第2話 すみませんねー、そこに無いなら無いと思います。
「おいおい、コレも違うのかよぉー、
もう外れっぱなしの沼にハマってるじゃかよー」
魔導具中古ショップ「ハロー☆マジック」の店内を歩きながらケンイチがボヤく。
この店は案外広いのだ。入り口からカウンターにたどり着くまで、大量の中古魔道具が陳列されている棚の列を横目に進むことになる。その棚の間をボクとケンイチは並んで歩いてる。
マコトとケンイチ、ミツキとクリスティアがペアになって目的のモノを探していた。マコトとケンイチは棚を巡り歩いて目と足とカンで陳列品から探す係、ミツキとクリスティアはカウンターにある商品目録を探す係だ。
ケンイチは最初は個性的な見た目の魔道具を見て「おお、コレなんだぁ!」とテンションが高かったが、段々と死んだ魚のような目でボヤき始めていた。
「ボヤいてんなら探してよ」
「探してるだろ?
まったく、売り物ならちゃんと管理しておけよー。
客に訊かれて店員がどこにあるかわかりません、って恥ずかしいだろ?」
「そういうお宝探し的なところが好きなお客さんもいるんだよ。
ケンイチのところみたいな誰でもウェルカムな店とは違うのー。
……この店な商品はボクよりも常連さんの方が詳しいかも」
マコトは「ハロー☆マジック」の常連さんのことを思い浮かべる。
部品取り用のジャンク品ばかり買っていく高テンション老夫婦。
実験用にギリギリ動く格安中古魔導具を買っていく近くの学院の貧乏学生。
何も買わずにただ魔導具のうんちくを語っていく教会の坊主たち。
なにも語らず魔導具をじっ時間も見つめるドワーフとエルフ。
ゴエモンヤ商会の跡継ぎだというのに店に一円も落とさないバカ……。
クセが強いのばかり……。
「ちょっと待て、
俺はカレン姉からはちょくちょくモノを買ってるからな」
いけないいけない、口に出ていたようだ。
「この店の店頭においてある品物の目録をざっと見たけど
再生機っぽいのはこれ以上ないわよー」
カウンターの方からミツキが歩いてきた。
先程からカウンターで目録から得られた情報を片っ端からメッセージとしてマコトに送っていた。このメッセージのことを説明すると色々とややこしいのだが、要するにすごい以心伝心というべきか。
ミツキのギフト、というかチートは「インフォマッパー」と呼ばれている。
インフォマッパー、説明すると各地に散り散りなった情報を「紡ぐ」能力のことである。広大な現実の世界を一枚の地図にまとめあげるがごとく、広大な情報の世界を手の中に収まるがごとく扱うことができる。
……ボクよりヒロインっぽい能力じゃないか。
ボクにメッセージを送るということはボクを構成する情報に、ミツキがメッセージを「足す」ことを意味している。物理的に耳に届くというわけではなく、すでにメッセージを「知っている」という状態を作り出すことだ。いろいろ考えると恐ろしい能力のようであるが、ミツキには是非良心的な使用をお願いしたい。
「ミツキは早いー、目録って結構厚さがあったでしょー?」
「そこはそれ、わたしの得意分野だから」
目録の記載を目的のモノを探しやすくなるよう「整理して」探索をおこなったようだ。
「お坊ちゃまのご友人には驚かされるばかりです」
ミツキの後ろからクリスティアがしずしずとやってくる。
そういやこの二人、初対面だったはず。
「そんなぁー、クリスティアさん褒め過ぎですよー」
ミツキが照れ笑いをしながら、止してよー手な感じで手をブンブンしている。
彼女のしては珍しい表情だ。
「いえいえ」
対するクリスティアの表情もにこにこと親しげに笑っている。
すでに十分仲良しのようだ。一緒に作業をするうちに急速に親しくなったようである。
「それじゃ、クリスティアさんに進められた帝国製のローション、
お母さんの店にお試しで使ってもらうようお願いしておくから♪」
「お役に立てられて嬉しいです。
あれは少し催淫が強めですから、そこことをお伝え忘れなく」
「うん、わかってる♪」
……何の話をしていたの? ふたりとも……
◆◆◆
「……結局、カレン姉の店には無かったか」
「うちの店は色々なものはあるけど、何でもあるわけじゃないしー。
ましてやその黒いビデオソフトもどき、帝国産なんでしょ?
ルルラリラ王国にそれを再生できる魔道具があっても、レアものだと思うなー」
店であの黒いビデオソフトをマジマジと観察した結果、次のような注意書きが帝国庶民語で書かれていたことが解ったのが唯一の成果だった。
・これは食べ物ではありません。
・魔物への武器として使用できません。
・踏んだら壊れます。
「帝国って本当になんでもあるわよねー。
うちの店でも、店員に帝国の貴族とルルラリラの貴族がプレゼント合戦をして
……ルルラリラの貴族がボロ負けしたことがあったわ」
ミツキの(ルルラリラ側にとっては)苛烈な現実の暴露に、ああー、とケンイチとマコトは苦笑した。昔は――ケンイチとかミツキが転生するずっと前の話だが――帝国からの侵略を撃退したララトリア王国だが、近年は国力が徐々に落ちていることはもはや明白だった。
マコト、ケンイチ、ミツキは旧王宮前の商店街の大通り歩道を歩いている。、そして少し離れた後ろにクリスティアが控えている。今日は休息日じゃないというか休日ではないので、観光客の姿は少ない。
それでもマコトの姿をみて、あっと顔を向ける観光客がいる。サラサラの銀髪とグリーンの神秘的な瞳、そして妖精族独特の静謐なオーラは人を惹き付けるには十分だった。さらにその後ろに長身の美貌のメイドが控えているのだから余計に目立つ。
屋敷付きのメイドが商店街に現れるのは珍しい光景ではないのだが、小さな妖精族の少女の後ろに控える長身のメイドという組合せはどうしても絵になるのだ。
その妖精族の正体は精巧な魔導具であることはさておき。
「おう、3人……ああ、今日はメイドさんも一緒か。
うちの店で金物でも買わないかー?」
そんな4人に声をかけてきたのは金物屋のジョージ爺だ。ギフト持ち――つまり転生者の可能性が高い――で、昔は冒険者として派手に暴れまわっていたらしい。今は商店街ののほほんスケベジジイに収まってる。
今でも昔取った杵柄か、空中浮遊術をつかった立体的で自在な攻撃を披露するなど、商店街では頼りになる戦力の一人だ。その(外面は)いぶし銀の老ファイターの勇姿に、観光客の中にもファンが多い。スケベジジイなのに。
「買わないよー、
今から教会に行くんだよー」
マコトは手を横に降って金物を否定した。
「教会? 三人で?
学校になにか忘れ物でもしたのかい?」
マコトとミツキが通う「学校」は教会の敷地内に建っている。
「違う違う、先生に聞きたいことがあって」
「ほぉー、そりゃ勉強熱心なことじゃのー」
「ハロー☆マジック」で目的の品物が見つからなかったとき、三人は考えたのだ。
自分たちよりもこの世界のことについて詳しい大人に訊いてみようと。
自分たちよりも、そして普通の大人よりも世界の物事をよく知っていそうな人物、さらにこの黒い物体がビデオソフトだと判った過程は転生者ではない人、いわゆるチート持ちではない人には説明しづらいので、できれば転生者だと確認できる人物が質問する相手としてふさわしい。
そこで浮かんだのがエルフのローラン先生だ。歳はアラサー。
ちなみに彼女はマコトたちの前世でも担任の先生だった。
長命なエルフおいてはアラサーでも容姿はまだまだ少女のままであるが、転生した魂は大人である。ましてや王立学院の教員養成過程を幼女の容姿のまま飛び級で卒業した才女だ。本人は「人間のときの感覚が抜けなくて、18歳で学院に入っただけなのに……」と言っているが、幼女の姿で飛び級卒業した才女だと世間は言っている。
……ん?それほど才女か?
まぁ、黒い物体の正体を知らなくても、質問先の相談ぐらいには乗ってくれそうだし……
「ジョージさん、あんまり期待していないけどコレなんだか判るかい?」
ケンイチはひょいと問題の黒い物体をジョージ爺の前に出す。
「『期待してないけど』は、ないじゃろ?
……うん、まぁ、判らんな。 なんじゃこの黒いの」
ジョージ爺は頭を横にふった。
「商品のおまけで貰ったんだけど、どうもビデオみたいなんだ」
「おまけ? ビデオ?
人にプレゼントするビデオテープなら外から判るようにラベルでも貼っておくのが礼儀なんじゃないかのー、
まるで中身は判らないほうがよいような感じじゃのー」
「まぁ、俺はこれを取引相手からの『試し』だと思ってる」
「『試し』とはのう……跡継ぎっていうのは大変だの……
……おまけ……ラベルなしのビデオテープ……
……あっ」
ジョージ爺はなにかに気づいたらしい。
「ジョージさん?」
ミツキは、はっとした表情のまま固まってるジョージ爺の顔を見た。
「い、いや、何でもない……。
その……、そのエルフの女の先生に訊く前に……、
そ、そうじゃの、教会の筋肉神父様さんにもちょっと訊いたほうがいいんじゃないかのー。
いろいろ得体のしれない神父様じゃが……、うまく教えてくれるかもしれんからのー」
そう言って、ジョージ爺はそそくさと4人の前から立ち去った。怪しい。
「?」
マコト・ミツキ・ケンイチの首をかしげた。
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