第3話 黒い函のなかには 1

「えー、先生いないの?」


 教会の本館隣にある管理棟を4人は訪ねた。教会の本館のドアは常に空いてはいるが、急に祈りたい時はともかく、人を呼び出したいときは管理棟の方がスムーズなのである。

 管理棟の受付には女性エルフの教会騎士と、シスターがいた。そこでミツキが先生こと、エルフの騎士ローランと会わせてほいしいとお願いした。

 しばらくしてシスターから返ってきた答えが、今は教会にはいない、というものだった。


「なんでも、商店街にコーラとアイスと焼きそばを買いに修道女と一緒に行ったみたいで……」


 ずいぶん俗っぽいエルフの騎士様である。

 あの商店街は転生者が多くて地球でお馴染みの食品ならばほとんどある。ファーストフードやらスナック菓子の充実度はびっくりである。


「焼きそばではない。

『塩』焼きそば、だ」


 受付にいたエルフの女性騎士がむすっとして呟く。


「……?」

「全く……ローランはことある事にわたしにソース焼きそばを食べさせようとする……

 故郷を思い出すから嫌なのに……」 

 

 エルフの里ではソース焼きそばが主流らしい。

 いろいろ拗らせているエルフを曖昧な笑いで受け流す一行。


「おや、これはみなさん、

 どうされました?」


 管理棟の受付の前を大柄な筋肉神父が通りかかった。

 手にはなにか分厚い革張りの本を抱えている。重そうである。


「あ、神父さん。

 ローラン先生に会いに来たんですけど……」

「ああ、ローランさんなら今、商店街に行っているはずですよ。

 たしか、アイスとコーラとソース焼きそばを……」

「……グールド教会長」

「ん?」


 筋肉神父は、なぜ女エルフから不機嫌な声をかけられたのかはわからなかった。そして何かを思い出したように手をポンと打った。


「……騎士レイチェル、好き嫌いはいけませんよ。

 塩焼きそばは素晴らしいが、ソース焼きそばも素晴らしい。そこに卑賤はありませんよ」


「くっ……!」


「まぁ……レイチェルは里のちょっとソース焼きそばが好きすぎるところがありますが……」


 エルフの里もいろいろである。


「ケンイチさん、マコトさん、ミツキさん……おや?」

 神父とメイドの目があった。


「ケンイチさんの家のメイド、クリスティアと申します。」

 ケンイチの後ろに控えていたクリスティアはすっと横に出てふわりと一礼をした。


「おお、これはこご丁寧に。あなたに神の祝福がありますように……。

 ケンイチさんも随分偉くなりましたね。

 そのついでに寄付などはいかがですか?」


 教会長の職務には教会の財務的なことに頭を悩ませる管理職が含まれている。神頼みで全てが解決するわけじゃないことを一番痛感しているのが彼である。


「いや、今はそれどころじゃなくって……」

「ん? ひょっとしてその手に持っている黒い箱?が関係しておられるのかな?」

「ええ、まぁ。 これの正体をローラン先生に訊いてみようかと」


 ケンイチのその言葉を聞いて、神父は満面の笑みを浮かべた。


「素晴らしい。

 生徒に質問をうける喜びを得られるとは、騎士ローランも神に感謝するでしょう。

 ……その喜びをわたしにも享受させて頂けないかな?」


 分かりにくい言い方だが、どうやら筋肉神父もその黒い箱には興味があるようだ。


「? 神父さん、これが何か判るのか?」

「いいですか? ケンイチさん。

 全ては観察から始まるのです。その黒い函をじっと見る。……するといろいろと判るものがあるのです。


 ――その色、その形、その体毛の動き、その視線の方向、その耳は何を探っているのか、その嗅覚は何を感じているのか、その皮膚は空気の流れをどう読んでいるか、その神経はどのような情報を脳に送っているのか、

 ――ああ、まだまだ足りない――その獣の内臓は何を『想って』いるのか、その獣の脳はなにを観ているのか、皮は、骨は、血液は、神経は、脳髄どんなパルスを刻んでいるのか――ヤツの阿頼耶識はどこに向かおうとしているのか――

 ……そして身を断ち、魂を断ち、霊を断ち切る……創より定まりし運命を再奏するが如く――ワガツルギニハツミハナシ……」


 その瞬間、剣を構えたソース焼きそば嫌いのエルフ騎士が神父と四人の間に割って入った。


「グールド教会長、いろいろ漏れてます。

 ……あと、わからない時はわからないと素直にお認めなさったほうが、暗黒面に堕ちずに済むかと」


 自分の過ちを認められない大人はどの世界でもいるものである。

 

 刃を向けられた神父は、しゅるしゅるとドス黒いオーラを霧散させていった。オーラの形がこの世ならざるモノのようだったが、気のせい気のせい。


 腰を抜かしたマコトとミツキはお互い抱き合うように腰を抜かしていた。あわわわわ。


「……はっ、これはいけませんね。まだまだ過去の未練は断ち切れていないようです。

 霊的で静謐な生活を送らねば……」


「やっぱ、神父さんでも判らないか……」


 眉をひそめて、手の中の黒い箱を見るケンイチ。クリスティアはその後ろに静かに控えている。


「ケンイチ、あんたのそういう図太いところ

 さすが大商会の跡取りだと思うわ……」


 剣を鞘に戻したエルフの騎士に手を借りながら、ミツキは立ち上がろうとしていた。マコトはまだ震えている。



「教会長どの、トレーニング用の重りを勝手にもって行かないでくだされ、

 また騎士団から怒られますぞ」


 管理棟の奥から一人の中年男性修道士が小走りでやってきた。


「ああ、済まない。

 どうも最近手首のスナップが弱ったような気がしてな……」


 筋肉神父は手に持っていた書物をぽーん、ぽーんと上に小さく投げた。

 書物が手にキャッチされる度にズシン、ズシンとありえない音を出している。 


「おや、来客ですかな。

 ……ん、んんっ!」


 中年修道士はケンイチの手の中に収まっている黒い箱を見ると、鼻息荒く顔をぐぐっと近づける。ポジション的にマコトやミツキの下半身と視線が合うようになり、ふたりはずざっと後ろに下がった。受付にいるシスターはジェスチャーで修道士に注意を与えようとするが、修道士はシスターよりもケンイチの手の中にあるものに釘付けだ。


「ややっ、それは帝国マッカラン社の流動結晶方式のサンド型記録書ではござらんか?

 おお、これはなんとレアな。 

 帝国でもデファクトスタンダード戦いにかすりもせず、数年で店頭から消えた幻のメディアと呼ばれているものですぞ。帝国でもレアな商品なのに、ルルラリアでこれを見ることになるとは……」


 突然現れた修道士はケンイチの手の中のものをみると鼻息荒くして、早口でまくしたてた。


 あっさりと黒い箱の正体がわかってしまった。

 ローラン先生でもなく、グールド神父でもなく、ぽっと出てきたどこぞのおっさんによって。


「コネリー修道士、この箱のことがご存知のようだが……?」

「いかにも。

 私めが若き頃に押しを追って帝国をさまよい歩し頃、この様な魔道具は離れがたき友と言ってもよかった……」

「おおう、それはなにより」

「だが、この黒い箱だけでは意味はありませぬ。

 この黒い箱に封じられた記録を再生するには、また別の魔道具が必要となります」


 沈痛な面持ちになる修道士。それにつられて神父もなんてことだ、とでもいいたげに頭を左右にふった。小芝居臭いことこの上なし。

 修道士が薄めでケンイチの方をちらっちらっと確認しているのは気のせいではない。


「グールド教会長……これも神の思し召しかもしれませぬ。

 幸運なことに、わたくしめ帝国産の再生機については少々心得が……」


 その言葉を聞いたときのケンイチたちの喜びように、コネリーは小さくぐっとガッツポーズをとった。


 ◆◆◆

 

マコト、ケンイチ、ミツキ、そしてメイドのクリスティア、さらに神父と修道士は教会本館にある広めの談話室に集まっていた。ここには、大きな画面に映像を映すことができる映写型魔道具が備わっているのだ。


 修道士は自室より持ち出した汎用型魔道具の上にケンイチが持っていた黒い箱を置いた。そして自分の魔道具から伸ばしたケーブルを映写型魔道具に繋げた。さらに別のケーブルを書見台のような操作盤に繋げた。

 そしてふぅと息をつくと、操作盤を指で擦ったり叩いたりした。


 次の瞬間、正面の画面には抽象画のような色の羅列と英数字がずらっと表示された。


「うむ、生データはなんとか取り出せそうですな。対応するコネクタがあってよかった。

 やはり、これは映像データ……ほら、データ先頭付近にそれを示す信号が立っている。まぁ……単なるデータの羅列を人間にわかるように変換する仕掛けが必要なのですが……くくく。おそらく帝国産のデータ変換術符が必要ですな。

 ううむ、この先頭データパターンでどのような変換術符が必要かわかるのですが……ああ、音声トラックは平凡な変換術符によるものですな、

 画像トラックはと……んふぉ!ふぉおおおおっ!

 こ、これは、なんとマイナーな!  

 すでに工房が廃業したデータ変換術符が必要ですぞこれは……大変ですぞ。ふっふっふっふっ……

 まぁ、わたしが持っている術符を3枚ほど融合すれば、ぐふっふふふふふふ」


 どうしてこの手の人は訊いてもいないことをテンション高く必死に語り出すのだろう……?とマコトは営業スマイルを浮かべたまま思った。

 同じく営業スマイルを浮かべているケンイチもミツキも同じことを考えているのに違いない。


「あのー」


 一通りしゃべり終えたのか、静かになった修道士にマコトは声をかけた。忘れてはならないが、マコトは妖精族のふわふわ超美少女である。外面は。


「な、な、なにかな……」


 視線をちょっとだけ合わせて、なにやらソワソワしながら修道士は答えた。美少女に声をかけられるのに慣れて無いらしい。


「この中に入ってるの、やっぱりビデオ――音声付の動画なの?」


「ああ、ビデオで通じますぞ。

 いかにも、言われる通り、ビデオのデータがこの中に入っておりますぞ」


「やった」


 ばんざーい、と手を上げるマコト。かわいい。


「ま、まぁ、よかったでござるな、

 このままでも音声は再生できるから、ちょっと最初だけ流してみますぞ」


 修道士はそそくさとコンソールを操作した。画面がな真っ暗になり、「エラー:画像が再生できません。音声のみの再生となります」というメッセージが浮かび上がった。


 そして、部屋中に響いたのは軽快なリュートの音。


 全員聞き入っていたが、修道士は再生を途中で止めた。


「教会長……」

「うむ」


 神妙な面もちの神父と修道士。


「この、まるで帝都が熱くなるような響き……」

「……うむ」


 二人は頷きあう。

 帝都が熱くなる――彼らの思うところを訳すならば、トウキョウがホットになる、といったところか。アイラヴユーは月が綺麗ですね、と訳するが如く。   


「我々の信仰が試されるとは……」

「挑まなければなりませんね。

 ……修道士コネリー、術符の錬成を早く」

「御意」


 修道士は魔法陣が描かれた石版を目の前に置くと、その上に三枚の術符を並べる。


「ぬぅん!」


 そして手をパンと叩くとそのまま高速呪文を詠唱する。


 この状況にマコトはついていけない。おそらく、ケンイチとミツキもそうだろう。


 白目をむくほどの集中と、繰り返される詠唱が続くなか、魔法陣の上の三枚の術符がみるみる溶け合い一枚の術符になった。


「できましたぞっ!」

「さすがコネリー殿」


 できたての一枚の術符を前に満足気に頷く二人。


 そして修道士はにこにこと笑いながら、ケンイチ達一向に席を立つよう促した。


「ささ、皆様は少々席を外してくだされ。

 この黒い箱にどのようなものが封じられているか判らぬが、確認は必須。

 ここは修練をつんだ我々二人にお任せくだされ。なぁに、数々の加護をうけた我々ならば心配ご無用。


 ……あ、教会長、ヘッドホンはそこにありますぞ。

 なにしろ外に音が漏れたら大変ですからな」


 ◆◆◆


「……一体なにが起きてるのやら」


 談話室を追い出された四人は、そのまま教会本館の説教台ちかくの席に座っていた。ケンイチは腕組みをしながら頭を捻っている。


「けっこう切迫した雰囲気だったよね……神父さん達」

「わたしたち、ひょっとしてとても危ないものを持っていたのかしら……」


「いったいあの取引先のオヤジは、俺に何を渡したんだ……?」


 ケンイチは頭をますます撚るばかり。



 その時、教会本館の出入り口ドアがバンっ!と大きく開いた。



「どこだぁ! 腐れ神父ぅ!

 教会でなんつーもん見てんだぁー!」


 ドアの向こうから現れたのは小柄なエルフの女騎士――ローラン先生だった。

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