8話、いざ、尋常にトランプ勝負っ!(後編)

 さてこれで一転、また俺がピンチというわけだ。

 確率は2分の1。ここからは運勝負もあるが、心理戦の面も強くなる。

 純粋で素直だからと侮っていたが、これは本当に気が抜けない。幽海ちゃん、本当にジジ抜き初めてなのか……?

 或いは『コイツ……戦いの中で強くなっていやがるっ!?』というヤツか。少年漫画フィクションじゃあるまいし、と思ったが、既に幽霊とジジ抜きしている時点でフィクション感満載だった。ノンフィクションなのだが。間違ってもテレビ番組にはできないけど。

「おいし~♪」

 『じゃがこり』をリスの様にこりこりと齧り続ける幽海ちゃん。その可愛い光景で心が緩みそうになるが、慌てて引き締め直す。

 ……待てよ、これも幽海ちゃんの作戦なのか? 心理戦だと、本当に一枚上手かもしれない――さっきの演技で割と心を折られた感がある。


 であれば。

 心理戦ではなく純粋な運勝負に持ち込めばいい。


 俺はそう判断して、後ろ手にしてカードを滅茶苦茶にシャッフルする。そして裏向きにしたまま、床に置き、その上に手を乗せ。

 その上で。幽海ちゃんの反応で表情すら変えないように。念には念を入れるのだ。

「さあ。幽海ちゃん。選べぇ!」

 俺も、どっちにどっちがあるのか本当に分からない。

 純粋に2分の1。ここからは1も動きはしない。幽海ちゃんに男らしく真っ向勝負だ。相手、女性だけど。

「……」

 幽海ちゃんも俺の意図に気付いたのだろうか、『じゃがこり』を齧るのを止めた。今まさに、真剣にどっちにしようか悩んでいることだろう。

 右か、左か。

 ゆっくり休めるか、罰ゲームの仕事か。

 いや仕事しろよ――というツッコミはこの際なしだ。今良いところなんだ。

「……むむ」

 今幽海ちゃんが何をしているのか分からない。が、可愛らしく悩む声は聞こえる。

 罰ゲームそのものが嫌なのだろう。負けること自体が嫌だ、という負けず嫌いなところすら感じる。でなければ、あんなに手の込んだ演技はしない筈だ。

 ……いや、パトロール衣装に身を包んだ幽海ちゃん、可愛いと思うけどな――。

「……りっ君、今、変な事考えてない?」

「考えているわけないだろう。俺は真摯にゲームに挑む紳士だぞ」

 変態という名ではない紳士だぞ。

 「ふーん」と幽海ちゃん。恐らくジト目で俺の方を見ているだろう。何だ、やめろ。そんな目で俺を見るんじゃない! 見えてないから、俺の被害妄想だろうけど!

「……まあ、いいや。じゃあ、選ぶよ~……!」

 そう言って、いよいよ決断の時がやって来るらしい。

 さあ、どっちだ。

 右か。

 左か。

「……えい!」

 ――その瞬間。



 ひやり、とした感触が。

 直撃した。


「っ、うおあああああああっ!?」

 やっべ、柄にもなく深夜に大声を出しちまった。というか、ひっくり返って尻餅ついてしまった。これ苦情来たりしねえよな……?

 ……って、おい。

 カードから完全に手を離しちまった。床に置きっぱなしのまんまだ。

 今どうなって――。

「えへへっ」

 そこには、小悪魔な笑みを浮かべる幽海ちゃん。

 両手には、燦然と輝くキングのトランプ。

 ――嘘だろ?

「私の勝ちっ!」

「嘘だあああああああっ!」

 マジか、こんなんアリか。

 俺が驚いてのけぞったところを、隙を見てトランプを2枚とも確認して、ペアになるものを選んだってことだろ!?

「いや、そんなんズルじゃねえか!」

「ズルじゃないもん、作戦勝ちだもん。それに、私だって負けたらやだもん」

 やだもん、じゃないわ!

 ……しかし、まあ。

 目を瞑ったのも作戦なら、驚かせてその隙にトランプを確認してペアを揃えるのもまた作戦か――となると、怒ってもしょうがないことだ。

 それに、これはゲームなんだ。気色悪い人形が仕掛けるような、命の懸ったものではない。純粋に、楽しむためのゲーム。

「……っ、ふふ、はははっ!」

 ――本当に、してやられたってことだ。

「ちくしょー、やられた!」

「えっへん!」

 腰に手を当てて威張る幽海ちゃん。もう可愛いから許そうかな。

 でも意趣返しくらいはしておくか。

「……やりおるな、ユミ様」

「その呼び名まだ蒸し返すっ!?」

「いやー、俺だって悔しいもん」

「悔しいからってそんな仕返しするなーっ!!」

「ごめんごめん」

 もう!と幽海ちゃん、顔を真っ赤にして怒る。流石に今後はこれで弄るのは止めておこう。

「――さて、罰ゲームとして俺が見回りに行くわけだけど。勝った幽海ちゃんにはプレゼントです」

 そう言って俺は背負って来たリュックの中を漁る。

 そんな俺の様子にワクワクした様子で見つめる幽海ちゃん。彼女の前に差し出したのは、1つの袋だった。

「前に言った通り、俺お手製のお菓子はまだ作れてなくてな。明日には持って来られるんだが――今回はこんなお菓子を買ってきた」

「……これは?」

「まあ、食べてみれば分かるよ」

 渡した袋を幽海ちゃんは開ける。

 中にはチョコを纏った星型のお菓子――『まといチョココーン』と呼ばれるお菓子が入っていた。チョコの染み込んだコーンスナックに、さらにチョコを纏わせてある、直球かつ外れのないお菓子だ。

 カリッとチョコを砕くと、中にはサクッとした食感のコーンスナックがある。咀嚼すれば全てふわりと溶けてほのかな甘さが広がる。昨日聞いた幽海ちゃんの要望にかなり近いお菓子だ。

 試しに1つどうぞ、と星型のお菓子を摘んで渡そうとする。すると。

「……あーん」

 無防備に口を開けてきた。

 大分遠慮がなくなってきたなと微笑みながら、期待に応えて口の中にそっと『まといチョココーン』を放り込む。放り込んですぐ、口を閉じてもぐもぐし始めた。

 すぐに目をきらりと輝かせ、静かに咀嚼し、喉が鳴る。

「……っ、おいしいっ!!」

「気に入って貰えて何よりだ」

 そう言って袋を渡してあげた。幽海ちゃんがそれを受け取るのを確認して、俺は懐中電灯を右手に持つ。

「じゃあ、罰ゲームとして俺はこのビルの見回りに行ってくるから、そこで大人しく待っていてくれ」

 多分、全部見回るのに30分くらいかかるだろうか。階数が多いから苦労するが、面積がそんなに広くないのでそのくらいで済むはずだ。

 そうしてようやく、遅すぎるも本業に戻ろうとする――と。


 ぎゅっ、と。

 幽海ちゃんが、俺の衣服を摘んできた。


「……幽海ちゃん?」

「あ、あのね……私も、一緒に行っちゃ、駄目?」

 ……今まで聞いたことがないような、あまりにも弱弱しい声。そして怯えた表情。お菓子の袋も少しばかり力が加えられたのか、ぐしゃり、と音が鳴る。

 最初に誰もいない所で『桜見だいふく』をくすねようとしていたような、孤独に癒しを堪能しようとしていた姿とはまるでかけ離れていた。

 何か只ならぬものを感じた俺に――いやそもそもの話、この俺に断る理由などない。

 癒しを得るために幽海ちゃんを癒そうとしている俺に、断る選択肢など。

「いいぜ、また何かお話でもするか?」

「……! うん! したい! りっ君とお話、したいなっ!」

 『まといチョココーン』の袋を抱えたまま、幽海ちゃんはとびきりの笑顔を見せる。

 ……ああ、そうだ。

 これで、良いんだ。

 アルバイトは、今日含めてあと2日。

 その間だけでも幽海ちゃんが癒されてくれたら――そう思いながら、ビルの中を一緒に巡回することにしたのだった。

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