……人とエルフの間に対立をもたらす内容なのか……」

「その可能性は高いね……」


 マコトとケンイチは額に手を当てて苦悩した。


 ミツキはそんな二人を横目で見ながら、思案していた。ローランが「大人」と言った時のあの表情、まるで親が子に諭すようなあの表情……どこかで見た記憶があるのだ。


 ――ああ、そうだ

 この世界で生を受けて幾ばくかの、まだ幼き日……、ネオンサインがきらめく店と、その中にずらっと並んだ艶やかなお姉さん達、それとその側に佇みます気配を消そうとするが消しきれない地味な服装の年増の女性。


 ――その店の前に立っていたミツキに、年増の女性はそれまでのむすっとした表情からニコリと笑って言った。

 

 あら、お嬢ちゃんには早いわよ。

 ここは大人だけが入れるお店なんだから。


 あの表情――大人と子供の境を守る人独特のあの表情――ああ、それは……


「くぉら! ローランっ!

 ……私には『塩』焼きそばを買ってこいと、何度も言ったろうがぁー!」


 ――そうそう、あのおばさん、あの後、つけがたまってる客を綺麗なドロップキックで追い返したんだっけ。


 遠い記憶に思いを馳せるミツキの隣を白い影がもの凄い勢いで通り過ぎていった。


「うぉっ! 

 ……なんだ受付にいたエルフの騎士さんか」

「談話室の方に行ったけど……」


 すると、教会の本堂と談話室を繋ぐ廊下のドアがばくんと開いた。


 はっはっはっは、私はここですよローランくぅ〜ん。死ね、死ね、今度こそ死ね、クサレ神父!  教会長どの、余裕のようですが最初の一発はきれいに入ってましたがわたしはしっかりと見ておりましたぞぉ。逃げるな糞野郎っ! コネリーみたいになりたくなかったら大人しくお縄につけっ、そして死ね。 いやぁ面目ない、ヘッドホンは片耳を外すというセオリーを忘れてしまっていたようだ。ローラン、お前はどうしていつも塩焼きそばを買ってこないのか!塩に何か恨みでもあるのか!  ああ!あんな大量の注文の中に一つだけ別のものを混ぜるなんて、お店の人が嫌がるでしょうがぁ!  あがっ、き、騎士レイチェル、そこは踏まないでくだされ、折れますのだぁ……。 ひぃ!なぜそ、そこに転がっているのだ踏んでしまったではないかっ! 逃げるなグールドっ!我が剣の錆となれっ!教会を汚した罪を死をもって贖え。はーはっはっはっは、幼きエルフの騎士よ、わたしに追いつけるかなぁ〜。……アラサーを舐めんなっ!最初の一発が致命傷にならなかったことを後悔させてやるっ!


 なんか聞こえてきた。


 その騒ぎを聞きつけて教会本堂にエルフ女騎士やシスター達、そして修道士達が集まってきた。「なんだ、騎士ローランが暴れているのか? ……まぁどうせ教会長が悪いんだろ」「また教会長か」「おい、修道士コネリーを助けろ、このままだと本当に死ぬぞ」「メディーク! 回復術師を早く!」「騎士レイチェル……なぜ泣いてる? そんなにソース焼きそばが……」「うわあ、談話室がめちぇくちゃだ……修理費が」「修道士コネリー、笑うのか痛がるのかどっちかにしてくれ」


 大騒ぎになってきた。


「みなさま、一旦ここを離れましょう。

 教会の方たちのご迷惑になってしまいますので……」


 クリスティアに促され、四人は教会から出た。


◆◆◆


「おおー、ここにおられたのか」

 

 例の黒い箱を返してもらっていないので、とりあえず受付のところに四人はいた。

 そこに頭に包帯をまいた修道士コネリーが例の黒い箱を片手にやってきた。


「コネリーさん、大丈夫だったの?」

「おお、精霊族に心配されるとは今日は良い日でござるな。

 なに、ちょっとシスターにゴミを見るような目で看護して頂いたおかげで

 大丈夫でござるよ」


 コネリーは自分の胸をばんばんと叩いた。


「先生と神父さんは?」

「今はシスター長に説教を受けているところでござろう。

 わたしは怪我人ということで免れたが、あとから呼び出されるであろうな」


 コネリーはからからと笑う。

 

「ソース焼きそば嫌いな受付の騎士さんは?」

「あれは悪いことをしたと反省しているでござる……」

「……?」

 

 ちらっと自分の下半身を見た後、修道士コネリーは顔を横に背けた。マコトは首を傾げた。


 修道士はケンイチの方に体を向けた。


「少年よ……、このビデオを返すでござる」


 そう言って、コネリーは黒い箱をケンイチに渡した。


「修道士さん、このビデオには一体……」


 ケンイチの問い掛けに修道士は遠い目をした。


「まぁ、言うなれば……

 生命を未来に繋ぐためのメッセージ、

 ……で、ござろうかな」


 まぁ本当に繋がったらいろいろマズいでござろうが、とコネリーは小声で付け加えた、


「未来……?」


「少年よ、これは君がいつかは識ることとなる現実でござる」


 もう識っていたならばこの場で呪いをかけてやるでござる、とコネリーは小声で付け加えた。


「いつかは識る……」


 ケンイチは手にある黒い箱をぐっと握った。

 ケンイチの隣でミツキは顔を真っ赤にしながら、下を向いてブルブルと震えていた。


「これも渡そう。

 このビデオを見るのに必要な映像変換術符……それと、君たちに協力してくれる者達の居場所でござる。

 信頼できる者達でござる……神に誓って偽りなく」


 修道士は一枚の術符と、小さな紙切れをケンイチに渡した。


「あ、ありがとうございます。

 修道士さん……」


 ケンイチに手渡した後、修道士コネリーはふっと笑った。


「未来は与えられるものだけじゃない、

 自ら掴みとることもできるのも未来でござる……


 まぁそのとき手にあるものは神の気まぐれ次第というのが、少々厄介でござるがな」



 そう言った後、肩をすくめてみせると修道士コネリーはくるりと背を向けた。


「アドューでござる。

 未来ある御子たちよ、神の祝福あれ」


 そのまま修道士は管理棟の奥に消えていった。



「……ラノア王立学院の魔法工学棟?」


 ケンイチが開いた紙切れを覗きこんだマコトがそう呟いた。

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