第1話 銀髪のボク少女と落ちる黒色の空。1


 午後の日差しが気持ち良いのでぁ~……


 ……いかん、眠ってしまったのである。

目の前をもっさりと覆う長い銀色の髪を両手で整えながら、はふぅーと息を吐く。近くの中古魔導書が格納されている棚のガラス戸に映る自分の姿を見る。長い銀髪に包まれた小さくぷっくりとした唇とくりくりした大きく丸い緑色の瞳か麗しい。


 よろしい。今日もわたしは美少女なのである。


 わたしが居るのは商店街の端にある中古(レンタルも可)魔導具店「ハロー☆マジック」のさらに奥にあるカウンターだ。ちなみに客はいない。

 商店街には観光名所の旧王宮に向かうか、出てきたか、通り過ぎたかした旅行客がぶらついているかしている。なので、こんな商店街の端っこにまで来るような酔狂な奴ぁいない。


「お嬢さん、居眠りしてたらカレン様に怒られてしまいますぜ」

 ガラス戸の中から渋い声が聞こえてきた。


「はうぅ……、

 ……キミは何にも見てない、いいよね!」


 少し動揺してしまったが、キリリと表情を整えて返す。棚に置かれている魔導書に。


「かわええ……ま、まぁ、いいですけどねぇ。

 あっしも、お嬢ちゃんがやらかした時のカレン様の嬉しそうな顔を見る度に、

 背表紙がこう、ぞっとしますから……」


 魔導書はボーカーフェイスのまま続ける。

 重厚なデザインが施してある表表紙に表情なんてあるかどうか知らない。


 背筋がぞっとするというのは聞いたことがあるが、背表紙がぞっとするというのは魔導書独特の感覚なのだろうか。



 ◆◆◆


 言い忘れたが、ボクが転生したこの世界は現代日本とはかけ離れたところである。

 まずは魔法がある。

 誰でも気軽に魔法をどーんという訳ではないが、石を百回ぐらい投げれば数人の魔法使いに当たる程度にはいる。もっともその時は魔法の反撃から全力で逃げなけねばならない。村の子供が魔法教師によくやる遊びである。


 ……魔力が存在する以上、それを糧とする厄介な魔物を当然いるわけだが。


 文化といえば、街自体が古代へのロマンが掻き立てられるような連立する石造り建物やら大通りを貫く石畳やら、橋やらで満たされている。日々修繕やら新築とやらで、現代社会だと貴重すぎて歴史学者が卒倒しそうな歴史的建造物がスクラップアンドビルドの名のものでぶち壊されて、その後で貴重すぎて歴史学者がエクスタシーを迎えてしまいそうな建造物が生誕してしまっている。この街は近くで良い石材や粘土が取れるので自然と石造りの建物が多くなってしまうのだが、もう少し木が生い茂る山の方の街になると豊富な木材を利用した建造物が多くなる。そこで使われる技術は、現在美術工芸研究家が見たならば思わず匠認定ボタンを連打してしまいそうな名人芸の宝庫であるが、当の名人はそのボタン連打にうるせぇ!の怒号と共にトンカチを投げ込んでくるだろう。


 馬車やら発動機付き荷車がひっきりなしに行き交う道路を海側へと辿っていくと、この街に隣接する港にたどり着く。

 港には豪奢な帆船やら、クリッパー型の帆船、そのほかに動力機付きの船もちらちらと停泊したり、沖合で錨をおろしたりしている。

 その船から降りくてくる人々も人種が多様で、地球にいる人種は当然ながら全てカバーし、さらにエルフやら半獣人やらが、自分の言語と共通語を駆使して観光やら商売やら、いかがわしい夜の街の情報交換などをしている。いいか、この雑誌は日付と風俗情報だけは真実なんだっ……。だが待ってほしい、オキニを隠すというのが人の性、言葉の裏を読まねばならぬ……。


 ……大人の会話は難しくて子供のボクにはよくわかないものである。あそこまで必死なのだからきっと大事なことだろう。


 この国は王政である。ルルラリア王国という。しかしながらあまり実感はない。この街は新王都から離れていて、王族というのが正直ピンとこないのだ。この街を治めるのは王都から派遣された行政官だし、王族など転生してから一度も見たことはない。新聞などからちらちらと名前だけ知っている程度だ。

 昔は商店街の近くにある旧王宮に王族やら貴族やらが政務やらパーティやら逢引などを行っていたらしいのだが、その時代の話は転生者で今はのんびりと余生を送っている老人たちの思い出話の中にしか窺い知ることしかできない。今は旧王宮の名の通り、王族やら貴族やらは新王都に移り住んであり、その新王都の中にある新王宮の中で相変わらずの優雅な生活を送っていることだろう。


 旧王宮から新王宮への移転理由は簡単である。

 この旧王宮は隣のヴァルガンド連合帝国との国境に近すぎるから、王族やら貴族やらの支配階級が身と財産の危険を感じたからである。

 あと色々町並みが古く、道路が入り組んでいるので、これ以上発展しないんじゃね?と思われたのもある。多分こっちが本当の理由だと思う。


 支配階級がビビる帝国だが、そこからの観光客は金回りが良いのが多い。商店街としては大得意様である。


 さて、ボクが生まれ、ボクが過ごしているこの商店街。

 この商店街は元々王宮を中心に旧市街を取り囲んでいた旧城壁の跡にできたものだ。だから、だからところどころ旧城壁の名残のようなものが残っている。

 その古い遺跡のせいかどうか知らないが、昔からこの商店街には転生者が生まれやすい。


 そうなのである。


 この商店街には老若男女の転生者が多すぎるのである。



 ◆◆◆


「キミは器用なことするね……ふぁ」


 話す魔導書に呆れているとあくびが出た。


 あくびが出るのは眠いからだ。

 そして眠い理由は単に寝不足だからだ。

 そしてそしてこの寝不足は昨日被った罰が原因だ。


 わたしは昨晩、姉様からなる薄いの刑を受けた。

 一晩中、いろいろとち狂った母親にお世話される幼児のように、いいこ、いいこ、うぇっへへへへへへっ、されたのだ。いい匂いがして、いろいろ柔らかくて、いろいろ気持ちよくて、いろいろ新しい扉がぱっかんぱっかん開くわで、眠れなかったのだ。


 翌朝、姉様はツヤツヤしていた。神々しいかった。

 わたしはそのホリーでハッピーな光のせいか、滅死済みの邪鬼のように真っ白になっていた。

 生きねば。


 ◆◆◆


 カレンというのは姉様の名前だ。普段はこの中古魔導具店の経営やら、旧王宮の管理会社のアルバイトに行っていたりする。

 歳はわたしより5歳ぐらい上のように見える、自分と同じ銀髪の長い髪を持ち、オレンジの瞳が印象的だ。顔つきはわたしと似ていて美人さんである。

 

 姉様はわたしをマコトと呼ぶ。


 誰もが姉様とわたしは姉妹だと思い、そしてわたし達はそれを否定しない。十二歳ぐらいの妹と十七ぐらいの姉、商店街の端の店にいる美人姉妹、それが姉様とわたしだ。


 それはウソである。


 姉様とわたしは血がつながっているわけでもないし、同じ種族でもない。姉様は人間でもなくちょっと俗にまみれた妖精族であり、わたしはそんな姉様に作られた少女型機械人形である。オートマチック・マシン・ガールなのである。


 しかも、機械人形の源である魂は他世界産だ。


 この世界では珍しいことではない。

 現にこの商店街にも、わたし……ボクが生前に面識のある魂の持ち主かいろいろといて、それなりにやっている。


 生前のボクはちょっと妄想激しいオトコノコだった。具体的にはクラスで授業を受けている際も、テロリストやら強盗なんかが学校を襲い来たときにどうするかを常にシミュレーションしてきた人間だ。いざという時は無意識に動けるようにしてきた。


 まさか本当にクラスに武装した人間が飛び込んで来るとは思わなかったし、

 まさか本当に自分が無意識に動けるとは思わなかったし、

 まさか本当に武装した相手に良い勝負ができるとは思わなかった。


 ましてやクラスの誰よりも真っ先にあの世行きだったのは想定外だった。攻撃は最大の防御のはずなのに何故。


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