第3話 転生したら担任の先生もいました。あと悪友も。

 旧王宮前までやってきた。


「お城だぁ……」

 マコトは見上げながら素直な感想を漏らした。

 

 旧王宮の見上げるようなそびえ立つ正門のさらに樹木で隠れた奥に、宮殿の塔がまた高く高くそびえ立っている。いかにも古めかしく重厚感溢れる容貌であって、荘厳との言葉が自然に浮かぶ。


 対して正門前には、屋台が立ち並び観光客でごった返していた。各屋台の店主も昨日の暴風雨でろくに店が出せなかったので、取り返そうと躍起だった。


「わっ、エルフだ……」


 正門前では揃いの白地の甲冑を身につけた男女のエルフ騎士が、鞘に入れた剣を地に突き立て並んで警備していた。


「まー、この場ではエルフよりも妖精族のわたしらの方がレアだけどね」


 観光客たちも、おおっという感じでこちらを見ている。カレンは彼らやら彼女らに手をひらひらと振っている。慣れたものだ。


 観光客はカレンに手を振り返えされると、一斉にカメラを構えシャッター音の洪水となる。観光客集団の図々しさはどの世界でも変わらない。

 ただでさえごった返しているのに、カメラの前は横切りたくないという他の観光客の良心的な行動と絡み合い、交通が混乱する。


「あーっ、ダメダメダメ。

 ここで立ち止まらないでくださーい。

 他の人の邪魔になりまーす。

 はーいはいはい、ご協力ありがとうございまーす。

 ごゆるりお城の観光を楽しんでくださーい」


 警備していたエルフの騎士団の中で一番小柄なエルフの少女騎士が両手をブンブン振りながら観光客らを誘導している。

 その背伸びして頑張っている姿に観光客たちはほっこりしてその指示に従っている。


「ちょっとーカレン!

 観光客を惑わすようなことはやめてくださいって何時も言ってるでしょっ!」


 ある程度観光客たちの流れが整ってくると、その小柄なエルフはくるりと向きを変えてこちらにつかつかと歩いてくる。


「やぁ、ローラン先生。

 今日は先生が会いたかった人を連れてきたんだ」


 カレンはエルフの少女騎士に動じることなく、片手を上げて応じた。


「んー?

 ……あら、マコト君じゃない」


 そのエルフと目があった瞬間、魂の表面を優しい撫でられるような感覚に身体が震えた。おもわずマコトは身をすくめた。


 その小柄なエルフは腕を組みながら身体が少し横に倒れるような姿勢で立った。そして顔にかかる髪を顔をぶるっとさせて振り除いた。それはちょっと前まで教壇に立っていた姿そっくりで……。


「え、先生……?」


 担任の先生の立ち姿とそっくりだった。


「そうよー」


 ぐいっと薄い胸を張る少女エルフ。


「若く……なられましたね」

 

 若い、とうより子供なんだけど。


「あらやだ、これでもアラサーよ」


 長命種であるエルフのアラサーとは人間でいう何歳ぐらいなんだろうか?


「なんで騎士団の仕事なんか……?」


「ここじゃ、わたし騎士団の一員だから」

 

 正門前に並んでいる甲冑を着たエルフ達をさす先生。


「転職?」


 転生して転職、語呂がいい。


「先生もやってる。

 ……天職だし」


 またしても、ぐいっと薄い胸を張る少女エルフ。


「へー」


 この幼くて小柄な容姿で教壇に立ってる?

 いまいち想像ができない。


「ローラン先生は教会の学校で先生やってるよ」


「ローラン?」


「わたしの名前」


 自分自身を指す彼女。


「ローラン……」


 朝の時の名前とのギャップが……

 前の名前はもうこっと、和風というか侍っぽいというか、そんな名前だったのに……。


◆◆◆


「この王宮に王様とかすんでいるの?」


 マコトは遠くの塔を眺めながらカレンに訊ねた。


「住んでなーい。

 王様たち遠くに行っちゃった」


「王都は三十年ほど前に、東の方に移ったの。

 だから、いまはボランティアというか街の人たちとエルフの騎士団が管理とか手入れをしてる。

 地元の商会も結構なお金出してるし……

 あー、そっか……」


 ローラン先生はそこまで言って、何かを思い出したかのように薄笑いを浮かべた。


「あー……」


 ミツキもウンザリとした顔を浮かべる。


「私たちがこの世界に転生したのは神様がおこした奇跡かもしれないけど、

 多分その神様は、神様は神様でもお笑いの神様かもしれない……」


 ミツキが遠い目をして呟いた。


「どうしたの?」


 カレンは屋台の前に付けられている時計をちらりと見た。


「もうすぐだねぇ」


「今日ね、王宮の庭の端に大きめのカフェがオープンするんだけど……」


 ミツキは王宮正門の奥を見ながらそう言う。

 観光客らしき人たちがある方向に向かって歩いているのが見える。


「観光客向けのカフェなんだね」


「紅茶や緑茶やほうじ茶やドクター・○ッパーを出すらしいわ」


「は?」


 最後にちょっと場違いなものが……。


「だから、紅茶や緑茶やほうじ茶や○ョルト・コーラを出すらしいわ」


「さっきと最後違うよね?」


「流石にクリア○ブは無理だったみたい……」


 マコトを無視してふぅーとため息を付くミツキ。


「クリ○タブはエルフの里でも禁忌されたものだ。

 しかたあるまい。

 ……ちなみにわたしはガラナ派だ」


 同じく腕を組んで正門内に入っていく観光客の行き先を見持っているローラン先生がつぶやく。


 クリアタ○がこだわるエルフの一族って一体……。


「マコトちゃん、

 あの数の観光客を捌くとしたら結構な量の食材が安定的に必要だって……わかるよね」


「え、まぁ、そうかもね」


 ミツキからの脈略のない突然の話題に戸惑うマコト。


「あと、この街の商店とメニューが大かぶりしないようにする企画力と調整力」


「うん」


「それと、店舗スタッフの教育……

 ここ隣の帝国からの観光客も多いから、それらもちゃんと対応できるようにする教育システムの提供も必要よね」


「うん」


「それと店や周りの環境をメンテナンスできる能力……この旧王宮の建物はまだ王家の持ち物だから色々とめんどくさいのよね……」


「うん……ちょっと素人ではここでカフェをやっていくのは難しいことは分かった」


「そうなのよね……」


 そこで再びミツキは深いため息をついた。


「それにここ、日本からの転生者が多いって言っても

 すぐに前世の文化を再現できるわけはない。

 材料やら部品やら機械とかが必要なわけ。

 だからそれを誰かが用意しないといけない……」


「それは……そうだよね」


「そういうのを大々的にやっている商会があって……」


 そこまで言って、ミツキはマコトの方を向いた。


「そう……いろいろ頭がおかしい商会の本店がこの街にはあるのよ」


「頭がおかしい……?」


 商売上手とか、先見性があるとか、いろいろ言いようがあると思う。


「たしかにあの商会は頭がおかしいねぇー」

「う、うーん、まぁ……たしかに、

 あれは頭がおかしいと言っても過言ではない……な」


 カレンとローラン先生が同調する。


 その時、街の衛視の二人が正門前に詰めているエルフの騎士達の方へ小走りでやってきた。


「ご苦労様です。

 大型の馬車が来るので観光客の誘導をお願いたく……」


 エルフ達に敬礼したあと、衛視はそう告げた。


「ああ、予定にあったやつだな。

 騎士ローラン! ゴエモンヤ商会の馬車が来るぞっ!」


「はーい! いま配置につきまーす!

 それじゃまた後で、マコト君」


 ローラン先生は騎士団の方へ戻っていった。


「ゴエモンヤ商会……」


 なんかこのファンタジーでヨーロピアンな空間に似つかわしいない名前が聞こえた。


「おい、ゴエモンヤ商会の馬車がやってくるぞ!」


 屋台の店員が周りに叫んだ。


「来たか……みんな、気にしたら負けだぞっ!」

「おうっ」


 屋台の店員達が気合いを入れてそれぞれの作業に戻る。


「?」


 その光景を不思議そうに眺めるマコト。


「ねぇ、ひょっとして……その頭のおかしい商会って……」


 遠くからしゃんしゃんと馬車がやってくる音がした。ほかの馬車の音に比べて、明らかに蹄の音が多い。つまり多頭での牽引が必要なほど大きな馬車ということだろう。車輪の音も多いような気がする。


「マコトちゃんの推測どおり、

 ……ゴエモンヤ商会よ」


 だんだんと近づいてくる大型馬車。その蹄や車輪の音に混じって、また別の歌声というか掛け声のようなものも混じって聞こえた。


 ミツキは何やら悟ったような顔をしている。


「あー」


 この歌、聞いたことがある。

 前世でよく駅前の大通りを走っていた。女性向け短期間高収入風俗店求人情報サイトを宣伝するアドトラックから流れていた歌だ。


 甘ったるい香りがする香料の名前をリズミカルに唄っていく。


「うわぁ……」


 向こうから白馬6頭立ての大型の白塗り馬車がごとごとと車輪を鳴らしながらやってくる。例の歌もよりはっきりと大きく聞こえてくる。全体的に白色を基調としてところどころに細やかな装飾が施してあり、そして所々にアクセントとして入る金色の飾りが施してある。

 金ピカのような成金臭さもなく、品のあるデザインと言えるだろう。

 ただし、隠しスピーカーから流れるのは例の曲である。


 前世でこの曲は何度も聞いたことがあるが……本当に癖になる曲だ。


「ゴエモンヤ商会って……ものすごく言葉を選んで言うと

 実験的精神が旺盛というか……頭のいかれたマーケティング研究してるというか……。

 多分、あの馬車の中で周囲の人の反応をモニタリングしていると思う」


「へー……」


 言葉を選んでも頭のおかしいことは変わらないのか。


 マコトは周囲を見渡す。

 あれは何だという雰囲気の観光客に対して、屋台の店員はその馬車と目を合わさないようにしている。


 馬車がちょうどマコトたちの前で止まった。音楽も同時に止まる。静かになった。


「止まった……?」



《バ○ラっ!》



曲のフレーズ一部が不意打ちに流れてくる。


「ぷばっ!」

「くぷぅ! ……くそっ! フェイントかよっ!」


 屋台の店員が堪えきれずに吹き出してしまう。

 ある店員は屋台の端を拳で叩き悔しがる。


「……今の店員の反応を見て、馬車の中のあいつは多分はガッツポーズを取ってる」


 停止したが、未だドアが開かない白塗りの馬車をみてミツキが呟く。


「誰だか知らないが……すごく性格の悪いやつだね」

「ええと、あの馬車の中にいるの……マコトちゃんがすごく知っている人よ」

「え?」


 馬車のドアがパクンと歩いた。

 それと同時にどこからか控えたいた黒服を着た楽団員が馬車の左右に並びファンファーレを奏でた。

 

《本日のカフェ開店を記念して、ゴエモンヤ商会商会長のご子息のご来場です》


 馬車のスピーカーからの案内と同時に、馬車の開いたドアから赤色のカーペットがしゅるしゅると降りてきた。

 

「うわぁ……」


 ミツキがうんざりとした顔をした。



 ――そして「彼」が現れる。


 馬車の奥からまだ子供の背格好の影が現れた。

 彼は、静けさを惜しむように、ゆっくりとその白い革靴で赤いカーペットを踏みしめる。王宮を照らし出す太陽が彼に注がれる。

 ぴったりに仕立てられた白色のスーツが太陽の光を反射する。白色が眩しい。


 ゆったりゆったりと馬車から降りた彼は、一度立ち止まると眩しそうに王宮の正門を見上げた。


「あーはははははっ、はははははははははっ

 ひぃーはははっははっははっ、あーはははっ、

 ……何やってんの? ねぇ、何やってんの?

 ケンイチ、お前、本当に何やってんの?

 ねぇ……白いスーツは卑怯だって……笑い死ぬぅ……」


 それを指さして笑い転げるマコト。


 上品な雰囲気の白色の馬車から澄ました顔で出てきたのは白いスーツを着た前世の親友のケンイチ。前世にて校内ののエロシンジゲートを独力で構築した男であるケンイチ、校内の最新パンチラスポットを常に提供し続けてきた男であるケンイチ、その結果女子生徒の黒インナーパンツ着用率を高めてしまい上級生に涙ながらにボコられた男であるケンイチがそこにいた。


 笑われたゴエモンヤ商会商会長のご子息――ケンイチは、一瞬戸惑った。周りの警備のエルフの騎士団も戸惑う。その中でローラン先生はあちゃーと頭を抱える。


 傍目から見れば、美しい妖精族の少女が白スーツ姿を見て大爆笑しているので、戸惑うなというほうが無理だろう。


「な、妖精族……? って、え? ミツキ?」


 ケンイチはその笑い転げる妖精族の隣のミツキのほうを見た。

 ミツキは肩をすくめてみせた。それで何かを感づいたケンイチはもう一度、笑い転げている妖精族を見た。


「……おまえ、マコトかぁー!

 ははっー、こんな姿になって……ぶわははっははははははははっ

 ははっはははっははははっはははっははは、

 マコト、お前何やってんの? マコト……おまえ精霊族の女の子になっちゃたの?

 何やってんの? 面白すぎるだろ?

 あーははっはははあはっははっはははっはっははっはは……げぇほ、げぇほ」


 同じく笑い転げた白スーツ姿のケンイチはむせた。


 徐々に戸惑いから解きはなれていくエルフの騎士団。

 傍から見ると白スーツ姿の少年が笑い転げているだけだからだ。


「団長、ここはわたしが」

「騎士ローラン……加減をしろよ」


 正門前で警備をあたるエルフ騎士団の中から、ローランが進み出る。


「わたしは自分の生徒を信じていますから……

 ――多少の力技でも大丈夫のはずです」


「え?」


 ぎょっとする騎士団長を後にすたすたと二人のところに進んでいくローラン。

 彼女は歩きながら呪文を囁くよう唱えていく。小さな女性型の精霊がローランの両隣に2つ現れる。

 エルフの精霊魔法が見れた観光客は興奮してカメラのシャッターを切りまくる。


「ローラン先生……」


 ミツキは笑い転げる二人の前に立つローランを見て、その静かな迫力を受けて一歩後ろに下がった。


 ローランはニコリを嗤った。

 美しきエルフの少女の笑顔は香り立つようだった。


 ローランの両隣の精霊が細い腕を振り上げた。

 そしてひょいと下に振り下ろす。


「あがっ!」

「うがぁ!」


 ずとんと音がして頭を抱えたマコトとケンイチが転げ回る。

 

「え、先生?」

「なに? 今のなに?」


 マコトはローラン先生の周りに展開される魔法と精霊を見て、言葉を失った。


「魔法……?」


 驚愕の表情を浮かべるマコトを見て、カレンは頭の後ろをぽりぽりとかいた。



「あちゃー、

 そういえば……この世界、魔法があるって伝えるの忘れていたわ……」

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