7話、いざ、尋常にトランプ勝負っ!(前編)

「……」

「……」

「……」

「……むむ~」

 今の状況を文字起こししたら何も分からんだろうなあ、なんて下らないことを思うそばで、幽海ちゃんは俺の手に持つ2枚のトランプをじ~っと眺めていた。

 そう、ババ抜きである。

 ただ、2人だとすぐ決着がついてしまうし、ババをどちらが持っているかすぐ分かってしまう。そこで任意の1枚を抜いて、どれがジョーカーか分からなくしたのだ――ババ抜きの派生形、いわゆる『ジジ抜き』というやつだ。

 そんなこんなで一戦目。早速白熱する試合が繰り広げられています。実況は心の中の俺がお送りします。

 現在は幽海ちゃんが1枚、俺が2枚。幽海ちゃんが俺のカードを引く手番。

 そう――『ジジ』を持っているのが俺だ。

 ハートのAと、スペードのキング。自分にはどちらがジジなのか分からない。

 だから、俺も幽海ちゃんもドキドキです。

「……よ、よし」

 とうとう決心した幽海ちゃん、1枚に手をかけたぞ。

 引くのは、ハートのA。

「えーいっ!!」

 勢いよく、俺の手元からそれを引き抜いた!

「……」

「……幽海ちゃん?」

 引いてから、暫く固まる幽海ちゃん。すると。

「……うー!」

 可愛い悲鳴を上げてから、2枚のトランプをわしゃわしゃとシャッフルして俺に差し出した。

 どうやら、ハートのAが『ジジ』のようだ。

 さて、後は俺がキングを引けば終わりというわけだが――一体どっちだろうか。

「……」

 悩んでも仕方ないので、内1枚に手をかけた。

 そして引き抜く――ことをしようとしたのだが。

「……」

「……」

 ぐぐっ、と力を入れているのか、そのカードを抜くことができなかった。

 俺は幽海ちゃんに言った。

「幽海ちゃん」

「な、なあに?」

「ちょーっと力を抜いて貰える?」

「やだ」

 目を合わせようとしない幽海ちゃん。

 今抜こうとしているのがキングなのは明確だった。

「ほら、勝負に負けるのなら潔く認めないと」

「何で私が負ける前提なのよ!」

「だって今俺が抜こうとしているの、『ハートのA』でしょ?」

「え、違うよ! ……あ」

 わざとカマをかけてみたら見事に引っ掛かった。めっちゃ素直。本当に純粋だ。可愛らしいったらありゃしない。癒されたいという気持ちを抱いてしまうのも分からんでもない。何度思っても思い足りないぜ。

「ほうほう、なら、負けたくないから力を抜かないんだな?」

「当たり前でしょ!」

「なら仕方ないな……俺も負けたくないからな」

「……な、何するの?」

 怯えた顔をする幽海ちゃん。

 大丈夫、俺は紳士だ。何もするつもりはない。殊に痛いことは。

 ……ないけど、取り敢えず適当に啖呵切っちゃったし、何か言ってみるか。

 えーと……。

「…………くすぐってやろうか?」

「変態さんっ!?」

「冗談だ」

 ちょっと顔を赤らめてしまった幽海ちゃん。トランプを掴む手にさらに力が込められた。

 流石にそれはセクシュアルハラスメントというやつだった。反省。このままじゃ俺が捕まる。幽霊相手にセクハラして捕まるかは法律上知らないけど、それはそれとして関係が悪くなっても困るので、穏当に釣ることにした。

 ……そうだな。こうするか。

 棒状のスナック菓子『じゃがこり』をリュックから召喚。1本手に取って、幽海ちゃんの目の前に持っていく。両手をトランプに力を籠めるのに使っているため、幽海ちゃんは『じゃがこり』を食べることができない。幽海ちゃんからすれば南無三ナムサンである。

「~っ! わ、私はお菓子に釣られないからね!」

「そうか~、仕方ないなあ」

 俺は『じゃがこり』をパフォーマンス的にぽりぽりと食べる。

「いやあ、美味いなあ」

「……」

「その手をゆるめたら、1本あげるのになあ」

「いじわるー!」

「ははは、策士と言いたまえ」

 その後2本、3本と『じゃがこり』を食べる。美味い美味い。シャーデンフロイデ的な意味ではなく、純粋に菓子として美味い。

 流石最大手のお菓子――。

「……うう、『じゃがこり』……」

 幽海ちゃんが、泣き始めた。っておいおい。

「な、泣くことないだろ」

「だってぇ! お菓子食べたいっ!」

「わ、悪かったって――でも、これは勝負だからな」

「うわーん!」

 ……うーん、流石に可哀そうになってきた。どうにも男というのは、女の子の涙に弱いのだ――なんてカッコいいことを言ってはみたが、実のところはちょっと罪悪感が湧いたのだ。

 少し譲歩してやることにしよう。

「幽海ちゃん。潔くそのカード引かせてくれたら『じゃがこり』をあげるから」

「……本当?」

「本当だって。俺も、お菓子は仲良く食べたいからな」

「…………約束だよっ!」

 涙を拭ってそう言うと、トランプを持つ幽海ちゃんの手が緩んだ。

 よし、今!

 ぴっと引いてトランプの絵柄を見る。

「……」

「……」







「……は?」


 A


 う、嘘だろ……だって、俺は。俺は!

「……うふふ~」

 幽海ちゃんが、不敵な笑みを浮かべている。

 ……おい、まさか。

「やーったあ! 大成功~!」

 力を込めていた、あのカード。

 、『ハートのA』だったのだ。

 そして、ハートのAと聞いた時に「違う」と口を滑らせたのも……演技!

 あの流した涙ですらも! 事実、今幽海ちゃんは鼻すら啜らず満面の笑みだ。

「は、嵌めやがったなあっ!」

「ふふふ、~!」

 Vサインと共に、セリフもそっくり返された。マジで悔しい。

 この子、演劇でもやっていたのか……? それくらい演技は真に迫っていた。

 さらに幽海ちゃん、手を伸ばす。

「はい、『じゃがこり』ちょーだいっ!」

「……」

「りっ君、そのカード引かせたらくれる、って約束したよね?」

「……」

 言った。

 確かに、言ってしまった。

 絶対勝てるものと思って、カード引かせたら『じゃがこり』をあげるという条件にしてしまったのである。

 詰めが甘かった……! これぞ真の南無三ナムサンである。

「……くそう! もってけ泥棒!!」

「やったー!!」

 ということで、色々と騙されたわけだが、ジジ抜きは終わらない。

 勝負はここからだぜ――俺は手札をシャッフルしながら、『じゃがこり』を小動物のようにこりこり齧る幽海ちゃんを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る