第3話 銀髪のボク少女と落ちる黒色の空。3


「ああ、マコトさん……、危ないですよ……

 多分大丈夫でしょうけど……」


 教会の塔は旧王宮の次に高い建物だ。

 その塔の最上階である屋根裏部屋から更に天窓からを通って塔の最上部にたどり着くことができる。マコトは、神父に心配されながらよっこらせ、と天窓から塔の煉瓦ぶきの屋根の上にたつ。この神父、優しそうな顔とはアンバランスにだぼっとした服の上からからでもわかるくらいに筋肉隆々であった。


 海からの風がここまで届いている。巻き上がる銀髪を手で整えながら、遠くに見える港のほうを見た。太陽に照らされたワイバーンの群れが砂漠を旅する隊商のように続いている。これだけ見ていると長閑な風景に見えるが、その黄色に輝くものは凶暴な魔獣だ。


「まだ来ない……?」

「マコト、連絡によるとあと五分ぐらい……、

 ああ……ワイバーンの群れが乱れてきたな……、もうちょっと早いかもな」

「マコトー、もう準備始めたほうがいいわよー、

 派手にやるんでしょー」


 天窓から覗いている神父を押し抜けて、ケンイチとミツキが顔を出す。


「わかったよー」


 マコトは魔法を展開する。

 キラキラと、太陽にも負けない光とオーラがその小さな身体の周りを、ゆったりゆったりと回り始める。


◆◆◆


 一方そのころ、地上の商店街の人、観光客がその教会の塔上でまばゆく光の渦に気づき始めた。


「おい、ありゃ何だ?(中古屋のマコトちゃんだな……)」


 ワイバーンを注視していた商店街の老人がわざとらしく教会の塔を指差す。つられて周りの観光客のカメラが一斉に塔に向けられた。


「何だ? 魔法を展開してんのか……(もうちょっと派手にやってくれないと、観光客にアピールできないぜ、助けてやるか……)」


「まさか、ありゃ子供だぜ (中古屋のカレンさんの妹さんなら、やりかねないな……)」


「……(俺のセリフなんだっけ?」


「おい、お前、その手元の紙は何だ?(フォローしてやるよ)」


「ああ、沿岸警備からの緊急連絡だ。

 んっ!……あのワイバーンの群れの後ろにブラック・ワイバーンがいるらしい……(ありがとな、あとで一杯おごるわ)」


「ブラック・ワイバーン! (おい、説明役がいねーぞ)」

「ブラック・ワイバーンだとっ! (いま走って来てる)」


「はぁ……ひぃー……、はぁ、あひぃ……。

 ブラック・ワイバーン……あいつが来るのか (しんどい)」


「知っているのか、ジョージの旦那!(あんたまた持ち場を離れているから……)」


 酒屋のエプロンをした若い青年がわざとらしく驚くと、観光客の視線はその老人に集中した。


「忘れもしねーよ、昔、俺が仲間と一緒にナビア大陸をさ迷っていた頃さ……、

 空が暗くなったと思ったら、急にあのデカブツが来やぎった。

 ……全長50メートルぐらいじゃなかったかな? 一瞬さ、みんなやられちまった……

 奴は人も家畜もみんな食っちまう……あと、口からの火炎波には気をつけな、

 奴に襲われた街は……そりゃ酷かった……

 めちゃくちゃさ……。

(先週さ、ソロス爺さんとか、エミリー婆とかと、商店街の若い奴らとナビア大陸の温泉に行った時にブラック・ワイバーンが出たんだよ。あれ、討伐賞金すんげー懸かってるじゃん? だから俺ら一攫千金に目がくらんじまってよ、最初から全力ぶっ放したわけ。

 そしたらブラック・ワイバーン討伐成功ってことで温泉街がドンチャン騒ぎになってよ、無料の酒とか肴が街中でバンバン振る舞われるわけ。もう街中酔っ払いで満杯になっちまってよ、翌朝なんか酔いつぶれた奴らが街中に死屍累々なわけ。どう、うけるっしょ?)」


「すまねーな、辛いこと思い出させてしまって(道理でコイツ最近羽振りが良いわけだ……、糞、俺の財布の貧しさを思い出してしまったぜ)」


「もう遠い昔のことさ……(調子に乗って、賞金全部使いきったんだよな)」


 ざわざわと一連の会話を聞いていた観光客らは騒ぎ出す。しかしベテランの観光客はニヤリと笑った。ブラック・ワイバーンの話がでても、この商店街の住人は騒ぐことなく、平然としたままだからた。この商店街の住人にはギフト持ちが多い。この街の外では危険きわまりないことが、この旧王宮を取り巻く街では可愛い子猫のような扱いになってしまうのだ。この奇妙な感じ、奇妙な街に迷い込んだ感じ、これがこの商店街の魅力なのである。環境客の手が感激で震える。


「ちっ、スカート押さえられたか……」

 カメラを構えた観光客がつぶやいた。


 塔の上を見上げると、マコトの風ではためくスカートを後ろから腕で抱きかかえるようにミツキが押さえていた。

 そして多少は自由になっている左手で、光魔法の眩い光をスポットライトのように集中させ、そのオレンジ色の円形は商店街を貫く道路を舐めるように往復する。その光が不意にすいっと先ほどのカメラを構えた観光客にあたり、観光客は目がぁ!目がぁ!と言ってのたうち回った。


「オレンジ色は危険予告信号……、

 そうか、ブラック・ワイバーンを大通りに落とす気か。

 おい、大通りで黄色のワイバーンの迎撃やってるの!安全を確保しろ!

 デカいのが落ちてくるぞ!」


 一人がそう叫ぶと、安全確保!という声が連なっていく。地上に落ちたワイバーンを回収するリヤカー達がガラガラと走り回る。


「あれ、ミツキちゃんじゃろ?

 母親に似てしっかりしてるわー」

「あんな娘が孫のところに来てくれれば良いんじゃがのー」

 ばしゅ。

「いやいや、ゴエモンヤのところの坊と仲良くやってるつー話じゃで」

 ばしゅ。ばしゅ。

「ありゃま、男を見る目は母親に似なかったのかねー」


 店の前に出されたベンチに腰掛け持参のポットに入れてきたお茶をすする老婆二人。思い出したかのように、無詠唱で魔法を放ち上空のワイバーンを撃ち落とす。リヤカー引きが息を切らして駆け巡る。


「カレンちゃんの妹さん……頑張るみたいだねぇ」

「カレンちゃんがつれてきた娘だからねぇ、

 面白いものがみれそうじゃのー」


 二人の老婆は合わせたようにお茶をすすった。


「部長、ここもう危ないですから離れましょーよ。三匹は新記録ですよー」

「冷却が駄目なのかなぁ……、魔力砲を撃つ度に精度が悪くなっていく……、それに威力もガクンと落ちていく金属での魔法弾制御には課題が残ってるが原因の切り分けをしないといけないが副部長なにか書くものはない……」

 白衣を着た部長と呼ばれる男は鏡で写しなが砲の中身を観察している。

「ああ、もう部長! わたしがリヤカーを引きますから待避しますよ!」

「え、お、おい、待ってくれ、まだもうちょっと、ああー」

部長と砲塔を載せたまま、副部長がリヤカーを引いていく。その後を無言でついていくメガネ白衣の男子女子。


◆◆◆


 しくしくしくしく。

 ケンイチは教会の屋根裏部屋で横になりながら泣いていた。


「まぁ、緊急事態ですし……」


 神父は苦笑しながらケンイチを慰める。


 ケンイチはパンイチだった。

 パンツに描かれた虎の勇ましい顔が、とても虚しく見える。


「仕方ないでしょ! わたしもスカートなんだから。見えないようにしないと!」


 天窓からミツキの声が聞こえる。


「いかなり剥ぎ取ることはねーだろよ……、マジで怖かったんだぞ……」


 現在、ケンイチのズボンはミツキがスカートの下にはいている。色々無防備なマコトの風に吹かれてパンモロを阻止するミツキに、自身の風に吹かれてパンチラを許すはずかなかった。実際、ミツキのスカートは風にはためく旗のごとく翻っているが、その下はしっかり多少だぼったズボンでガードされている。


 こういうのも好きな人がいるだろう。


「前世から仲がいいよね、ふたりとも」

「なにか言った?」

「いや、なんでも」


 ミツキの語気の強さがボクを躊躇させた。


「……身体に聞いてあげようか?」


 ミツキは指先でマコトのスカート内の太ももを指先ですいっと撫で上げた。


「ひゃい!」

 

 反射的に背中がびくんと反ってしまった。


「……あら、色っぽい」

「ちょちょちょ、何すんの!」


 慌てて自分の太ももからミツキの手を払い落とすマコト。


「変なこと考えていないで、集中しなさい。

 派手に一発で決めるんでしょ?」


「……うん」


 変なことを考えさせたのはミツキのせいじゃないかとマコトは思ったが、ぎゅっとマコトのスカートを抑えているミツキの表情から、何を言っても威圧で返されることをそのオートマチック・ドールは悟る。


 ずっとほぼ一列となっていたワイバーンの群れの形がが乱れ始めていた。必死に羽を動かして速度を上げつつ、前方の仲間とぶつからないようにするために上下左右に進行方向を変えている。そのせいで気流が乱れ、他のワイバーンの飛び方も不安定になっている。自分たちの後ろに距離を取りたい恐ろしい存在がいることを彼らはわかっているのだ。


「やぁ、来ましたね」


 神父も天窓から外にでると、這いつくばるように屋根に身を伏せながら双眼鏡で海の方を見ていた。


「ブラックワイバーンが来たのか?」


 ケンイチは窓から見を乗り出し、神父に尋ねた。


「そのようです。

 ……これは、大きいな。久しぶりに見ました」


 神父は目を双眼鏡から外し、ふぅーと興奮を落ち着かせるように息を吐いた。

 そして、塔の上で頑張っている少女二人に声をかける。


「勇敢なるお二人、微力ながらお手伝いしましょうか?」


 ミツキとマコトは顔を神父の方に向けた。


「マコト一人で大丈夫ですー」

「……ダイジョウブデスー」


 ハツラツとしたミツキの声とカタコトなマコトの声。


「若いですねー」


 神父はニッコリと笑った。


「マコト大丈夫か……」


 ケンイチはカタコトのマコトが心配だった。

 先程ミツキから身体に訊かれたことがまだ尾が引いているようだ。


 ブラック・ワイバーンは旧王宮のある大陸よりずっと南にその住処があると言われる。大きさは全長・全幅ともに30メートル程度だが、稀に50メートル級のものも生息する。身体はその名の通り真っ黒であり、目と舌だけが紅くなっている。正確は他のワイバーンと同じく獰猛で、他の小さいワイバーンや家畜、時には荒野の旅人も襲って捕食することがある。冒険者たちは基本的に複数のチームを組んで対峙することになる。

 平たく言えば、数人で相手にするのも無茶であるが、ましてや一人で対峙するのはありえないのである。


 そんなとんでもないものが海の向こうからやってくる。

 しかし、街は緊張感の欠片もなかった。

 思い出したかのようにワイバーンを撃ち落としながら、興味は教会の塔の上でブラック・ワイバーンを待ち構える少女に集中していた。させー!、とか、まくれー!とかよく分からない歓声が下方の人混みから聞こえてくる。


「……」


 そんな声に集中を乱されないように、マコトは自身の魔法展開に集中した。先ずは反動に耐えられるだけ魔法防壁を塔の周囲に張り巡らせる。マコトが歌うように囁くのはミツキが知らない呪文だった。カレン直伝のものだろうと推測した。


「周辺の大気情報、いる?」

「……ちょーだい。

 あと、落下予定地の座標も」

「どうぞ」


 ミツキの左手の指先がマコトの左手の指先に絡んだ。光の粒子が水しぶきのようにミツキとマコトの間を行き来する。


 肉眼でもブラック・ワイバーンの姿が確認できるようになった。その口には補食した黄色のワイバーンがだらりととぶら下がっていた。ちぎれた内臓の一部が地上に落ちていく。


 ゾクッとミツキは身が震えた。

 目があってしまったのだ。ブラック・ワイバーンと。その赤色の眼は捕食者が獲物を見つけた時の物だった。


「ミツキっ!」


 ズボンをはかないまま、ケンイチが天窓から屋根へと飛び出した。神父は何もない空中より大型の魔法銃を取り出さし、慣れた手つきでその銃口をブラック・ワイバーンの方にピタリとむけた。


「大丈夫っ!」


 ミツキは奥歯をぎりっと鳴らしながら、視線をブラック・ワイバーンの方に向けた。ケンイチは一瞬戸惑ったが、神父の隣で大人しく二人の少女を見守ることにした。


「……うん、大丈夫」


 呪文の狭間にマコトはそう呟いた。


 ブラック・ワイバーンがこちらに向かってくるスピードが上がった。どうやら、塔ごと二人の少女を喰らうことに決めたらしい。

 街にその影が落ちてくる。


 マコトの周りには大きい魔法粒子の塊1つとそれよりやや小振りな塊2つが、ゆったりと旋回している。そして、右手の指先の動きに合わせるように、全身から溢れ出る光の渦がその生き物のようにうごめいていた。


 ブラック・ワイバーンの接近につれて建物の屋根に空中術に長けた者がぼつりぼつりと佇むようになった。教会より一段低い建物の屋根には、先ほどベンチに座っていた二人の老婆が近くにいたギフト持ちのジジイを強制的に引きつれて座っていた。大丈夫と思いつつも、老人たちは孫のような年令な二人のことが心配だったのだ。


「あの糞ガキ、なんで下は下着だけなんだ?」


 屋根の上のジジイは教会の屋根のケンイチを見てもっともな感想を口にした。


 揺れる。空気が、屋根が、建物か、揺れる。ブラック・ワイバーンの巨体とスピードが生み出した衝撃が全てを揺らす。風で服が髪が、皮膚が地に押しつけられようとしている。筋肉は緊張し、毛穴は縮まる。街を覆うようなその巨体は想像を遥かに超えて大きい。黒い空が落ちてくる。

 神父は構える銃の引き金に指を添えた。屋根の老人たちは無意識に魔法を展開した。大人たちはブラック・ワイバーンが火炎を吐く兆候があれば全力で魔法を叩きこむつもりだった。


 ブラック・ワイバーンは本能的に戸惑いを覚えた。2つの新鮮な肉と血液の持ち主は何時もの獲物ではないことを感じた。荒野を歩く旅人を襲った時はどうだった?殺気などすぐに吹き飛んで、喰われるのを待つ生きているだけの肉塊になったではないか。だが、目の前のこれは何だ?


 危険だ。


 黒色の空の支配者は補食から炎で焼き尽くすことに考えを変えた。


「撃て」


 マコトは待っていた。あの巨体か簡単に方向転換できなない体勢になるまでを。方向転換ができても巨体が大きな的のままでいる距離になることを。ミツキからもらった大気のデータから補正をかけながら、どこに向けて撃つべきかをリアルタイムで再計算を続けていた。

 予想誤差が許容範囲に収まった。

 マコトは指先を上に向けた。


 あの黒い空を撃て。


 3つの高密度な魔法粒子の固まりが指先の方向に高スピードで打ち出された。


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