15話、泥棒にお仕置きだ!
「誰だって訊いてんだよ、テメエ」
銃を向けながら男は尋ねる。少し声が上擦っていた。
そりゃそうだ。鍵のかかった無人のはずの部屋に、人間が――それも深夜のオフィスという場所には異質な『少女』が立っているのだから。
それに、俺も尋ねたい。
……何をしに来たんだ、幽海ちゃん。
幽霊にこんなことを思うなんておかしいかもしれないが――こんな危険なところに来るんじゃない。それに怖がっているに違いない。幽海ちゃんの過去を知ったから尚のこと容易に推測ができる。
あのまま部屋で待ってくれていても良かったのに。俺を無理に助けに来なくても。
でも、実のところは嬉しいんだけどな――その言葉は今は幽海ちゃんの負担になるからぐっと呑み込む。
「……」
「……ま、何もしてこねえなら、どうでもいいか」
とっとと入れ、殺すぞ――何も言わずに立っている幽海ちゃんに痺れを切らしたのか、俺を部屋の中に無理矢理入れた。繰り返し繰り返し行われた情報の捜索が始まる――。
その時。
「――ねえ、不法侵入者」
「っ!?」
男が驚く。俺もビビった。
幽海ちゃんがいつの間に会議室の中央から姿を消し、一瞬で泥棒の背後をとっていたのだから。幽霊の為せる技、なのか?
「な、何だよ!」
男は俺を突き飛ばして即座に振り向き銃を向ける。俺のことは注意の外に一旦置かれたらしい。
……反撃のチャンスか? いや、まだ俺への意識は逸れてから間もないから今行けば射殺される可能性もある。少しだけ待った方が良い――。
「――この会社に無断で入って来て、彼を傷つけようとしたことがどういうことか、教えてあげよっか?」
幽海ちゃんが、告げる。
ぞくりとした。
身も心も底冷えする様な、絶対零度の声だ――ただ恐怖を抱かせる為だけの、そういう声。幽海ちゃんの目論見通りなのか、男の体が凍り付く。幽海ちゃんは構わず首に手を伸ばした。
「命を代償に支払ってさ」
首を絞める気か――そ、そこまでするのか幽海ちゃん。
トランプとかで遊んでいる時も思ったが、真に迫った時の演技力は凄まじいものがある。しかし、身を縮こまらせる程の恐怖を抑え込んで何故そこまでできるのだろうか……?
対する男は、このままでは殺されると本能が告げたのか。
「っ、ああああああああああっ!?!?」
男は、堪らず引き金を引いた。
1、2、3、4、5、6。
勢い余って立て続けに6発の銃弾が、幽海ちゃんの顔と体に向かい――
盛大にガラスが割れる音。直後けたたましい警報音がビル全体に響く。ビルの警備システムが作動したのだろう。これなら
「くそ、クソッ!!」
引き金を未練がましく引く。引き続ける。しかしもう銃弾は出ない。耳を
こうなれば、と幽海ちゃんを振り切って逃げようとする。人質だった俺を差し置いて。もう俺でどうこうするどころじゃないのだろう。幽霊相手に人質など無意味だ。
まさしく逃げるが勝ち。逃げればまだ勝機があるという意味ではなく、ここでは逃げなければ負けるのだ。超常的な存在を前にただの人間は無力なのだから。
だが。
「逃げられるとでも思っているの?」
男は思わず急停止し、バランスを崩して尻餅をつく。既に失禁しそうな勢いで震える男の顔に、真顔の幽海ちゃんが近づく。鼻と鼻とが突き合う距離感。
仲が良ければドキリとするその状況も、敵対すれば恐怖でしかない。
「――許さない」
幽海ちゃんは。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
ただ平坦に、しかし怒りを1つ1つにしっかり込めて、男に言い放った。
鎖の様に連なって解けない、強い怨嗟の言葉を。
「っ、ああああああああっ!!!」
男は、覆面越しにでも分かる程顔を歪めながら、拳銃を幽海ちゃんに放り投げた。姿を透過させている幽海ちゃんに拳銃という人間の産物など当たるわけがなかった。拳銃は、がしゃと後方の床に虚しく叩きつけられるだけ。
「許さない」
変わらず構わず幽海ちゃんは怒りを発露し続ける。男は怯えながらもどうにか立ち上がって逃げ続ける。すぐそこの角を曲がって男の姿は見えなくなったが、再び尻餅をついて角から姿を現した。恐らくまた幽海ちゃんが瞬間移動したのだろう。
もう如何にもならないと思ったのか、更に俺のいる方向へと逃げて少し離れた会議室に立てこもった。がしゃがしゃと音が鳴る。机でもドアの前に置いてバリケードでも作り上げているつもりだろうか。
幽海ちゃんは透過できるし、瞬間移動までできるというのに。
だが、幽海ちゃんはどういうわけか透過せずにドアの前に立つ。一体何を――。
「許すものか」
ドアに両手をかけて、がしゃ、がしゃ、と揺らし始めた。
それだけだ。それだけで、バリケードが崩れ去る音が聞こえた。一瞬後に間抜けた男の悲鳴も。
恐ろしい――すり抜けていくよりも遥かに、敵意を演出できる。ここまで来ると流石に俺も恐怖を感じる。
障壁がなくなったドアをあっさりと開けて、幽海ちゃんは男の前に近づく。
「許さない」
顔が、再びゼロ距離まで詰められる。男の顔は幽霊よりも顔面蒼白だ。
「絶対に、許してやるものか――その顔は覚えたからね。どこにいても、何をしても、お前のことは、許さない。許してやらない」
「……め、なさ」
男は先ほどまでの威勢は何処へやら、身動き一つできずに。
「ごめ、なさ……!」
許しを乞うていた。
もう何をしても勝てない――悟った彼は心からの敗北宣言を告げた。
だが。
「話聞いてた?」
幽海ちゃんはばっさりと男の懇願を切り捨て、男の肩に手を置く。
手に、少しばかり力を込めたのだろうか。
「……ぎ、ああああああああああっ!?」
男は苦悶の声を上げた。
幽海ちゃんの力は、恐らく常人のそれではない――人間ではないから当たり前かもしれないが、大の大人が絶叫するなど、相当な力に違いない。先程バリケードをドアを揺らして崩したくらいだ。力の強さは想像もつかない。
「許さない。許さないに決まってるじゃない」
でも幽海ちゃん、流石にそれはやり過ぎじゃ――。
「大事な友達に怖い思いさせておいて、許される筈がないでしょ?」
……。
「何があったって、何をしたって、許さない」
「……ぁ。ぃ、え」
男はとうとう、奇声を上げて項垂れた。失神したのだ。
ぱっと幽海ちゃんが肩から手を離して仰向けに倒す。ズボンには、惨めな染みが出来上がっていた。
ビルの警報音に混じって、遠くからサイレンの音も聞こえてくる。
…………終わった、のか。
俺も緊張の糸が解けてしまい、ふうううう、と長い息を吐いてしまった。
「……りっ君!!」
幽海ちゃんが先程までと打って変わった、今まで過ごしてきた通りのトーンで俺のところに飛びついてきた。
……俺は、そのまま幽海ちゃんのハグを受け止めた。ただ、無事を伝えるために。
「……ありがとうな、幽海ちゃん。俺は大丈夫だ」
「えへへ、お安い御用よ」
俺は、冷ややかだけど暖まる、幽海ちゃんの体温に安心していた。
~~(m-_-)m
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