第2話 銀髪のボク少女と落ちる黒色の空。2


「おーい、いるかー」

 店正面の出入口の自動式スライドドアが開き、店内にちりんちりんと子鈴がなる。実際鳴っているのはドア内側端に取りつけられた機械鳥の口がぱかっと開いて鳴るのだ。そこまで頑張っておいて、何故鳴き声を妥協するのか。


「おー、いたいた。 マコト、ちょっとサボらせてくれ」

「ケンイチ、言い方……」


 そこからヒョッコリあらわれる十二歳ぐらいの少年少女。

 二人の名は、うざそうな顔つきと崩した服装の男の方がケンイチ、その横で髪を後ろで結い、こざっぱりした白のブラウスと紺のスカートで姿勢正しくしているのがミツキだ。

 ケンイチとミツキ、二人とも転生者で自分の生前最期まで同じクラスだった。


「オヤジがさー、隣町の支店までお使いに行ってくれってんで、きっちりとしたスーツみたいの着せられよー、

 支店は支店でお坊ちゃんがやって来たってんで、恭しく挨拶なんかしてきて、

 無下にもできないわで、大変だったわー」


 ケンイチはこちらに断りもなく来客用の簡易な造りの椅子を、カウンター横から引っ張り出すとそこにどかっと座る。


 そこ姿を見て、ミツキさうわぁ…という顔をする。ミツキはこういう礼儀作法にはうるさいのだ。

 わたしはミツキにも、カウンターの横にある椅子を勧めた。彼女はぺこりと頭を下げる。ぴょんと結った後ろ髪がはねた。そして、「失礼するね」と言い、椅子をケンイチの近くに置いた。


「なんだいこの店は。

 お客さんに冷たいお茶も出せないのかー、っと」


 ケンイチはそう言いながら、カウンター横をすたすたと歩くと、奥の棚からお茶が入ってるポットと陶器のコップを持ってきた。


「ケンイチは客じゃないだろー」

「おうおう、我をなんと心得る。

 この街、この国、果ては外国へと名を轟く

 ゴエモンヤ商会の跡継ぎ息子だぜ。将来の上客よ上客。優しくして損なことは無いとおもうぞよ」


 ケンイチはカウンターの上にコップをたんだんたんと並べた。

 ゴエモンヤ商会とは、この国のみならず他国の商品の流通と小売を商う大商会である。そんな家に幸か不幸か跡継ぎ候補として転生してしまった彼は毎日が実務見習いと英才教育勉強に忙しい。サボりたくなるのも当然であった。



「入れてあげる。

 あっ……すごいわね、これ冷却用の術式が彫ってある……」


 ひょいとポットを奪ったミツキは底面に彫ってある冷え冷え術式をマジマジと見る。


「隣国の軍隊からの放出品だよー」

「さすが大帝国ね、こんなものが支給されてるなんて……」


 ミツキは上品な音を立ててポットの冷えたお茶をコップにぞそいでいく。

 彼女が転生した家は夜の街のいろんな店やら宿やらを多数経営している一族トップの家だった。ケンイチの父親とミツキの父親は旧知の間柄らしい。


 そして、それぞれがコップに手を付けようとした瞬間だった。

 街中の火の見やぐらに取り付けられた拡声器のスイッチが入り、ウウッーとサイレンが短く鳴った。


<えー、只今沿岸警備の方から連絡がありたした。

 ワイバーンの群多数、旧王宮のに向かって飛行中。

 住民の皆様は警戒をお願いします。

 観光客の皆様は近くの店舗に避難するようお願いします。


 繰り返します……>


「あらら」


 ケンイチはそれを聞きながらお茶をくいと一口飲んだ。


「ワイバーンかー」

「何色だぁ?」

「特に何も言ってないなら、黄色でしょ

 ……けっこう良いお茶ねこれ」

 ミツキはお茶の香りを確認しながら答える。


 ワイバーンとは翼竜のことで、全長2~5メートルほどな空飛ぶ大トカゲのようなものである。もちろん肉食。

 旧王宮以外で出現したら、街中にある冒険者組合が大騒ぎして衛兵と冒険者に非常召集がかかることにかる。ついでにこの混乱に乗じて泥棒などを働く不届き者がいるので住民の自警団が街のあちこちに立つことになる。

 平たく言えば、大変危ない魔物である。


 スピーカー放送は続く。

<なお、今回一番の成果を上げられた方には

 現在、中古ショップ『ハロー☆マジック』で緩んだ顔をして、マコトちゃんやミツキちゃんに囲まれながらおサボリ茶を飲んでいる

 ゴエモンヤ商会のケンイチ様より

 豪華な賞品が進呈されるそうです>


「んなぁ!」


 ケンイチは含んだお茶を吹いた。


「汚なーい」

「もう……マコト、これ使っていい?

 ああ、この服洗濯できるのかしら……」


 どん引きしたマコトの横で、ミツキは近くにあった布巾でケンイチの服をポンポンと叩いたあと、テーブルの上に飛び散ったお茶を手際よく拭いていった。


<繰り返します……>


「うるせぇっ!

 ……クソ、あのアナウンス、カレン姉だな。

 よそ行きの声で気付かなかったぜ。


 ……ミツキ、ありがとな」


 ケンイチは――……うっわ、コイツ本当に緩んだ顔だった――額に手を当てて、奥歯を噛みしめた後にミツキにお礼を言った。

 それよりも問題なのは。


 ちりんちりん。

 店の扉か開けられ、商店街のご老人方がわらわらと集まって店内を覗きこんでいた。


「おう、本当だ。

 ゴエモンヤのボンかいるぞ」

「ミツキちゃんと、店主の妹……マコトちゃんもいるぜ」

「可愛い女の子二人に囲まれて、ほーん……糞ガキが!」

「……ミツキちゃん、お母さんに似てきたのぉー」

「この手の早い糞ガキ……港に沈めるか?」

「いやまて、王宮裏の山に埋めるべきと思うんじゃが。

 そうさのぉ……飢えた野犬が掘り返すぐらいの浅さがベストチョイスかのー」

「マコトちゃんとミツキちゃん……幼くして既に美人オーラが……フフッ、

 ワシのデリケートゾーンに春の息吹が来ちゃいましてね……」


 そして様々な意味で物騒なことを行っている。若い頃は冒険者で転生チートを使いまくった面々だ、人でなしの面構えが違う。


 ケンイチは店先のご老人どもをみて顔を青くしている。転生者は色々常識がぶっ飛んだ連中だ。それは同じ転生者のケンイチが一番良くわかっている。

 ミツキはケンイチの後ろに隠れた。そのことがご老人の血圧をますませ上げていく。


 ちなみ、最後の卑猥な言葉を口走ったジジイはババア数人にボコボコにされていた。若い頃は暴力ヒロインをやっていた面々だ、足さばきと連続技のキレが違う。

 やがて、仕上げとばかりにポーンと天高く蹴り上げられたジジイはそのまま星になるーーと思われたが、先行していたと思われる上空のワイバーンにクリーンヒットした。

 よろめくワイバーン。


《烈風斬!》


 そして空中で体勢を立て直したジジイは、指先から瞬間的に風魔法を繰り出した。その蒼いオーラをまとった魔法はそのままワイバーンの首を切り落とす。


「おー、今日の一番手柄は金物屋のジョージかー」


 ジジイとババアは空を見上げている。

 空から落ちてくるワイバーンは一度街の上空を覆う魔法壁で落下スピードを殺され、ゆっくりと商店街内に下ろされていく。この街の教会の装置が動いたのだ。


 そしてジジイこと金物屋のジョージはすでに無い髪を掻き揚げ、風をまといながら地面に降りた。

 そしてその姿を観光客が手持ちのカメラで撮りまくる。

 信じがたいことだが、彼には固定ファンがいるのである。


 ◆◆◆


「マズい……あのジジイども、調子に乗って何タカってくるか想像つかん」


 一方店内ではケンイチが眉を潜めながら思案していた。

 老人たちはワイバーンの群の本体が近づいてくるとのことで、商店街の各自の持ち場に散っていった。


「前は、キャバクラのVIPルール貸切だった?」

「プラス特別チャージの高級酒をいくつか……」

「うわぁ……」


 老人の色欲にマコトがどん引きしていると、店先で上空を見ていたミツキが戻ってくる。


「お母さんがやっている店だったから無理できたけど

 もうゴメンよー。

 お母さんにも色々言われたし……」


 ミツキの母親はこの商店街の裏通りにある風俗エリアを取り仕切る女ボスだ。


「やっぱ、怒られた?」

「いや、そーじゃなくて……」

「?」


その時ゴンゴロゴンゴロとリアカーに荷物を載せた集団が通っていく。


「いいか!

 今こそラノア王立学院魔法工学科の意地を見せるのだっ!

 この商店街のちょっとアレな奴になんか負けるでなぁーい!

 私に続け秀才達!

 今度こそ最高の成果で、ゴエモンヤ商会から実験機材を寄付してもらうのだ!」


 近くの学院の学生たちらしい。

 リアカーに積んでいるのは大砲の部品のようだ。


 転生者をアレ呼ばわり……まぁ、要求としては割とまともかな?


「それと!

 商店街のマコトちゃんとミツキちゃんを実験室に呼んで!

 納品業者からのマージンを使って!

 尊い世界を実験室のみんなでエンジョイするのよー!」


「おお、分かっているではないか同士ー!」


 先頭をひた走るリヤカーをすごいスピードで引いていく白衣の男女の後ろに、さらに白衣とメガネをかけた学生集団が続いていく。

 あっという間に見えなくなった。


 前言撤回。

 クソ学生どもが……。


「聞いたか、マコト。

 事態は非常にまずい方向に進んでいる。

 俺の財布、ミツキとマコトの尊厳、そして俺の財布……

 危機の1時間がすでに始まっているんだ」


 真面目な顔をして腕組みをするケンイチ。おいコイツ自分の財布のことを二回言ったぞ。


「そこでだ、一つすべてが丸く収まる方法がある」


 ケンイチはそこですくっと立ち上がり開けっ放しの扉に向かってあるき出す。


「マコト、お前はあのカレン姉の妹だ」


「いや、ケンイチしってるよね?

 ボク、姉様が作ったマシン・ドール」


「つまり、カレン姉のあの訳のわからない強力な魔力の素質を引き継いでる」


「まぁ、姉様の魔力のエミュレーションはできるけど……。

 というか人の話を聞いてよ」


「今、商会の諜報部から連絡が入った。

 いま来ているワイバーンの群れの後ろにブラック・ワイバーンがいる」


 扉の外の喧騒を背にキリっとした顔で振り返るケンイチ。大商会の跡取り息子であるケンイチには使用人という名の部下が色々いるらしい。

 しかしコイツは部下の話は聞くのに、ボクの話は聞く気が無いらしい。


 ケンイチはどこからか取り出したサングラスをスチャとかける。よく見ると、服にお茶のシミがまだ残っている。


「ブラック・ワイバーンってあの黒くて大きいやつ?」

「そう、黒くて……大きいやつだ」

「黒くて大きいワイバーン……」


 冒険者ならここでもう少し詳しいブラック・ワイバーンの生態うんちくが出てくるところだが、残念ながらボクたちは冒険者ではない。黒くて大きいワイバーン、多分火を吹く。

 言うまでもないが、我々は城壁に囲まれた平和な街でのんべんだらりと過ごす転生者なのだ。ボクたちは冒険をしない自由を行使している。


「マコト、お前がブラック・ワイバーンを倒すんだ。

 そうすれば、全てうまくいく」


 ケンイチはニカっと笑って親指を立てる。 取って付けたような笑顔はとても胡散臭い。


「その根拠は?」


 不機嫌が顔に出ているマコト。


「言うまでもないが、マコト、お前はチョロい」

「はぁ?」


 指先を顔の前でくるくると回しながらヤレヤレという感じで顔を揺らすケンイチ。

 マコトの不機嫌はさらに大きくなる。


「欲望はな……いつか満たされるときがくる。

 例えば……いくらうまい牛丼でも、食べ続けるといつかは食い飽きる……これ世の定理。

 わかるな?」


「いやそれ、飽きるというより満腹になったからじゃ……」


「どこぞのトンマに賞品を出すトンチキな運命から俺は逃れそうもない……ふふっ。

 ならば、ここは損切りという名のできるだけ被害を少なく終わらせるよう行動することは正しく合理と言えよう……ククク」

「……まぁそれは姉様のせいだから、ちょっと申し訳なく思ってるけど」


「商売の基本は、売り手よし・買い手よし・世間よし、だ」

「はぁ」

「つまり自分の被害を少なくして、相手がチョロく喜んでくれて、周りがなんとなくツッコみ辛い状況にしてしまえば勝利と言えよう」

「……何に勝つんだよ」


「マコト、今一番欲しいものはなんだ?」

「ケーキセット」

「よし」


「アツシのところの店で、ケーキセットの一番高いやつを奢ろう」

「ほんと?」

「ああ」

「黒いチョコレートとか白いチョコレートとかのミックスを?」

「もちろん。

 マコトがブラック・ワイバーンを倒せすことが条件だがな」

「やるよー♪」


 バンザーイの両手を上げるマコト。


「マコト……

 あんた、チョロい……」


 ミツキはマコトの将来を心配していた。



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