第5話 銀髪のボク少女と落ちる黒色の空。5
外が薄暗くなってきた。
中古ショップ「ハロー☆マジック」店内にも夜間営業向けの照明が灯られていた。商店街の大通りにはまだ息絶えたブラック・ワイバーンの遺骸が残っていた。そのそばを複数のエルフ騎士が警戒に当たっている。石畳の一部が壊れたらしく補修用のタイルが大通りの端に積み上げられていた。
「いやー、まいった。
人がいないって非番なのに呼び出されたのよー」
ハロー☆マジック店内では、マコトとミツキ、そして新しいズボンを履いたケンイチの他に、三人とそれほど体躯が変わらない少女エルフが騎士団の鎧を半分脱いでくつろいでいた。ブラック・ワイバーンの頭部が落下してきたときに青い顔をしながら警戒していた彼女である。
「あんたらもあんま無茶しちゃだめよー。
図体の大きい魔物はそれだけで危険なんだから」
「センセ、あれはカレン姉が余計なことを言ったから……」
優雅に冷たいハーブティを飲んでいるエルフと同じく、店の奥から椅子を持ってきてくつろいでいるケンイチは反論した。
「もうちょっと考え方があるでしょ?
ケンイチ君、あんたまだ子供なんだから親に助けを求めていいのよ。
間にゴエモンヤ商会の会長を立てておけば、カレンも無碍にできないと思うし」
「うちの親は『大金の賢い使い方を身をもって学べ』っていう姿勢だから」
「おぅ、お坊ちゃま」
エルフの少女は目をぱちくりと開いた。
「さっきまで親に色々言われたけどさ。
新しい仕入先の見極めをローリスクでできる機会を得たことで、なんとかチャラにできた」
「協会の皿とボランティアセンターの印刷機の話?」
「そこまで知ってるのかよ……。
新しい仕入先さ、隣の帝国とのつながりが強い商会らしくて、
品質や技術的に優れたものが安く仕入れることができるかもって期待してる」
「子供の口からでてくる言葉とは思えないわねー。
まぁ教会の補修跡だらけの皿が新しくなるのは嬉しーわー。
神父にみんなでささやき戦法を実施したかいがあったわ」
センセと呼ばれたエルフとケンイチは互いにいろいろ含みのある笑みを浮かべて冷えたハーブティを飲み干した。
「あの……これ何時までつけていればいいの?」
カウンター前に椅子をおいてそこにちょこんと座っているマコトにはパーティでつけるような「今日のMVP」とデカデカと書かれたタスキがかけられている。
「ジジイどもが覗きに来るのを止めるまでだ。
つまり今日の営業時間が終わるまでだ」
「えー、恥ずかしぃーよ」
ケンイチに指を指され宣言され、不満そうな声を上げるマコト。
「ミツキさんは家の方大丈夫なの?
遅くなると家の人心配しない?
なんなら送っていくけど」
「はい。
よろしくお願いします。先生」
ミツキはエルフの騎士にペコリと頭を下げた。
エルフはミツキに「先生」と言われてなんだか嬉しそうだ。長い耳がぴこぴこ動いている。
「二人が並んで歩いているとどちらが護衛されているか判らないんじゃないかなぁ」
「大丈夫、抜刀して歩くから」
「巡回衛視に捕まりたいのかよ」
その得意げなエルフはケンイチのちゃちゃ入れにも怯まない。
「あのー、いいですかねぇ?」
四人のものではない別の渋い声が聞こえてくる。
ケンイチがぎょっとしてその声のした方、つまり書棚のほうに顔を向けた。
「あんたまだ売れてなかったの?」
喋る魔導書にかけるエルフの声は冷ややかだ。
「あっしは半分非売品みたいなものですしねー、もうしばらくはここに置かれたままになるんじゃないですかねぇ。
そんなことより、カレン様がそろそろ帰ってきますぜ。皆さん方」
その一言で4人のお茶を飲む手がキレイにピタリと止まる。
「あー……」
「そろそろ帰ったほうが、いい……かな?」
「ありゃー明日の教材準備しないと……」
「……一人にしないでよ」
ケンイチが椅子から立ち上がろうとする。
「あー、カレン様から伝言がきました。
『受け付けカウンター増設の見積もり作ったから確認してね。あと、印刷機は帝国産の最新鋭の最上位グレードがいいな♪ ……だから首の皮洗ってそこに座ってろ』とのことで……」
「監視されてるっ?!」
「マコトちゃんを危険な目に遭わすから……」
「まさかこの手で教え子の首を介錯する時が来るとは……」
「ハラキリしねーよ!」
その時、ドア付近の機械鳥の口がパカッと開きちりんちりんと鈴のような音が鳴った。自動式のはずなスライドドアを手動でどばぁんと開き、妖精族独特のふわりとした銀色の長髪が現れた。
そのドアから現れた女性はカラフルなワンピースに白色のカーディガンを羽織り樹皮で編まれたサンダルを履いていた。口元にわずかな笑みを浮かべた表情は、それだけど一枚の名画になってしまいそうだった。
「姉様……」
マコトのその一言で、蠱惑的なオレンジ色の瞳を持つカレンの顔がぱっと笑顔になる。
「よかったわー……かっこよかったわー、
んもぉー、あのキリッとした顔で空を指差すところなんか……事務所で何度繰り返して見たことか……」
拳を握り締めて、くぅーと感激を味わい直すカレン。たわわなバストがぶるんと揺れる。先ほどの名画の美少女はすでにそこにはない。
「今度はもっと良い衣装用意してあげるからねぇー、
……、あ、ケンイチ君、見積もりこれだから」
ぼいっとどこからか取り出した紙束をケンイチに投げる。子供にとる態度かよ……とボヤキながら計画書と見積もり書を見比べるケンイチ。その数字を見ておふっ、ダメージを受けた声を漏らしてしまったがその目がだんだんと真剣なものになっていく。
「おお、ミツキちゃんもローランちゃんもいらっしゃい。わぁーいつ見てもかわあぁいい」
先生と呼ばれたエルフ少女の名前はローランと言うらしい。
カレンはミツキとカレンそれぞれに全力のハグを、二人の香を鼻いっぱいに吸い込んだ。二人は悟ったような表情でカレンのなすがままだ。
「姉様はもう旧王宮の仕事終わったの?」
カレンのハグが強すぎて、耳をビクン三昧ビクンを揺らしながら悶えているエルフ少女のことを気にしながらマコトは尋ねた。
「まぁー、しがないバイトだからね。
そ、れ、よ、り、もっ!」
ぱっと、ローランをハグから解放すると、軽快なステップでマコトの前に立った。
「?」
「ちゃんと店のお留守番してた?」
にっこりと笑うカレン。
「え?」
「ブラック・ワイバーンの退治は良いけど、
それまではちゃんとお留守番してた?」
「えー……うん」
「おねーさん、嘘はいやなのよねー」
そこでスッとマコトと距離をあけると、すたすたとガラス戸付の書棚に向かった。書棚の中には例のおしゃべりな魔導書がある。
無言でがらりと戸を開けるカレン。
「おう、なんでぃ?」
「魔導書ちゃん、ずっと見てたよね?」
「えふっ?」
魔導書が書棚の中で不自然な動きをする。
書物が何もしないのに動くこと自体不自然なのだか。
「お、おう……マコトさんはちゃんと留守番してたような気がするなぁ……」
魔導書はカレンの視線から外れるように書架の上をすすすった横に移動した。それをがしっとカレンの左手がつかんだ。
「へぇー、そうなんだ」
空いているカレンの右手を魔導書の表紙に手をあてた。
「なら、身体に訊いてみちゃおうかなー」
その手はズブズブと表紙の中に埋もれていく。
「ああっー」
魔導書は悶えた。
「ほーら、ほーら、身体はしょーじきだねー」
「……ああぉ、すごい、すごいぃー、こんなに奥深くまでぇー」
魔導書を多分官能的に攻めている妖精族。よく分からないけど多分エッチな光景に、エルフの教師はミツキの耳を両手で塞いだ。ひゃんと声が出た。
しばらくは店内に渋い声で喘ぐ魔導書とそれを攻めるカレンの声が響いた。
そして。
「正直にいっちゃいなよー、
マコトちゃんは、ちゃんとぉーお留守番してたのかなぁー」
「は、はいぃ、はいぃ、言いますぅ言いますぅ、
居眠りしてサボってましたー」
魔導書は陥落した。
ガラス戸はびたんと閉められた。
書棚の中の魔導書は力抜けたかのようにパラパラとページが捲れていく。
「真実はたった一つ……、
マコトちゃん、おねーさんは嘘は嫌いだなぉー、
……いやいやぁー、
本当はねぇ、嘘大好きかもー、
マコトちゃんを好き放題する理由が手に入るしぃー」
「へ?」
マコトの後ろにするりと回り込み、カレンは両腕でしっかりとホールドする。首筋にふっと息を吹きかける。
「二人とも帰るわよ」
エルフの少女騎士は椅子から立ち上がった。立てかけておいた鞘に収まった剣を身につける。
「……ああ。カレン姉、見積もりの返答は後日で」
「……マコトちゃん、頑張ってね」
そういうことになった。
「ちょっ、ちょっ、
センセ、ミツキちゃん、ケンイチぃー
姉様を止めてよぉー! 今夜こそ壊れちゃうぅぅー」
沈痛な面持ちで三人は店のスライドドアから出て行く、外はもう夜だった。
ミツキとローランは少し顔を赤らめながら、ケンイチはぶつくさと自分の考えをまとめながらそれぞれの帰途につく。
店の明かりが消えていく。
スライドドアは小さく開き、隙間からカレンの手がひょいと出され、ドアにかかる札を「営業中」から「準備中」にひっくり返した。
最後に店の看板「ハロー☆マジック」を照らし出す照明も消える。
その後、店内で何が起こったのかは誰も知らない。
終わり
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