3話、美味しいものを食べたいっ!(前編)
流石に幽霊ちゃんに差し入れを持っていくなんて(頭のおかしな)発想は、当然必然なかったわけで、あり合わせのもので作るしかない。そもそも元々、こっちが癒されに来たわけだからな。
……まあ、無い頭を振り絞るとしよう。
冷蔵庫を勝手に御開帳。アルバイトがやっていい領分を完全に超えている気がするが、こっちはこの子に啖呵を切ったのだ。
何より俺がここで幽霊ちゃんを癒さないと、俺も癒してもらえない――いや、この子の可愛さに十分癒されてはいるのだが、まだ足りない。もっと癒されたい。そのために、この子を癒すのだ。
徳を積まずして得はない。何の代償も払わずに貰うだけ貰うなんて都合も虫も良すぎる。現実世界は創作物ではないのだ。
さてさて、冷蔵庫の中にはそこそこのモノがあった。とは言え大抵が飲料だ。諦めて冷蔵庫の上を見ると電子レンジが鎮座しており、更にその上には菓子袋の陳列された小さな棚がある。どうやらお金を入れてお菓子を取るサービスらしい。スナック菓子やマシュマロ、キャンディやチョコレートが一揃い入っていた。
他にも何故か料理に関する簡単なものはあるらしく、コップや器、それに鍋も置いてある。
……ふむ。
よし、これで作ってみるか。
「準備するから、そなたは『桜見だいふく』でも食べて優雅に待っているが良いぞよ」
「何時代の人よ」
くすくす笑う幽霊ちゃん。ともあれ待つことにしたようで、『桜見だいふく』の蓋をぺりぺりと開ける音が聞こえた。
では始めるとしよう。
まずは鍋に水を入れる。あまり入れ過ぎないよう注意したら、それをコンロにかけて温める。その間、小銭を入れて(一応、幽霊ちゃんの盗った――もとい取った『桜見だいふく』分も。流石に入れておかないと後々問題になるかもしれないからな。俺は『善良で勤勉』なのだ)お菓子を幾つか購入する。スナック菓子とか板チョコレートとか。
……ふと横目に、みょーんと大福生地を伸ばしながら幸せそうにアイスを頬張る幽霊ちゃんがいた。可愛い、とか思っていたら俺の視線に気づいたらしく、はっと顔を赤らめて慎ましく食べ始めた。
「俺のことは気にせずに」
「そ、そんな視線向けられたら気になっちゃうよぉ……」
うーん、可愛い。癒される。荒んだ心が
「悪かったって。俺は粛々と準備していくから」
そんな会話をしている内、少しずつ鍋に入れた水が温まってくる。火を弱めて熱を保つようにして、次に器を投入する。本当はボウルが良かったが、まあ贅沢は言えない。欲しがりません無いものは。
温まっていく器の中に板チョコレートを割りながら入れていく。それを――やっぱりヘラも無いので――そこらにあったスプーンを軽く洗ってから代わりに使うことにする。徐々にチョコレートが器の温度でじんわりと溶けていく。あと数分くらいか。
幽霊ちゃんはと言えば、すっかり『桜見だいふく』を食べ切ったようで、大福についていた白い粉を口元につけながらとっても幸せそうな顔をしていた。
「おいしかったあ……」
「だよなあ。俺もついつい買っちゃんだよ。ほれ、ハンカチ。口元綺麗にしておけよ」
ポケットに入れていた未使用ハンカチを濡らして、『桜見だいふく』の容器と交換に手渡した。ありがとー、と幽霊ちゃんが受け取ってくれた。
……というかこの幽霊。食事できたり、今もハンカチでくしくしとハムスターのように顔を拭いたりしている辺り、多分実体があるんだよな。不思議なもんだ。すり抜けられたりするんだろうか――。
そう言えば。
「なあ」
「んぅ?」
「名前、聞いてなかったよな。名前ってあるのか?」
「――
にこり、と笑顔のまま答えた。
「
聞きなれない名前だ。
「……どんな漢字を書くんだ?」
「えっとねー」
幽霊ちゃんこと幽海ちゃんは、冷蔵庫に貼られているボードシートに、専用ペンで名前を書いていく。
遊崎、幽海。
そんな漢字が、可愛らしい感じの文字で書かれた。
「よ、読めねえ……ゆうざき、って読みそうだな。相当珍しい苗字なんじゃないか?」
「かもねえ。ほとんど聞いたことないから」
珍しい苗字というのは、日常生活では障壁の1つになり得るもので。
レストランとかで順番待ちのために名前を書くと、カタカナだと『ササキさん』と間違えそうだし、漢字だとそもそも正しく読めなさそうだ。難儀な苗字だ、と思った。
じゃあさ、と幽海ちゃんが今度は尋ねてくる。
「君も、名前教えてよ!」
「……名乗る程の者でもないけどな」
「カッコつけようとしなくていいからっ!」
幽海ちゃんに、ちょっと笑いながらも思い切り突っ込まれてしまった。
まあそうだな、名乗らせたのだから名乗り返さないと公平じゃない。まさか、本名を言ったら魂をとられる――みたいなことはあるまい。
……ないよな?
いや、どうでもいいか。
その辺、俺は良くも悪くも適当だった。
「ではとくと聞くがよい」
「うんうん」
「俺の名前は――
「え、ええっ!? 何その名前! えもんざえもんって!」
「まあ、冗談だけどな」
「冗談なのっ!?」
もー、と幽海ちゃんは頬っぺたを餅のように膨らませる。
本当は何なの、とジト目で睨まれたので、流石にちゃんと答えた。残念ながらジト目で見られて興奮する性癖はそんなにない。……そんなには。
「佐藤
「……もう一回」
「だから本名だって。さっきは変な偽名作ったからアレかもしれないけど、今度はマジのガチだ、リアルガチだ。倫新。倫理の『倫』に、『新』しいって書いてリチカ。よろしくな」
「……りちか」
幽海ちゃんは、俺の名前を呼んだ。
暫し考えているのか黙った後、こう提案してきた。
「ねえ、りっ君って呼んでもいい?」
「お、おお……」
なんだよ『りっ君』って。なんかこっ恥ずかしいものがあるな……。まあ、可愛い女の子に愛称で呼ばれるのは悪い気はしないけどさ。
取り敢えず肯定するべく首を縦に振ると。
「えへへ、じゃあよろしくね、りっ君!」
親愛の笑顔を向けて来る幽海ちゃん。
……可愛い。何度言っても言い過ぎることがない。
「私のことも、ユミ様って呼んでいいからね!」
しかも、ノリで調子に乗ってやがるぞこの幽霊。
仕方ない、敢えて乗っかってやろうではないか。
「かしこまりましたユミ様」
わざと
すると、幽海ちゃんがたちまち顔を赤くしてそっぽを向く。当然の結果だった。
「……やっぱなし、今のなし。というか冗談だからっ! なしなしなしーっ!」
「おや、いかがされましたか、ユミ様」
「やめてーっ!!」
自分のしたことを後悔したのか、頭を抱えてしゃがみ込むユミ様。やばい、ちょっと面白いかも。俺は小学生か、と本日2度目のセルフツッコミをした。
そうこうしていると、数分経っていることに気付く。いい頃合か。
「お、そろそろ準備ができますぞ、ユミ様」
「……りっ君ごめんなさい、調子に乗りました、許して下さい」
「冗談だ。幽海ちゃんでいい?」
「それでお願い!」
懇願する様に言わなくても。流石にやりすぎたか。反省。
……まあでも。
少しは警戒がとけてきた、かな?
「こんな感じで、気負わずに話してくれよ、な」
「……」
そう言ってあげると、幽海ちゃんははにかんで。
「うん!」
と返してくれた。
さてさて、と器の中を見る。見事に、チョコレートの海が出来ていた。
「よし、幽海ちゃん。準備出来たぞ」
喜んでくれるかどうかは分からないけど、美味しく楽しく食べてくれたらいいな。
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