第4話 銀髪のボク少女と落ちる黒色の空。4


「美しい……」


 ラノア王立学院魔法工学科の学生である彼は商店街の軒下から双眼鏡で、教会の塔の上で展開される魔法に見入っていた。


「単純に魔法を打ち出すだけじゃなくて、制御用と補正用の魔法も別に展開してるな……でも何で弾が3つなんだ?。小さい方の2つは予備か?」


 彼の傍らには同年輩の女性が同じように双眼鏡を覗き込んでいた。こちらの方が凝った装飾が施されている。


「部長の言うとおりかもしれませんがー、誘導用の状況監視も兼ねているかもしれませんねー、2点からの視覚情報の方が感覚的にやりやすいでしょうし。……それにしても、女の子二人が組んず解れつ……うひっ。」


「動画保存をよろしく頼むぞ。

 自分のにはその機能ついてないからな」


「言われなくても。今日はこれをリピート再生しながら反省会ですねー……ひゃっ」

「撃った?」


教会の塔の上から光の爆発のような閃光のあと、そよ風が肌を上から下に撫でる。


「ブラック・ワイバーンは?」

「バラバラで落ちてくるぞ、気をつけろ!」

「うわっ」


 街の上空に広がる魔法壁に大きな質量を持ったものが落下してきた。衝撃を和らげるために落下エネルギーを殺そうとするが、分散された反作用が街の地面をずんと揺らした。


「さすが大物じゃの」


 老人たちが見上げると、上空から商店街の大通りに黒い大きなものが降りてくる。バラバラになったブラック・ワイバーンの一部だろう。


「おわっ」

「うげげっ」


 双眼鏡を覗き込んでいた部長と副部長の前に降りてきたのは眼を見開いて絶命していふブラック・ワイバーンの頭部だった。


 すぐさま女性エルフの騎士を引き連れた教会のシスター達が駆けつけ、聖魔法で死骸を封印した。炎をはく頭部はゾンビ化した場合に危険物になるからだ。観光客は見目麗しいエルフとシスター達の組み合わせにしきりにシャッターを切っていた。


 封印が終わると一回り小柄なエルフの少女騎士を一人残して、騎士とシスターは去っていった。

 ワイバーンの頭部を横目でチラチラみながら、その隣に立つエルフの顔色は多少青かった。観光客のシャッターの音は止まらない。


 ◆◆◆


「え、なんで3つなのーっ!」


 一方、塔の上のマコトはあわわわとパニックになってした。メイン弾一つと、サブ弾2つ。マコトの当初プランはメイン弾でブラック・ワイバーンを絶命させたあと、視覚共有しているサブ弾で落下位置を調整するものだった。

 それが、メイン弾の威力が強すぎたのか当たりどころが良かったのか、メイン弾直撃後にブラック・ワイバーンは頭部、胴体左半分、胴体右半分に空中分解してしまったのである。

 頭部は何もしなくてもーー多少想定以上のスピードと質量はあるが、ダイジョウブダイジョウブ……ーー商店街の方へ落ちていったが、問題は揚力が不安定な大きな羽が付いたままの胴体2つだった。予測不可能な軌道を描く飛行物になってしまった。


「お二人、こうするんですよ」


 屋根の上の神父は構えた大型魔法銃の引き金を引いた。その一発目と二発目は胴体と羽の付け根に当たり、一瞬の間の後に分離した。羽根を失った胴体はそのまま商店街の方に落ちていった。商店街の方から悲鳴が聞こえたが多分許容範囲である。

 そして三発目が宙を漂う羽根の太い骨格部分に当たり、本を畳んだように翼が折れた。そして、同じように商店街の方へ落ちていった。今度はおー……おっ?と戸惑いのような声が聞こえていた。


「これは……借りですね。

 そうそう、教会で使う食器を新しいものに交換したいと思ってたんですよ。

 ケンイチさん、教会の方に寄付をお願いしますね」


 ニッコリと笑う神父にケンイチは、自分の財布を狙う敵が側にいたことに気づかなかった己を憎んだ、


「そ、そうよ。

 マコト、飛んでるアレの羽を引きちぎりなさい!」

「え、あ、うん……」


 残りは一つ。まだ宙を漂うワイバーンの羽付き半身に、サブ弾が襲いかかる。


「あの、言い忘れてましたけど」


 マコトの耳には神父の忠告は入っていない。サブ弾の一発目が命中し、胴体が回転しながら商店街の方へ落ちていった。またしても悲鳴が上がった。

 当然のことながら、いくら半分であっても頭部よりも胴体のほうが質量は大きい。何回もの衝撃に商店街の大地は試されている。


「ブラック・ワイバーンって高速飛行もできるので、

 ……羽の折り方次第では更に更にスピードを伴って墜ちることもありますよ」


 二発目のサブ弾か主がいなくなったブラック・ワイバーンの羽に当たった。羽は折れた。羽にかかる空気抵抗が少なくなった。爆発というエネルギーを受けて、……更にスピードが増した。


「ああ、あ。

 旧王宮に当たるぅ!」


 ワイバーンの群れな旧王宮に向かってとんでいた。だから、ブラック・ワイバーンをも旧王宮の方を向いていた。色々あって本体は脱落し羽だけがパージされたが、その進行方向は変わりない。


「防護壁あるけど、あの大きいものかぶつかったら……ただじゃ済まないでしょうね……」

 ミツキは冷静に被害のことを考えた。旧王宮はいまも王族が持ち主だから、修繕となると手続きの煩雑さと費用がかなり膨らむのだ。ケンイチは誰に賄賂を渡せばトータルで費用が少なくなるのかを考えはじめた。


 神父は素早く銃をリロードし、旧王宮に向かうワイバーンの翼に狙いを定める。

 だが、舌打ちを一回したあと銃から顔をあげた。


「もう一発、もう一発っ!」


 マコトは次弾の準備を始まる。


 その時、旧王宮の物見な塔から強力な光線が発せられると、じゅっと音がしてブラック・ワイバーンの翼は消え失せた。


「ああっ?」


 マコトは突然の物体の消失に戸惑いを隠せない。神父は、全くあの人は……と呟いて銃を虚空に格納した。


 街の街頭スピーカーがオンになる。


<えー、只今をもってワイバーン襲来の警戒態勢を解きたいと思います。

 今回の功績者については後ほどゴエモンヤ商会のケンイチ氏より発表があるでしょう。

 なおケンイチ氏の父上より伝言を預かっております。『新しいズボンをはいて、ちょっと商会長室まできなさい。会長として、父親として、男として話したいことがある』……以上です。

 あっと、それからですねー、ケンイチさーん。旧王宮保存ボランティアの方にも寄付をお願いしたいんですがー、観光客が増えたんで案内ボランティアの対応窓口の増設と、調子の悪くなったパンフレット用の印刷機の買い替えをしたいなー、なんて。

 そこのむっつりな神父に寄付するよりコスパいいと思うんだよなー」


 そこでぷつんと放送は終わった。


 旧王宮を取り囲んでいたワイバーンの群れはいつの間にか消えていた。どうやら、ブラック・ワイバーンに光弾か当たり絶命した時にに、一斉に海の方へ逃げ出したらしい。


 放送を聞いて呆然としているケンイチの肩に神父はそっと手を置いた、


「ケンイチさん。

 食器のことで日々シスターやエルフの騎士にことある度に小言を言われる私の立場を分かってくださいますよね……」


 神父の愚痴とも悲壮な願いとも取れる言葉にケンイチはようやく自分が何者かを思い出した。


「うちの店を通してくださいますなら、いくらかお勉強させていただきますが……」


 隣町の支店で聞いた新しい仕入先をケンイチは試してみる絶好の機会だと思った。

 ケンイチは生まれながらの商売人だった。これが彼のギフトである。


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